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9 謎だらけ、罠だらけ

 いばら姫の神経衰弱――魔法を使った変則的なメモリーゲーム。記憶力の勝負でありながら、魔法による呪いという場外乱闘みたいなルールを追加した、あまり趣味のいいとは言えないトランプゲームだ。

 このゲームで本当に死者を出してもいいと思っているのか否か。にこにこと笑うばかりの邦子の真意を、丈は測りかねていた。

 絵札だけを使い数字とスートを揃える変則ルール。わざわざ四セットも用意されたトランプ。ジョーカーによるシャッフルルール。呪いのKと解呪のQ。何かを狙っているような、居心地の悪さを感じる。しかし、それがなんなのか明確にする前に、邦子はゲームを進行する。

「ええと、改めて確認しておくわね。【あなたが私に勝てたら、鍵の使い方を教えてあげる。あなたが私に負けたら、教えてあげない。降参した場合も勿論教えてあげない。再戦は認めないので、そのつもりで。ああ、勝っても負けても阿澄さんのことは起こしてあげるから安心してね。なお、このゲームで死人が出ても私は責任を負いませんのであしからず】。頑張ってね」

「……」

 いばら姫の呪いとやらは、プレイヤーを殺す力を持っている――涼子が語るそれは、本当なのか、嘘なのか。

「さてさて、早速始めましょうか。神経衰弱は後攻が有利だから、まずは私が先に引いてあげる。まあ、お手本だと思って」

「神経衰弱に手本なんかあるのか」

「あるんじゃないの? カードの美しいめくり方、とか」

 本気なのか手の込んだ冗談なのか、やけに真面目な顔でそんなことを言って、邦子はカードに手を伸ばす。

 四十九枚のカードは、七段×七列に綺麗に並べられている。几帳面な仕事である。ルール説明を聞きながらも、邦子がカードを並べる手からは目を離さなかった。不自然な動きはなく、ランダムに並べていた。

 邦子にも、どこにどのカードがあるかは解らないはずだ。イカサマなしの記憶力ゲーム。

「始めるよ」

 まず邦子の一枚目。一段一列目……ハートのK。そして、すぐ隣の一段二列目をめくる。ダイヤのK。表に向けた二枚のカードを見比べて、涼子は残念そうに肩を竦める。

「残念、運が悪かったわね」

 一人ごちながら、邦子はカードを裏返す。

「運が悪いっていうか……初っ端からペアを揃えられるもんじゃないだろ、神経衰弱は」

 一枚目にハートのKを引いた邦子が、次の二枚目でペアを揃えられる確率は、四十八分の三、約分して十六分の一。六.二五パーセントである。これで当たるほうが運が良すぎるのだ。最初の一ターン目でカードを揃えられなかった涼子が、特別運が悪いわけではない。

「まあ、確かにそうねえ。じゃ、次、あなたの番よ」

 促され、丈はカードをめくる。一番自分に近いところ、七段七列目をめくると、ハートのQ。そして、その隣の七段六列目をめくった瞬間、丈は思わず「げっ」と呻いた。

 引いたのは、ダイヤのK。

「……まあ、運が悪いっていうのは、こういうことを言うんだというお手本だ」

「ああ、うん。ほんと運悪いね、あなた」

 同情気味の視線を寄越しながらも手加減はない。次の手番で当然ながら邦子はダイヤのKをそろえた。

 瞬間、強烈な眩暈に襲われ、丈は思わずテーブルに手をついた。

「……!」

 大地が回転しているような、くらくらする感覚。軽い吐気に口元を手で覆う。

 記憶を掻き乱す、「いばら姫」の呪い。これは思った以上に、今後のゲームを不利にする。研ぎ澄まされていた集中を一気に乱された。厄介だと思うと同時に苛立たしくも思う。気分としては、受験勉強中に近くの通りでバイクが騒音を立てていた時、あの時に似ている、と丈はしょうもないことを思い出す。

「ペアをそろえたからまた私の番なんだけど、もうめくっていいかしら」

 二枚のKを回収しながら、涼しい顔で邦子が言う。腹立たしいくらいに邦子は絶好調である。

「……どうぞ」

「はーい」

 上機嫌に微笑みながら、邦子のプレイ。今度は、クラブのQとクラブのJ。肩を竦めて、邦子はそれをひっくり返す。

 体の不調をできる限り抑えて、丈はカードをめくる。クラブのJ。直前に邦子が引いたのとは別のものだ。邦子がぴくりと眉を寄せた。多少本調子でなくとも、直前にめくられたカードの場所くらいは覚えている。丈は二枚目もクラブのJを引いてペアをそろえた。

 その後のボーナスプレイでは、一枚目にダイヤのJ、二枚目にハートのKを引いて、その瞬間に邦子から「あなたって本当に運が悪いわね。お祓いしてもらったら?」と本気で同情された。

 丈が場所を教えてしまったハートのKと、邦子が一番最初のターンで覚えたハートのKを、見事にそろえる。

 ダイヤに続いてハートのKの呪いが発動する。軽い眩暈と吐気に加えて、体温の上昇と倦怠感が襲ってくる。中学生の時分に、インフルエンザを発症したときの症状に似ている。

 じっとりと嫌な汗で額に張り付いた前髪をかきあげ、熱い吐息を吐き出す。覚えたカードは、まだ覚えている、大丈夫、と自分に言い聞かせる。いや、しかし、覚えているといっても、ここまで覚えたカードは割とすでにとられている。まだ残っているのは、ハートのQ、クラブのQ、ダイヤのJだけ。気分的にはそろそろダイヤのQかハートのQが欲しいところだが、その情報はない。

 続く邦子のボーナスプレイでは、スペードのJとクラブのQがめくられた。それをもとに、丈は次のプレイでクラブのQをそろえた。

 これで、お互いにそろえたペアは二つずつ。邦子がダイヤのKとハートのK。丈がクラブのJとクラブのQだ。枚数的には互角のはずなのに、完全に丈が不利になっている異常事態だ。くわえて、先にクラブのQをそろえてしまったということは、この後にクラブのKの呪いがかかった場合、解呪がしにくくなった。解呪できるのは、あくまでKをそろえられた後に・・Qをそろえたとき。先にQをそろえておいても呪いの予防にはならない。

 異常な緊張感を漂わせつつ、相手の記憶を妨害する場外乱闘を公式に認めたメモリーゲームは、さらに異様な様相を呈していく。

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