1 魔女裁判
白雪姫――魔法の鍵を賭けた勝負のために、阿澄を人質にとった。負けた後は潔く約束を守り、ついでに鍵をもらうという下心を持ちつつ、丈にひっついて回っている。
灰かぶり――阿澄とすり替わり鍵を奪おうとしたものの失敗し、その後は阿澄をネタに脅迫して勝負を挑み、敗北。負けた後駄々をこねたせいで白雪姫に灸を据えられた。
ヘンゼルとグレーテル――魔法の鍵の譲渡を願い穏便に交渉を開始。事態が切迫したため、一時ヘンゼルが凶行に走るものの、最終的には和解。
ラプンツェル――鍵をもっとも強引な方法で奪おうと丈を監禁したが、阿澄が挑んだ勝負で敗北。
こうしてみてみると、グリムの魔女というのも、いろいろな奴がいる。悪名高いグリムの魔女だが、卑怯な奴もいれば愉快な奴もいる。六人しかいないが十人十色である。
では、いばら姫――戸隠邦子とはどんな魔女なのか。グリムの魔女と聞くと、「また鍵狙いの魔女かよめんどくせえ」と言いたくなってしまうが、グリムの魔女だからといって、十把一絡げにすることが困難であることは、前五人の例からいって、明らかである。
魔女との戦いにおいて、丈が困っているときは情報をくれ、手助けしてくれた。ラプンツェルとの悶着でも、阿澄がラプンツェルにたどり着いたのは、邦子の手助けがあったおかげだと聞く。ラプンツェルの凶行を止めてくれたのも邦子である。
戸隠邦子とは、敵なのか味方なのか。
彼女は鍵を狙っているのか、否か。
聞きたいことが、たくさんある。
「――開廷!」
怒気を孕んだ宣言で、裁判が始まってしまった。魔女裁判である。ただし、魔女は裁かれる方ではなく裁く方。裁かれることになってしまったのは、魔女の血は引いているものの魔女ではない、桐島丈。
椅子にロープで縛りつけられ、身動きを封じられている。あちこち包帯を巻かれている病み上がりの人間にロープを巻くだなんて正気の沙汰とは思えない。裁判というからにはまだ罪は確定していないはずなのに、すでに極刑が決まっているかのような扱いである。
丈の前にずらりと横並びに座っているのは、四人の魔女。
「三恵。起訴状の朗読」
裁判長・はじめの命令で、三恵が立ち上がり、起訴状(ルーズリーフに手書き)を読み上げた。
「被告人、桐島丈は、幼馴染の真壁阿澄と一緒に行く約束だった花火大会をすっぽかしました」
「よし、死刑」
「待て待て待て! 求刑には早いぞ!」
はじめの性急すぎる結論に、丈は断固抗議した。「冗談だ、馬鹿」とはじめは言うが、目はぎろりと丈を睨んでいる。まったく冗談ではなさそうである。
三恵が着席すると、続いて四葉が立ち上がって神妙に告げる。
「被告人には黙秘権がありません。自分に不利なことも包み隠さず話さなければなりません」
「ないの? 黙秘権ないの!?」
思った以上にこの裁判は被告人に残酷である。
続いて双美が立ち上がり、尋問を始める。というか、ここにいるのは裁判長と検察官だけなのか、弁護人はいないのか、と丈は理不尽を嘆く。
「被告人は、幼馴染との約束を破って他の女と会っていたそうですが、事実ですか」
「いや、その言い方は語弊が……」
「事実かそうでないかだけを答えなさい」
丈は口を噤む。阿澄と会うはずだった時間に、突然やってきた織部蓮華と話をしていたのは事実である。事実であるのだが、浮ついた話などでは決してない。しかし、双美が鋭く睨みつけてくるものだから、丈はYesかNoの二択でしか答えられない。
「……事実です」
法廷がざわめいた。「信じられない」「この浮気者」「××」と他の三人が口々に言う。
「更に被告人は、その女と一夜を共にして家に帰らなかったそうですが、事実ですか」
「事実無根だ!」
一夜を共にするというのは決して「夜一緒にいた」という単純な意味を表す言葉ではなく、「同衾」まで意味する言葉である。うっかり肯定したら大変なことになる。
「夜、他の女と一緒にいたことは認めるんですか」
「それは……そうだが、あれは不可抗力だ。なぜ監禁されていた被害者が責められなきゃいけないんだ」
「お黙りなさい」
丈の弁明はぴしゃりとシャットアウトされた。事実がどんどん捻じ曲げられていくが、釈明の機会はない上に弁護してくれる人がいない。
「被告人は事件に幼馴染を巻き込んだ挙句、幼馴染を泣かせたというのは、事実ですか」
「うっ……」
言葉に詰まる。気まずげに顔をそむけた瞬間、両手で顔を挟まれぐいっと前を向かせられる。四人の目がぐさぐさと突き刺さる。逃げられないと悟る。
「な……」
「…………」
「……泣かせました」
「死刑だ」
「殺せ」
「首刎ねろ」
「ギロチン持ってこい」
四人は一斉に丈に詰め寄り極刑を要求した。ついに公正であるはずの裁判長すらいなくなって全員死刑執行人に化けていた。
これはまずい。本当に殺されかねない勢いだ。だが縛られているのではどうしようもない。幾人もの魔女を退けてきた丈といえども、もはやここまでかと思われた。
その時、救いの声が響いた。
「――待ってください、みなさん!」
声に振り替えると、後ろで阿澄が立ち上がっていた。
「傍聴人は、静粛に」
はじめが注意するが、丈に対する言葉と違って優しく棘のない調子だった。
「丈は被害者です、一応。不可抗力ですから、全然平気です。許してあげてください」
「まあ……阿澄さんがそう言うなら」
死刑宣告まで行き着いた裁判は、阿澄の鶴の一声であっさり閉廷した。とんでもない茶番である。しかし、阿澄のおかげで助かった、と丈は胸をなでおろす。いや、しかし、ずっと傍聴人席にいたくせに最後まで黙っていたところをみると、阿澄も内心面白がっていたのかもしれない。
どこか不服そうな顔ではあるが、四葉は丈の縄をほどきながら、ぶつぶつと呟く。
「まったく、阿澄ちゃんは甘いんだから……本来なら阿澄ちゃんがもっと怒ったっていいのに。折角の花火が台無しになったんだから……二人きりの密室で花火以上の進展があったってんなら話は別だけど」
「エッ、べ、別に何もないですよっ」
四葉の呟きに、阿澄が過剰に反応して動揺した。そして、心なしか顔を赤くして目を逸らした。
「…………」
四人の視線が再び丈に集まり、そろって胡散臭い笑みを浮かべた。
「丈、私の部屋に来い」
「自白剤用意してくる」
「密室で何があった」
「全部白状しろ」
「待て、納得がいかない。なぜ姉の部屋に連行されてそんなことを話さなきゃいけな……ぎゃああああッ!!!」
その日、桐島家には一日中断末魔の声が響いていたとか、いなかったとか。




