1章:見上げる夜空に少女の光
今日もこの夢だ。
夢か現実かわからないリアルな質感。見知らぬ土地で見知らぬ男女。互いに永遠の愛を誓うそんな幸せな夢。しかしどこかしら悲しげなそんな夢。
「俺欲求不満なのかな。あぁ彼女がほしい」
この物語の主人公である「大沢リク」は彼が通う「城南大学」の学生食堂で友人とそんな話をしていた。彼の話を聞くのは同じ学年の「野田卓巳」である。
「でも毎日そんな美女の夢を見れてうらやましいよ。俺なんか今日母ちゃんとスーパーに買い物に行く夢だったぜ。何が悲しくてそんな家庭的な夢見なきゃなんねぇんだよ」
卓巳はリクがこの大学に入学したばかりの頃からのいわゆる親友であり、世の中の刺激的なことを彼に提供してくれた悪友でもある。基本的にめんどくさがりなリクであるが、この卓巳もかなりのマイペースもとい天性の適当男である為か非常に馬が合う。
「そういえば今度の休みにナースをの合コンがあるのだが、リク少年は来るかね?欲求不満ならその欲求を爆発させに行こうじゃないか。ナース服・・・・萌えのエクスタシーを完全にヒートさせてもまだ俺のコスモはバーニングしたりないぜ。ふふふ・・・いざ禁断の花園へ」
“こいつ完全に逝ってやがる・・・”
あきれながらも、リクの表情はとても楽しげだ。
「でもお前には夏樹ちゃん先輩がいるもんな。すげぇ細い体なのに、胸部に装備されたあの犯罪的且つエロティックな甘い香り漂うたわわな果実。あぁ夏樹様!わたくしに何卒果実の恩恵を!!」
「お前・・・人の先輩をそんな目で見るなよな・・・」
卓巳はちょっと足りないやつなのだ。将来は昼のワイドショーで奥様を恐怖のどん底に叩き落す性犯罪者決定だな。そんなことを考えていると、
「あれ?ひょっとして僕の話をしているのかな?」
びっくりして振り返るとその人は腕を組んでリクのことを見下ろしている。ハリウッドスターよろしくな、しなやかに伸びた手足。目は淡く茶色がかった透き通るような瞳。髪は短めのショートボブにされ彼女のかわいらしさを際立たせている。それにあまりに発育の行き届いたその胸部に潜むリーサルウェポン。まさに反則だぜ。・・・って俺も卓巳のこと言えないな。
「僕の話してくれるのはいいけど、おっぱいの話だけじゃ夏樹先輩怒っちゃうよ?リクちゃんも男の子だからわかるけど、そんなんじゃいつまでたっても彼女できないわよ。」
「夏樹先輩いつも登場が急ですね。さすがにびっくりしましたよ。」
彼女の名前は神城夏樹。リクの高校からの先輩で当時リクが所属していた「弓道部」の女子キャプテンでもあった。かなりのかわいさで、学内外問わず夏樹先輩には多くのファンがいるが、部活が忙しいのであろう、恋人の話は聞いたことが無い。そして、まだ伝えてはいないが、リクの密かに昔から思い続けている人でもある。
「リクちゃんが悪い話をしているときに僕は悪をくじくために現れるのだよ。僕がいるからリクちゃんは真人間をギリギリ保っていられるんだよ」
夏樹先輩から見れば俺は卓巳と同類項なのね。そんな悲しみをこらえつつも、楽しいランチタイムを突然のゲスト夏樹先輩と過ごした。
時間はちょっと進んで放課後。
「リク。今からガールハントに行くんだけどお前も来るか?」
「悪い。今日は新しいバイトの面接があるから帰るわ。てかお前毎日ナンパしてねぇ?」
「麗しき乙女がこの世のどこかで今日も俺様の登場を心待ちにしているのさ。そんなハニー達を待たせるような野暮なことはしたくないのだ。愛に生きるさすらいの勇者。それこそがこの卓巳様が巧みさまでいられる由縁なのだよ。それでは、アディオス。アミーゴ」
よくわからない言葉とともにこの場を後にした卓巳の背中に冷ややかな目線を送りながら、リクも駐輪場へと向かった。
リクたちの大学があるこの「辰巳市」は人口70万ほどの割と大きな都市だ。日本の南部に位置しかつては城下町として栄えた歴史ある街で、市街地の中心には堀で囲まれた城が歴史を越え、住民たちを見守っている。城南大学はその少し外れた小高い丘の上にあり、市内を一望できる。しかし、丘の上ということで自転車通学は厳しいため、ほとんどの学生はバイクでの登校となる。リクも例外ではなく、中型の二厘の免許を入学前の期間に取り、今では400ccのバイクに乗っている。最初は通学用と言うことで購入したバイクだったが、今では彼の趣味の一つとなり、愛機なしの生活は考えられないほどである。
