4.食えない男の猿芝居
『他人の人生を背負えるようになれ』
父の掲げた目標に必ず到達する。そう固く誓うギルベルトだった。
◇◇◇
一人になったギルベルトは、イアンとの会話を思い返していた。
彼の言いたいことはわかっている。彼だけではなく、きっとほとんどの人が同じように言うだろう。彼女と会ってすぐにでも状況を告げるべきだ、と。
そうしても誰にも咎められないであろうことは、ギルベルトも理解している。
それでも、どうしても、ほんのわずかな不安要素すらも潰しておかなければ、リゼに再び手を伸ばすことができない自分がいるのだ。
最初から遠慮する様子を見せていたリゼに、ギルベルトが半ば強引に迫る形で二人の関係が始まった。
そして結局は、彼女が危惧したとおりの結末を迎えてしまった。
二人の未来を一方的に断ち切ったギルベルトがまた彼女に向き合うには、父が求める条件どおりに確固たる立場を築き、自分なりの覚悟と誠意を示すことから始めるべきだと考えている。
考えたくもないことだが、もしそれまでに彼女を幸せにする人物が現れたなら、それが自分の引き際だと潔く受け入れるしかない。
リゼがギルベルトのために身を引いたように、ギルベルトもまたリゼの幸せを祈りたいと思った。
ロランツは以前と変わらずリゼのことをよく話題に出す。おかげで、彼女が元気でいると知れてありがたかった。
出張中のセインから、礼とも業務連絡とも判別がつかない手紙が届いた。
アルフレートからは、さらに多くの資金提供を受けたと弾んだ文字の知らせをもらった。
充実した日々は、これまでと似て非なる活力に満ちている。
そんなある日、またもイアンが内務部を訪れた。
「こんにちはギルベルトさん。突然申し訳ありません。今日はお願いがあって伺いました」
イアンには何かと世話になっている。自分に出来ることならばと話を聞いた。
「実はこのたびめでたくグレイスと件の伯爵令息との婚約が整いましてね。その彼が、あなたにお礼がしたいと言っているんですよ。──ええ、ギルベルトさんならそう言うと思って、お礼代わりに例の協賛金も出してもらったんですがね、まだ気が済まないそうで礼状を書くと言っているのです」
「それはありがたいですが、わざわざ礼状など構いませんよ。その方のために動いたわけではないですし、協賛をいただけたのでしたらそれで充分です」
「それがもう書き始めているそうでして。しかしご実家に送って侯爵の目に留まるのも不味かろうと私が預かることになりました。ご足労をかけますが、四日後の昼休憩に国史編纂室まで取りに来ていただきたいのです」
わざわざ礼状などをと思うものの、厚意を無碍にするのも気が引ける。
ギルベルトは深く考えることなくイアンの言葉に頷くのだった。
◇◇◇
イアンとの約束の日になった。
昼時の国史編纂室の会議室で、彼はすでに待っていた。
入室するとすぐにイアンから封筒が手渡される。封蝋には印璽が捺され、先方からの正式な礼状であることが窺えた。
「律儀な男ですよ。私たちの父親はあまり善良とは言えない人間ですからね、グレイスは身内とは正反対の彼の誠実さに惹かれたようです。せっかくですからどうぞ読んでやってください」
イアンの勧めに従い開封する。
当たり障りのない礼の言葉が並ぶ、ごく一般的な礼状だった。
ギルベルトが礼状を読み終えてからも、イアンは差出人である伯爵令息の話を続けていた。
「彼は紛うことなき善人です。嫡男としては少々頼りなくはありますが、そこは気の強いグレイスが上手くカバーするでしょう。まったく妹は良縁に恵まれました」
「お二人のお力になれて何よりです。では礼状もいただいたことですしこれで……」
「まあまあ、もう少しいいではありませんか。たまにはこうやって仕事以外の話をする時間も大切ですよ。我が家は今弟が不在ですから、私が他愛もないお喋りに飢えているんです。お付き合い願えませんか?」
──イアンの様子がおかしい。
どこがと聞かれると確信はないが、いつも以上に崩れない笑顔や、口数のわりにあまりにも上滑りな会話、お茶を勧めてくるペースもいつになく早いように思える。
違和感に耐えかねたギルベルトは、思い切って訊ねてみることにした。
「イアンさん、どうされたのです?何か無理に話題を探しているような……。言いづらいことでもあるのですか?」
「いやあ、ばれましたか。お見苦しい猿芝居を失礼しました。実はね、ここにもうすぐリゼ嬢が来るんです。ルースライン領の素晴らしさも相まって、今や彼女は知る人ぞ知る好物件ですよ。ギルベルトさんは悠長なことを言っていないで、さっさと求婚した方が良いと思いますがねえ」
イアンなりに気を揉んで機会を設けてくれたのだろう。その気持ちはありがたいが、それでも……と思う。
「しかしイアンさん、それでは父との約束を違えることになります」
その時、室内にノックの音が響いた。
イアンが歩み寄り開いた扉の先には、強張った表情のリゼが立っていた。
彼女はイアンが出ていくのと交代にぎこちなく入室し、イアンの残した書類を手に取るとすぐさま再び扉へと向かう。
俯き足早に立ち去るリゼに拒絶を感じ、ギルベルトはその背を見つめることしか出来なかった。
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ギルベルト3、あと1話です。




