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結局何故かって話


音:訳わかんねー!?

「何がかね?」

音:いや、別に俺のターンを期待したわけじゃないんだけど、でもなこれはわからない! 自己満足が過ぎるよマッド!!!



「そんな話だが読んでもいいという猛者はどうぞ、この先だよ。」




「マッドさぁ、何でよづはに告白とかしないの?」


 弟の親友である女顔の少年が、突如そう言い放った。

 標準より上の容姿、先の発言にあった【よづは】に出会うことによってかなり緩和された言動。人格。その全ては前と比べるとはるかに魅力的なものになったのだろうが、私としては生意気な愚かな糞餓鬼が、生意気な餓鬼に変わっただけで、つまりは年相応にはなっているが時折してくる質問の低レベルさは変わらないと言うことだ。


「プロポーズは毎度しているのだと思うが…?」


 何を言っているんだこの餓鬼は、と言った顔をしていたのだろう。私の返答と顔を見て大仰に溜息をつくその行動に少々腹が立ったが、これで起こっては大人として情けないと、自制する。

「違うって、ちゃんと【恋愛対象として好きだ】と大真面目に伝えたのかって言ってんの。」

 目上の人を指差してはいけませんと、習ったことがないのだろうか。いや、この子供のことだ鼻で笑って既に忘れ去っているのだろう。

 ともかく、この。人の家に居座って大きな顔をして茶菓子を頬張っている音、と言う名の少年の言いたいことは少しだけ判った。

「つまりはアレかね? プロポーズなんて冗談にしかとられないからちゃんと告白しろ。と…、そう言いたいのかい?」

 大きく首を縦に振って頷く。張子の虎でももう少し綺麗に大人しく振るよ。君に動作に関する美意識はないのかねと問いたくなるほど、それはもう激しく乱雑に何度も何度も鬱陶しいほどに首を振るものだからその首をちょん切ってやろうか、とかそもそもこいつを招いたはずの弟は何処行った、とか余計なことを考える。

 結局はこれの激しい肯定は何らかの要因があってのことだろうと思い。何故かね、と問うて見る。


「そりゃあ、よづもマッドにラブな雰囲気だから?」


 何故疑問符なのだ。とか、何故こんなに私が突っ込まなければならないのだ。とかそんなものはもはや如何でもよく、恐らくこの少年は自分の直感に自信があるのだろう。その類の感情には人が羨む程多く触れ合ってきたのだから。

 だが、忘れないで欲しいな。

 私もまたその恋愛感情には多感だったのだと。と言うか君と同じだとは思いたくない。いまだ成人してもない糞餓鬼には。

「それに気づいたことには感心だ。さすが信者。と言うところかね。」

 嫌味ったらしく肩を竦めて笑ってやる。すると、それなりに私の態度にも慣れてきたのか挑発には乗らずに菓子の横に何時の間にやら添えられていた茶をすする。

「で? 告白して、どうするんだい?」

 吹いた。

 嗚呼、人間とは驚くと本当に飲んでいるものを吹くのか。そりゃもう盛大に、一メートル近く離れた庭へ出る窓に飛沫が飛ぶほどに。

 咽て涙ぐみながらその目は本気で言っているのかと信じられないものを見る目で私を見つめる。失礼だね。本気に決まっている。

「っ、きあうにきまっ、てんだろ!」

 咽るとは陸で溺れることだと誰かが言った。と言うかよづはが言っていた。

 うん、こうして客観的に見ると溺れているようだね。お茶に。


 告白=付き合うに行くのはどうかと思うが、確かに恋人や夫婦になりたいとは願っている。だがね、

「受け入れられること前提なのはいただけない。」

 そう呟くと、ある程度収まったのかまだ微かに咳は残るものの私を睨んでくる。

「それじゃあ、マッドは受け入れてくれないと思っているのか?」

 嗚呼、やはり幼稚だと思ってしまう。

 まだ高校に入りたての中学生みたいな奴だからね。いや、そうか。焦がれている子がどこか変なのかと、改めて考え直す。


「どちらも五分五分…とは言わない。あえて言うなら七分三分、かな。受け入れる確立は今のところ高い。」

 なら、どうしてだ。と餓鬼は言う。私ならばそんな娘を簡単に落とすことが出来るだろうと。

 判らないことを残念に思うよ。


「さすが、妄信する信者だね。いや、盲目の恋をする…していた若造。のほうが良いかね。」

 今のよづはの私に対する感情は、一割が情愛、二割が敬愛、四割が親愛、残りの三割は無関心で出来ていると私は思う。

 それなら私からの告白は受け入れてしまうだろう。私はどんな愛でもどんな憎悪でもそれがよづはからのものであれば愛を持って受け止めるだろうからね。それが堪らなく嬉しい事であると判っている。