リクがバイトの面接を終えたのは夜の8時前であった。よほど人手が不足していたのであろう。面接の時に即座に合格をもらい、条件の確認やシフトの調整などをその場で済ませたらこんな時間になってしまったのである。遅くはなってしまったが、正直消化不良な時間でもあるため、リクは家と反対の方向へバイクを走らせる。
30分ほどバイクを走らせてリクが向かったのは大学の近くに位置する、「城南の丘公園」である。市内の景色を一望でき、緑豊かな安らげる場所だ。しかも時間も遅く、市街地からも少し離れているためリクにとって一番落ち着く、安心する場所でもあった。
そこでタバコを吸いながら物思いにふけること1時間。いろんなことを考えた。卓巳の馬鹿な話。夏樹先輩への自分の気持ち。しかし最終的には最近見る奇妙な夢のことである。
リクがその夢を見始めてから半年は経つ。1日の漏れも無く毎日同じ夢だ。なんで見たことも無い場所で見たことの無い男女の恋物語の夢を見るのだろう。リクは疑問に思っていた。しかし、いくら考えてもわからないし、答えはそれこそ夢の彼方であった。
「そろそろ帰るか。」
リクが家路に着こうとバイクに足を向ける。程なくバイクの元へとたどり着き、形態灰皿の中のタバコの火を確認した瞬間、リクは違和感を感じた。
“空が光ってる。あれ・・・星じゃないよな”
夜空にかすかに光るものが一つ。その輝きはどこと無く儚げで、今にも消えてしまいそうな光であった。しかも・・・
“しかも公園の置くの森のほうへ降りてってないか?”
しばらく後に、そのかすかな光は完全に消失し、辺りは静寂に包まれた。夜の闇がリクを再び取り囲んだ。
地味に好奇心が旺盛なリクは、その光が降りたであろう森の中へ入ってみることにした。
さらに半刻ほど辺りを探したであろうか。さすがに疲れてきたリクはその光の正体をいまだに見つけられないでいる。諦めて引き返そうか。そんな折に、
“あれ?森の中にちょっと開けた場所があるな。行ってみよう”
ちょっとした広場に出たリクはその場所の美しさに目を奪われた。今は桜の時期。桜の木々に囲まれた空間は淡い桃色に囲まれ、まるで星々の祝福を受けたかのように中心が月や星の光で輝いている。風が吹くたびに桜吹雪が巻き起こり、やさしくリクの体を包んでいく。
“ここがファンタジーの世界だったら、確実に妖精が出てくるな。”
そんなことを考えていると、広場の中心に何かが倒れているのを発見した。警戒しながらも近づいてみると、リクは目が飛び出そうになった。
「女の・・・子?」
その安らかな表情の女の子はどこからどう見ても異邦人のそれであった。長いまつげは少しでも風が吹こうものなら、彼方へ飛んでいってしまいそうな繊細なつくり。常人のそれより幾段にも上品でしなやかな、流れるような赤みがかった髪。透き通るような白い肌は春だというのに、雪化粧を連想させる。ガラス細工のような繊細な手足を兼ね備え、呼吸に合わせ上下する主張のほとんど無い胸。色なんかとても・・・
“色?ってことは・・・”
リクは気づいてしまった。女の子は・・・何というか生まれたままの姿でその場に寝ていたのである。女性のそういうことに免疫の少ないリクは当然焦る。こんなところ誰かに見られたら確実に逮捕である。卓巳なんか数段飛び越えて、変体街道まっしぐらのレッテルを貼られるであろう。リクが一人で焦っていると、
「あんた誰?」
終わった。俺の人生フィニッシュだよ。これから警察を呼ばれて、逮捕される。親の泣く顔が目に浮かぶ。女手一つで俺をここまで育ててくれた母さん。息子は最悪な形で世の中に出ることになりそうです。臭い飯を臭いお友達と仲良く食べて元気に暮らします。今までありがとうございました。そんなことをわずか5秒ほどの時間で考えていると。
「だからあんた誰?ていうかここどこなの?・・・何か答えなさいよ」
そこまで言った所で、少女はふと気づく。自分があられも無い姿でいることを。顔はたちまち周りの桜の桃色を通り越して、秋の紅葉のように真っ赤に染まる。リクが気づいたときには、少女の右足がリクの切ない部分にクリーンヒットしていた。
「んごっ!!」
声にならないうめきを上げリクはうずくまる。
顔面を高潮させている美少女と、その傍らでぴくぴくしながらうずくまる男。一体何の絵だろう。
そこからどうにかして誤解を解こうとリクは少女と話していた。依然として顔の紅葉化は解かれていない少女であるが、リクが新しくもらってきたバイトのズボンと、もともと来ていたナイロンジャージを身にまとっている。しかしいかんせん小柄な少女にはブカブカな代物である。無いよりはましだが。
