ある男の悔恨と祈り
私の目はいったいいつから曇っていたのだろうか。
政略結婚で娶ったマリアにいつしか心底惚れ込み、その存在を喪った悲しみは底知れない奈落のようだった。
八つ当たりで姻戚を遠ざけ、マリアの不在に耐えかねて家族から目を背けた。
それが愚かな現実逃避だと気づいたのは、長男に婚約の打診が来た時だった。
──そうか、長男はもうそんな年齢だったか
己の気づきにぞっとする。
子どもたちの成長に目を向けず、彼らの年齢すらも失念していた己の無関心に、この時ようやく危機感を抱いた。
私はマリアという出来た妻を得て幸せだった。
息子たちにも最良の縁を結び、幸せな家庭を持たせる。
それが私から家族への贖罪であり、妻の望みでもあると思った。
長男には、高貴な家から多数の縁談があった。
そこから長男自身が選んだ相手と見合いをし、最終的に王弟殿下の息女を娶った。
今は次期当主夫妻として申し分なくやっている。
次男と三男は、持ち込まれた縁談の中に想う相手からのものがあった。
幸い家柄も問題がなく、話がまとまるのは早かった。
そして末子の相手を探す段になり、私は頭を抱えた。
年頃になったギルベルトに、条件の良い相手と幾度も見合いをさせた。しかしどういうわけか誰にも関心を示さない。
やがてギルベルトは仕事に関心を移し、それなら無理強いすることもないと私も思うようになった。
そんなギルベルトに想う令嬢がいると聞かされ嬉しく思ったのも束の間、相手はルースライン子爵家だと聞いて私の気分は一転した。
マリアを喪った当時の思いが痛切に蘇る。
田舎の貧乏貴族の娘など娶るべきではない。
毛色の違う娘を見て一時的に興味を持っただけ。
そう考えギルベルトを適当にいなしていたが、一向に冷める気配はない。
無理にでも結婚させてしまえば、私のように後から愛情が芽生えることもあるだろう。
焦った私は己の矛盾にも気づかずに過ちを重ねた。
ハイモンド家とギルベルトから謀られたと知った時には怒りで目眩がした。
怒りの根幹にあったのは、息子が私を拒んだことに対する無様な自己憐憫だった。
しかし結婚相手を条件のみで決めようとしたことも、ギルベルトの感情を蔑ろにし続けていたことも、全て根っこは同じ、己の逃げが招いたことだった。
そこに思い至った私にはもう、息子が選ぶ相手を拒むことなど出来るはずもなかった。
「初めまして。先代ルースライン子爵が長女、リゼ・ルースラインと申します」
邸を訪れたリゼ嬢は、私を真っすぐに見つめる目の輝きが印象的な娘だった。
隣に並ぶギルベルトの表情を見れば、二人を分かつことがいかに愚かだったかを知る。
そういえばギルベルトはよく笑う子どもだった。
ああ、本当に私は何も見ていなかった。
優しい顔でお互いを気遣い合う二人に、いつかの自分と妻を重ねて、彼らの末長い幸せを祈った。
お読みいただき、ありがとうございます。
次話が最終話となります。




