「だ・め・で・す・わ」
翌日の放課後、部室に行くと知らない女の子がいました。穂乃香さんが昨日最後に電話で話していた恋川さんという方でしょうか。とても背が高い人で、なんだかモデルさんみたいな感じです。きりりとしています。
「こんにちわです」って声をかけながら部室に入ったら、いきなりその背の高い人がわたしの方に駆け寄ってきて、ぎゅうとわたしに抱きついてきました。
「穂乃香、これもって帰っていい? いいでしょ?」
「だめですわ」
「じゃ、じゃあ、レンタルでいい! 一週間でいいから!」
「だめです」
「く、くぅ。じゃ、じゃあ、せめて……」
「だ・め・で・す・わ」
……どうでもいいですから、はやく離してほしい、です。い、息ができま……せ。
「みくを離せ!」
窒息寸前で、真魚ちゃんが魔の手から救い出してくれました。
「ぷはっ! ま、真魚ちゃん、ありがとで……」
「これ、あたしの! もっていっちゃだめ~っ!」
いえ真魚ちゃん、あなたのものになった覚えもないのですけれど……。
「まぁまぁ、大人気ですわね? みくちゃん」
穂乃香さんが胸の前で両手を合わせてにこにこと微笑みました。
「女の子にモテても、あんまり嬉しくないです」
「あらあら、まぁまぁ」
穂乃香さんがまばたきをぱちぱちとして、それから小さく微笑みました。
「それは、男の子になら取り合いをされてみたいということかしら。……みくちゃんは、えっちですわね?」
「……えっちですか。この際えっちでいいので、このひとなんとかしてください」
両手をわきわきとさせながら、じりじりとわたしの方に近づいてくる謎の女の子の方を指差すと、穂乃香さんが「しかたありませんわね」と胸の前で両手を合わせました。
「恋川さん、報酬に関しては昨日ちゃんとお渡ししたはずですわ。それ以上を求めるのでしたら、契約破棄ということになりますわよ?」
ああ、やっぱりこの方が恋川さんなのですね。報酬とか契約という言葉がちょっと引っかかりますが。
「……しかたないな。うん、今は自制することにする」
恋川さんが、ひとつため息を吐いて、両手のわきわきをやめました。
「では、落ち着いたところで講堂に参りましょう」
「え、穂乃香さん、講堂で何をするのでしょう?」
「あらあら。みくちゃんの動画を撮るに決まっていますでしょう? もう、他の方は先に向かっているはずですの。急ぎましょう」
穂乃香さんが先頭に立って、どんどん歩いていきます。
その後ろをわたしと真魚ちゃんが並んでついて行ったのですが、どうにもわたしたちの後からついて来る恋川さんの視線が気になってしょうがありません。
「あの、恋川、さん?」
「……なにかなー?」
「どうして、わたしのおしりばっかり見てるんですか?」
「昨日、穂乃香からビデオは見せてもらったけど、やっぱり目の前で動いてるのを見ると違うね……。うん、実にいい……」
「だからなんでわたしのおしりばっかり見るんですかっ?!」
わたしは思わず、両手で自分のおしりを押さえました。
「そんなふうに、かわいいおしりをふりふりしながら歩くキミがいけない。わたしが男だったら今すぐそこらの空き教室に連れ込んで……。おっと、この先はお子様にはちょっと言えないかなー、うふふ……」
恋川さんが頬を染めて微笑んだので、わたしは無言で壁に寄りました。
……だめだこの人。早く何とかしないと。
「わたしの前を歩いてください。オネガイシマス」
「えー?」
「えー、じゃなくて!」
頬をふくらませて言うと、しぶしぶという感じではありましたが恋川さんが前に出ました。
「……しょうがないなー。んじゃ、あたしのおしりを見なさい」
「見ません」
「そう言わずに。キミならあたしを、後ろから襲ってもいいから」
「襲いません」
「ざんねんー」
小さく笑って、恋川さんは穂乃香さんの隣に並んで歩き始めました。
見なさいと言われてもまったく見る気はなかったのですが、流石に前を歩いている以上は嫌でも恋川さんの姿が目に入ります。
何歩もあるかないうちに、おや、っと思いました。
恋川さんの歩き方が妙に様になっているのです。
「……」
別にモデル歩きというか、特別な歩き方をしているわけでもないのに、身体の軸がまったくぶれないその動きはどこか武道の達人の姿を思わせます。
なんというか、隙がまったくないのです。後ろから襲っていいと言われましたけれど、ほんとにわたしが襲い掛かったとしても、かわされて逆に押さえ込まれそうな気がします。
えっと、恋川さんってたしか、創作ダンス部でしたっけ? 昨日、穂乃香さんが電話でそう言っていた気がしますけれど、いったいナニモノなんでしょうこの方。
「どうだい、あたしのおしりは気に入ったかな?」
前を向いたまま、恋川さんがくるんと腰をまわしました。
「……不本意ながら、とてもステキだと思ってしまいました」
「よーく見ておきなさい。見ただけで身につくものじゃないけどね」
くるんくるんと楽しげに恋川さんが二回腰を回しました。
なんとなく、わたしも真似して歩きながらくるんと腰をまわしてみました。
「ひゃうっ」
……バランスを崩して転びそうになって、真魚ちゃんに抱きとめられました。
ううう、恥ずかしいです……。