 その意図を目の前の糞餓鬼に伝えてもだからなんだと言う顔で見てきた。


 さて、偽名、腸墓 音。

 ここでクイズだ。

 情愛、よりも敬愛と親愛が強い場合、女性はそれらを母性として抱いていることになる。それは判るね。

 では、好意ではない残りの三割。その三割が悪意でもない【無関心】であるなら、一体どのようなことになるかわかるかね?


「…抱いているのは母性で、恋情ではない。元からそこにあり、何かを当然のように受け入れられる無償の愛…になるのか? じゃあ、対する位置にある感情が無関心って言うのは…。」

 頭をひねって、首をひねって考える。最終的に胡坐をかいて座っていたソファーの上で体をひねっている。餓鬼臭いね。まあ、判ることに期待はしていなかったけど…。


「はい、時間切れ。」


 答えあわせだ。

 途中まであっていたよ。

 情愛とは正反対に位置すると思われる嫌悪や憎悪も含むことによって深く大きい愛となる。だが、よづはの愛は母性であって、無償の愛。見返りを必要としない。

 相反する感情を抱く情愛とは、相手への執着によるものだと考える。すると、どうかね。

 相手を愛するだけの愛情。見返りを求めることもなく身を裂くその愛情は執着がない。そしてその感情の反対の位置にある感情は感情と呼べるかも怪しい【無関心】だ。

 それによって愛が大きく膨れ上がることはないし、同時に長く形をとどまらせることも出来ないだろう。愛とはある程度の感情により形成されているのだから。

 情愛を一割含んだとしても、その情愛が大きくなる可能性などない。先も言ったように反対に位置するのが【無関心】だからだ。


 たとえ愛されることが許され、愛されてもいつかその愛は消える。

 どんな人間よりも早くそして静かに、跡形もなく。

 これが、私がよづはに告白しない理由だよ。


「判ったかね。」

 音は、どこか呆れたように見つめてくる。

 まだ何かあるのかと、こちらも溜息をついて見つめ返す。

「ずいぶんと、哲学的な考え方じゃない?っておもってさ。」

 方程式を組んで答えを出すような考え方。それに人を当てはめるなと、若く青い餓鬼は言いたいのだろう。

「うんうん、こうやって言い返してくるのは青春真っ只中の人間だけだねぇ。」

 全然判らないけどね!と付け足せば、お前に青春はなかったのかと言われる。

「青春時代と呼ばれる年齢には青くなく、腐り落ちてたからね。あえて言うなら…黒春…?」

 正しく真っ黒黒歴史!そうして声高らかに叫べば哀れむような目で見られる。失礼だね。


「じゃあ、そんなかわいそーなマッドに青臭い感情論を。」

 私に感情論で挑むのかね。と心底面白いという表情を隠すこともなくどうぞと促すと、馬鹿にされているとすぐにわかるのか何かを吐き出すように小さく息をついた。


「敬愛は難しいけど、親愛って確立されると強いけど案外簡単に情愛に変化するもんなんだよ。初めに俺がよづはに抱いていていた感情みたいにさ。確かに、母性と言うのは無償の愛だし、基本その愛を超える愛ってないと思う。でも、その母性を確立する感情のほとんどが親愛であるのなら、それは不確定要素。親愛とは親しんで好意を向けることが出来て信頼できる人間に向けると俺は考えてる。ならさ、それは簡単変わるんだよ。敬愛にも情愛にも、勿論悪意にも。結局それが如何変化するかは感情を向ける相手次第で、だから、それだけだと理由にはならないんだと思うんだ。」

