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プロローグ

「次は赤石岬~赤石岬~。お降りの方は降車ボタンを押してください」


 バスの運転手のアナウンスを聞きながら、俺、村田ヒロは窓の外をぼんやりと眺めていた。

 窓の外には赤石海岸の穏やかな海と白い砂浜が広がっている。今は海水浴シーズンではないため、浜辺を歩く人はまばらだ。


 暖かな日の光が海面に反射してキラキラと眩しく、俺は思わず目を細めた。

 バスは海沿いにそびえる山道を少しずつ上っていく。


 今日は俺の働く串焼き居酒屋の仕入れのため、少し遠い精肉店へ向かっている。俺が勤めているのは、焼き鳥串や焼き野菜串などがメインの店だが、たまには趣向を変えてジビエの串なんかどうだろう。俺が提案すると、店長は快く俺を仕入れ先へと送り出してくれた。

 

 俺がそこの精肉店に行くのは今日が初めてだ。どんなジビエが並んでいるのだろう。猪肉もいいし、鹿肉もいい。熊肉なんかもアリかもしれない。普段は店の近くの小さな精肉店で仕入れをするが、今日は普段と違う食材にも出会えるだろう。

 俺は色々な食材を頭に思い浮かべては、一人でニヤニヤとしていた。


 バスは山道を更にくねくねと進み、ぐんぐんと高い所へと登っていく。いつの間にか、海岸は目線のはるか下に広がっていた。

 ああ、なんて美しい景色だろう。赤石海岸の近くに住んでもう何年も経つが、いつ見てもこの海岸は美しさは色褪せない。


 俺が眼下に広がる景色にうっとりとしていると、突然視界がぐらりと揺れた。


「おい、運転手が居眠り運転しているぞ!」


 バスの前方に座っていた乗客の一人が大声で叫んだ。


「おい、起きろ!」と言う、誰かの悲鳴に近い声も聞こえる。


 バスは蛇行を繰り返し、車内は立っているのもやっとなほどだ。運転席へと様子を見に行こうとした人は、その場に尻もちをついてしまった。


 そうしている間にも、バスは右へ、左へと予測不能な動きで前進を続けている。そして車内が乗客の悲鳴で満たされた頃には、バスはガードレールを突き破り、車体の前半分が崖から身を乗り出す形になっていた。


 バスがぐらり、と大きく前に傾く。乗客たちのより大きな悲鳴に混じって、動物の叫び声も聞こえてくる。

 俺は、今いる座席から放り出されないよう、必死で手すりを掴んだ。手すりを掴む掌が、冷や汗でぐっしょりと濡れるのが分かる。


 その時、俺の目の前で何かが宙を舞った。動物の入ったキャリーバッグだ。バッグの窓からこちらを見つめる、小さな瞳と目が合った。

 助けなければ。そう思って手を伸ばした時、バスの車体はさらに前へと傾いた。

 

 まずい、と思った時にはもう遅かった。手すりを掴み損ねた俺は、キャリーバッグを抱えたまま、座席から放り出された。そしてそのまま、ありえない角度に傾いたバスの前方まで落下していった。フロントガラスは俺の体を受け止めることなく、ドンという音ともに砕け散った。

 俺は車外へと放り出されてしまったのだ。

 

 全身に激痛が走る。息ができない。視界が滲む。そして体が冷たい。

 ああ、おれは海へと投げ出されたのだ。浜の近くの水深は知れているが、この崖の下の海は一体どれくらい深いのだろう。そう考えている間にも、俺の体はどんどん深く沈んでいく。泳いで海面を目指せばいいのだろうが、痛みでうまく体を動かせない。


 その時、海水で滲む視界に、祠のようなものが見えた気がした。


「こんなところに神様でもいるのか……」


 薄れゆく意識の中で思う。俺はこのまま死ぬのか……?

 いやだ、まだ死にたくない。水面はどこだ。どっちが上だ?

 でも、もう分からない。


 もうちょっと、料理人として頑張ってみたかった。

 もっと色々な景色を見たかった。

 死にたくない、死にたくない。

 

 俺の意識はそこで途切れた。


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