「私はなぜこんなところにいるかわからないし、自分がどこから来たのかもわからない。」
「つまり記憶喪失って事?あの空から降ってくる光の玉の正体は君なの?」
「光の玉?さぁ?わからないけど目覚める前はとても暖かくて、ふわふわした感じがしたわ。・・・目を覚ましたら変態がいたけどね。」
少女は再度リクをキッと睨んだ。まるで草食動物を食い殺す前の百獣の王のそれに似ていた。見たことは無いけど。しかし、
「これからどうするんだ?見たところ荷物はおろか着るものも無い様だし、記憶が無いなら行く宛ても無いだろ?」
「正直困るわね。今現在知っているのはあなただけだけど、唯一の知り合いが変態ってのものね。」
こいつマジで根に持つな。てか性格地味に悪くねぇ?でも困ってる人をこのまま置き去りにするのも違うと思うし。しょうがない。
「じゃあさ。うちに来いよ。一つ屋根の下は気になるだろうけど、一応部屋は二つあるし、布団もあるぜ。とりあえず今晩はうちに泊まって、また明日どうするか考えようよ。」
「確かにそうね。贅沢一照られる状況じゃないし・・・とりあえずあなたの家に行きましょうか。」
話はまとまった。とりあえず今日のところはうちに保護して、明日になったら警察にでも言って相談しよう。警察ネットワークを駆使してもらえば女の子の身元を調査するくらい問題ないだろう。
とりあえず呼びのメットもあることだしバイクで家まで行こう。そこでご飯でも食べて、ゆっくりしてもらおう。そんなことを考えていると不意に奇妙な頭痛がリクを襲った。
「んあっ!!何だこれ?頭が・・・割れ・・・そうだ」
「ちょっと、あんたどうしたの?」
急にうずくまるリク。慌てる少女。一体何が起こったのだろう。しかしそんなことすら考えられないリク。ただ、本能のままに痛みを必死にこらえている。そんな時、さっきまで吹いていた風が止まった。
違和感を感じ顔を上げる少女。そこには扉があった。空中に浮かんでいる奇妙な扉だというのに、あたかも以前からそこにあったと言わんばかりに、ある種の自信を放ちつつそこには扉があった。
少女が目を丸くさせていると不意にその扉は重厚な音とともに開かれた。
「天使?」
扉の中から現れたのは、普通の30代の成人男性であった。見たこともないキラキラとした印象を与える純白の衣装に身を包み、総理大臣も裸足で逃げ出しそうな重厚なオーラに包まれた男。非常に端正な顔立ちの男は、装いやその荘厳な雰囲気に目を瞑れば普通の男性だ。背中に生やしているらしいその美しい羽を除いては。その扉から現れた男は口を開く
「我こそは神の尖兵『ヘイムダル』である。そこの罪深き女よ。我らが至高の神器を返してもらおうか」
少女はわけがわからない。それもそのはずだ。先ほど目が覚めたときには、今まで有していたであろう記憶は時の彼方であり、自分の知っている人間といえば奇妙な頭痛に襲われているリクだけである。
「一体何のことよ!あなた私の正体を知っているの?なら教えてよ!私はどこから来たのよ!」
しかし、ヘイムダルと名乗った男は返答の変わりにファンタジーもびっくりな剣を取り出した。
「そうか。神器は貴様のエーテルによって封印されているのだな。貴様という入れ物を壊して回収させてもらうぞ。」
あたり一面に殺気が充満した。少女はその恐ろしさに声もでない。きっと一瞬で殺されてしまうに違いない。異常なほど大きな殺気に全身が身震いする。そう判断するに足る威圧感だ。
「このおっさん友達?お前に似てかなり好戦的なやつみたいだな。」
頭痛に顔を歪ませながらも、リクも立ち上がる。
「冗談はさておき逃げなきゃマジでやばいな。・・・俺が時間を作ってやるからお前は逃げろ。急げ!!」
リクの一声で少女は走り出す。しかし逃げだしたのもつかの間。ヘイムダルが手にしている剣を振るうと、周りの空気が圧縮され衝撃波となってリクを襲う。
リクは周りの桜の木に激しく体を当て意識を失う。驚いた少女はリクもとへと走る。
「あんた!しっかりしなさいよ!ねぇ!あんなわけもわからないやつに殺されるわよ!」
しかしリクは目覚めない。泣きじゃくりながらもリクの手を必死で握る少女。
「その少年には気の毒だが、幸せな来世を願おう。この女もろとも死んでもらう。」
ヘイムダルは剣を再び振り上げた。
その時。運命の鎖が確かに切られた。