 確かに青いが、筋は通る。むしろ一部目から鱗だ。

 廃れた大人の意見と青臭い餓鬼の意見とはやはり目線が違うのかそれとも…

「その意見はよづはに近い目線だからなのか…。」

 恐らく、こいつの意見は反映される部分もある。だが、今覆そうとした理由だけではない。


「それだけではないのだよ…、理由と言うものは。」


 そう、小さく息を吐くように呟けば、それを聞きとがめた音はこちらをみて先を促す。


「箱庭テスト…、と言うものを知っているか?」

「あれだ、あの…箱庭を自由に作らせて精神状態を見る。深層心理を知る。とかそんな類のいわば心理テストみたいなもんだろ?」

 高得点の返答をありがとう。


「そうだね。箱庭治療とも言われていて元は治療のためのものだった。私は一度、よづはにそれをやらせたんだよ。」


 家に来たよづはに大きな青に塗られた箱と様々な模型を渡した。

 勿論よづはは「箱庭テストだな。」と判って、笑ったのだが…集中し始めてからが、とても奇妙だった。


 絵の具を持ち出してきて、箱の中に白を付け足していったのだよ。

 暫くして塗り終わったのか模型を置いて、そして箱の周囲に中に入れなかった模型をずらりと置いていった。しかも、全て箱庭の中を見ようとするように、ね。


 出来上がったのは水の世界。

 箱庭の側面を滝に見立てて、水の壁を作っている。だが、飛沫が上がるほど急ではなく、むしろ静寂。

 床も同じように水の上、真ん中より少しだけずれた位置に白い岩の床があって円形状、その上にいすが二つと円形のテーブルがひとつ。その上にはティーセットとお菓子。

 自身に見立てた模型はそのうち一つのいすに座っている。


 静寂と平穏、そして安定の世界。


 だと言うのに、箱庭の外を理解しているように残った模型は全て箱庭を見ている。

 奇妙と言うほか、何もいえなかった。


「私もね、昔作ったことがあったのだけれどね。そのときは箱をひっくり返して、ひっくり返した箱の中に他全てを、そして自身の模型を箱の上に置いたのだよ。一時期カウンセリングに興味をもってね、カウンセラーは私があまりにもつかみ所のない性格だったからこの手を使ったらしいんだが…何も知らずに作ったはずの模型を見て、カウンセラーがさじを投げた。嗚呼、無責任とか職務怠慢とか言わないで上げてくれよ。彼に『君はなぜここにきたのか』と問われて、『異常と呼ばれる自分があらゆる人間に関わった存在にはどう見えるのか、それが知りたいだけですよ。』と答えたのは自分だからね。だから『君は見たことがないほど代わった人間だ。』と答えられてそれっきりになったのだよ。私の存在は彼にとってちょっとした心労の種だったようだからね。」


 私にしたらどうでもいい。ちょっとした過去話でよづはとの対比として語っていたのだが、目の前で話を聞いていた音にとってはこの話すらも十分な刺激材料であったようだ。


「まあ、何が言いたいかと言うとね。」


 本来、箱庭テストは箱庭の内部のみを認識して製作される。その外を気にすると言うことは人より他の存在に敏感、それと同時に意識していると言うこうだ。

 これだけでも繊細、といえるかもだがね。


 気になるのは箱庭の中。

 中にある水は静寂、だが。その水の中には一匹も生き物は存在しない。魚もあったというのにそのさかなも外にあった。

 本当に何も生きているものは居ない水。それは恐らく、純然なる水。完全蒸留水を表している。


 純粋すぎる水は生き物を殺す。誰も、何も住めない生きることが出来ない水。

 それは静寂とともに拒絶を表しているではないのかね? 誰にも犯されない、誰にも犯すことを許さない。それを表現しているのではないかね?

 完全蒸留水はどこまでも準である代わり、汚すこともまた簡単だ。だが、汚してしまえば本質が変わってしまうだろう。不純物が混じることによって今まで存在していなかったものが生息する。それは、本質の破壊。

 人格の破壊を意味するのではないか。



 そこまで語り、私は一度口を閉じた。

 私と向かい合う形で座っていた音は真剣な表情で私を見ている。その目には戸惑いをたたえて。


「え? いや…それは『破壊』じゃなくて『変化』。何じゃないか? 何かが生息するってことは不可侵ではなくなって、心を開くってことに」「ならない。」


 ゆっくりと、一つ一つ語りだしたその言葉をさえぎって否定する。

「よく考えてみようではないか。不可侵な静寂、脆い繊細なその世界を変化させることは、つまり『よづは』が『よづは』ではなくなる。ということだ。私は汚す。という表現を使った。それは、よづは自身ではなく他者の手によってその世界が変化させられた、『強制』を意味する。」


