序 最後の勝負のプロローグ
短いですが、ひとまず序章です。
「魔法の鍵は、そんなことに使うものじゃないはずだ。いったい、誰からそんな話を聞いた?」
深夜の白川公園で、桐島丈は、「ヘンゼルとグレーテル」樫原真樹と樫原美咲に尋ねた。魔法の鍵について、嘘の情報を吹き込んだのは誰なのか。真樹と美咲は、口をそろえて答えた。
「『いばら姫の魔女』です」
「『いばら姫の魔女』……あんたが、そうなのか、戸隠?」
丈は、夜空に浮かぶ魔女、戸隠邦子に問うた。含むところのない、純粋な疑問だった。
「そうよ。そういえば、あなたには言っていなかったっけね」
邦子は微笑みながら、そんな白々しいことを言う。
「改めまして。私はグリムの魔女の一人、『いばら姫の魔女』。『呪詛の魔女』と呼ばれることもあるけれど、あまり可愛くないから、こっちでは呼ばないでね」
「あ、あなたも、魔法の鍵目当てで、丈に近づいたの?」
真壁阿澄が警戒半分、動揺半分のような声で尋ねる。邦子は困ったように笑い、
「近づいた、って……言っておくけれど、丈君の方から私に近づいてきたのよ? お姉さんの紹介でね。私が魔法の鍵の情報を得るために味方のふりをしたとか、そのためにわざわざ姉の四葉ちゃんの方と接触したとか、そういうわけではないから、心配しないで、ね」
「……」
確かに、他の魔女と違って、邦子は自分から丈に接触したのではない。丈が、姉の四葉から、情報通であるからと紹介され、魔女たちとの戦いのために力を借りたくて、接触したのだ。あくまで丈は、自分の意思で選んで、邦子を信頼していたのだ。それのどこからどこまでに、邦子の意思が介入しているかは、解らない。
「警戒しなくても大丈夫。怪我人を甚振って鍵を奪う趣味はないから」
「それは、怪我さえなければすぐにでも鍵を奪ってやるとおっしゃっているのだと考えてよろしいんですか?」
白雪吹雪の穿った問いかけにも、邦子は相変わらずにこにこしている。
「随分ご執心のようね、白雪姫」
「……ラプンツェルには、何を?」
ラプンツェルの魔女、織部蓮華は、つい今しがた、邦子の魔法によって倒れた。今は気を失っているようだが、彼女がこの後目を覚ますのか、覚まさないのか、判断できなかった。
「殺してはいないわ。眠っているだけ。ラプンツェルにはしばらく眠っていてもらう。私の計画に邪魔だから、それが終わるまで」
「計画?」
「そう。いろいろイレギュラーは起きたけれど、ここまでおおむね計画通り……なーんて言ってみると、私が黒幕っぽくて格好いいでしょう?」
嘯く邦子は、悪戯っぽく笑う。
それから邦子は、丈に向き直り、告げた。
「怪我が治ったら、みんなで私の家に遊びに来てね。じゃ、またねっ」
軽い調子の別れの挨拶とともに、邦子の箒はくるりと回り、背を向け去って行った。
戸隠邦子――謎に包まれた、いばら姫。
考えなければならないことがある。話さなければならないことがある。だが、その前に。
疲労と問題とが一気に積み重なって、溜息とともに、丈の意識は落ちた。