 「彼女自身の意思ではない変化は、彼女の人格を破壊するのだよ。その変化させた人間が何者であったとしても。」


 私はそれを望まない。不可侵な世界を私が切欠として彼女自身の手によって変化させてこそだ。

 私が汚し犯した精神でできたよづはは、もはやよづはではない。


「花を育てて、その水や腐葉土、肥料。全てを愛し花を愛でたとしても、私はその花を切花にも押し花にもする気はない。花の本質を変えて美しくしたところでそれは花自身の力ではない。私は彼女に水などを与える、切欠を与えるだけ。その切欠が彼女をどう育てるか、その過程すらも愛する。」


 ようやくつぼみを膨らませ、花を咲かせかけた彼女。花を開かせ枯れてゆく様を見たいとずっとずっと思っている。いとしい。


「花は、よづは。ってか。…わっかりづれー、つまりは変化は全て自然なものでない限りそれは『変化』ではなく『崩壊』だと。マッドはきっかけは与えるけれど『変化』、つまりは『崩壊』はさせたくない。だが、『変化』もそしてその切欠もそれがよづはに対するものなら愛している。………」


 理解が早くて助かる。そういって手をたたくが、音は真剣な表情で悩み続けている。私の愛の言葉はそんなにも難しいものだったのかな? まあ、まだまだ青い餓鬼にすっぽりと理解されたくはないがね。

 そう考えていると、音はこちらを見つめあきれたような表情をした。何だね。その失礼な表情は、年上には敬意を払うものだろう?





「マッドさぁ、いってること父親みたい。育てて愛でてそれが恋愛感情って…ただの変態親父じゃね?」






 ふむ、最近似たことをかの御仁に言われた覚えがあるね。

「てか、何かうそ臭いなぁ。こうやって愛を語ってるってもの…、二次元チック? いやうん、まあこれ書いたら二次元だけどさ。絶対誰かが言うよな。『うそ臭い』とか」



 そんな、今さならのことを言う目の前の餓鬼が心底愉快でたまらなくなり、私は腹を抱えて笑った。

(うそ臭い? 偽者じみているって?)


 嗚呼、本当に今さらだ。






 天井に目をやり、天を仰ぐ神官のように両手を広げ高らかに声を上げた。

「全く! 実に愉快! 他者が私たちの関係を見て口にするように私自身もしみじみと思っているのだよ!君もそうだろう? 偽名腸墓 音。ほら、今私が言う言葉やそれまでの私たちのやり取り全て。思い返してごらん。いいたくなるだろう?『嗚呼! 実に茶番じみている!! 』と!」

 こうして招いたはずの私の弟が居ずに招かれた親友がソファーで一人寛いでいて、そしてその付近のパソコンの前で仕事に励んでいた私が居たこと。音が私に疑問を口にしたこと。私が答えたこと。私が過去に行ったこと、それにいたった互いの行動。全てが。まるで仕組まれたような話。

 私がよづはに狂気じみた感情を向けること。彼女がひどく奇異だったこと。


「全てが、誰かに操られていたように思えてならないだろう?」


 そういって音に微笑むと、眉間にしわを寄せて何かを言おうと口を開く。






 「それじゃあこれを見ながらこうして導いて作り上げた人も、同じように手を広げて天井を見上げながら言ってるかもな。『嗚呼! なんて偽物じみた物語なんだろう!! 』。……てね。」






 私の背後から腕を回し、抱き込むように答えたのは柔らかな肢体を持つ人間。

 振り返らなくてもわかる。それは、私の求めてやまない人だから。



「で?何でそんな話に至ったんだ?」

 首に回る腕に力を込め、かすかに私の首を絞めながら音に問う。

 私の横をすり抜けるように見知った、見慣れた姿がソファーへ近づく。それは私の弟。


「あーいろいろあって…。まあ、ともかく。」



 親友と隣り合うようにポスンとソファーに弟は身を沈め、私は首に回る腕をそっと握りる。


 どれだけ茶番染みていてもいとしいと思うのは変わらない。




     「結局何故かって話。」



 上を見上げて彼女を目を合わせて、私は静かに微笑んだ。












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