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ルースの祈り  作者: ねるね
ギルベルト2
14/25

3.慟哭の背中

リゼとともに少しずつ積み上げてきた世界。しかし崩れるのはほんの一瞬だった。


◇◇◇


 優先すべきことを間違えてはならない。


 そう再認識したギルベルトは、ハイモンド兄妹に断りを入れるためにセインを探した。

 けれど結局その日は彼に会うことは出来なかった。

 技師団に急な欠員があり、対応に追われているらしい。



 そんな折り、父から呼び出しが入った。

 侯爵邸にはここ最近こまめに通っている。改めての呼び出しなど何事かと首をかしげつつ、空き時間を作り赴いた。



「呼び立てしてすまぬな。ここのところ頻繁に顔を見せているが、仕事は落ち着いているのか?」


「はい。今は主幹を担っている業務は落ち着いており、経過観察が主になっています」


「そうか。ならばそろそろ見合いを再開してもよかろう。お前の言うとおりしばらく縁談は断っていたが、それでも申し入れてくる家は多くてな。そこの釣書に目を通しておきなさい」



 ギルベルトは耳を疑った。

 父の言葉を理解するにつれて、頭の中が真っ赤に塗り潰される。

 これまで侯爵邸に足繁く通い、話してきたことは一体何だったというのか。


 拳を握りしめ、怒りに染まらないよう必死に感情を押さえつける。けれど今はそれがうまくできなかった。


「私は縁談などいりません! 父上もルースライン領の将来性には期待してくれていたではありませんか!」


「ああ、あの夢物語か。なかなか面白かったぞ。お前が将来どこかの領主になっても充分やっていけそうで安心したわ。だが所詮は絵空事よ、現時点で栄えておらぬ領など私は認めん」


「そんな……」



 父の正論に、ギルベルトは言葉を返すことができない。今のルースライン領がまだ発展途上であることは、紛れもない事実だったからだ。



 口先だけでは何も変えられない。ルースライン領も、父も、自分も。

 そう突きつけられた気がして、頭と心が同時に冷えた。




 打ちひしがれるギルベルトに、父が言葉をかける。


「決まった相手がおらぬからおかしなところに目が向くのだ。お前が決めぬなら私の方で決める。なあに、私の見立ては確かだ。悪いようにはせんから安心しろ」


「ま、待ってください! ハイモンド家は、ハイモンド家との見合いがまだ終わっていません!」


「ああ、そう言えば延期になったままだったか。まだ向こうにその気があるかわからんが、あそこなら縁付いたとしても申し分はない。すぐに見合いをしてハイモンドに決めるか、私の選んだ縁談を受け入れるか、二つに一つだ」




 奇しくもグレイスと同じ状況に陥り、時間稼ぎに過ぎないとわかりながらその家名を出した。


 断固とした口調で最後通牒を突き付ける父に対し、ギルベルトが出来ることはあまりにも少なかった。


◇◇◇


 消沈しながら宿舎に戻ったギルベルトは、リゼから届いた手紙に気づく。


 伸びやかで柔らかみを帯びた文字はリゼの性格そのもので、思わず文面をそっと撫でた。


『会いたい』──リゼの字で書かれたそれは、常ならば心を浮き立たせる言葉だ。

 けれども今回ばかりは違った。

 次にリゼに会う時、ギルベルトは彼女に告げなければならないことがある。



 間もなくギルベルトはグレイスと偽りの婚約を交わす。

 その期間がどれほどかは未定だが、ハイモンド家の当主交代が済めば偽りの婚約は解消され、今度こそ父が決めた相手と“本当に”婚約することになるだろう。


 政略結婚以外の道を失った自分が、この先リゼを縛りつけておくわけにはいかない。

 リゼと、リゼの幸せを願う人々のために、今すぐにでも彼女の手を離すべきだ──






「父が薦める縁談を受けることにした。こうして会うのは今日が最後だ」


 ギルベルトの言葉を聞いて、リゼは笑った。


 眦を赤くし顔を強ばらせながらも、微笑んだ目元から涙がこぼれることはなかった。


「ギルベルト様、どうかお幸せに」



 踵を返したギルベルトも胸中でリゼの幸せを願う。




 リゼは幸せにならなければいけない。

 涙を、弱みを見せられるような相手と、何の憂いもなく幸せに暮らしてほしい。

 出来ることならギルベルトがその相手になりたいと思っていた。けれども、己の人生さえも自身の判断で選べない者には、それは過ぎたる望みなのだ。


 グレイスとの仮婚約の間はギルベルトに残されたわずかな猶予だ。

 その間にもし万が一にも状況が変わる日が来るのなら、その時は何を置いてもリゼのもとへ駆けつけて許しを乞おう。リゼが許してくれるのならば今度こそは──



 そこまで考え、虚しさに打ちひしがれる。

 あり得ない夢想だ。二人の道はもう分かたれた。





 翌朝、ギルベルトは出仕してきたセインに背中を押され廊下へと連れ出された。


「お前なんて顔してるんだよ。どれだけ忙しくても顔色ひとつ変えなかったのに。もしかしてあれか、グレイスの件で恋人とやらと揉めたか?」



 自分は一体どんな顔をしているというのか。

 日ごろ人の顔色など構うことのないセインが言うのだからよほど酷いのだろう。


「いえ。グレイス嬢は無関係です。そうそう、例の件ですが引き受けると伝えておいてもらえますか?」


「あ、ああ。それはありがたいが……。お前は大丈夫なのか? お前がそんな顔してると、うちが踏み台にしてるようで寝覚めが悪いんだが……」


「今日は少し体調が優れないだけです。すぐに元に戻ります」



 珍しく心配げな顔をするセインをやり過ごし、始業に備え席に着いた。


◇◇◇


 席に戻ったギルベルトに対し、セインは依然として物言いたげな視線を寄越してくる。

 しかし仕事は仕事だ。私事都合で公務に支障を来すわけにはいかない。


 やがてセインも表情を切り替え、仕事の話を始めた。


「ギルベルト、技師団の人員補充についてお前の意見を聞かせてくれないか」



 グレイスが地方調整室に来て三人で話してからというもの、セインから時々このように業務について話し掛けられるようになった。


 セインは今、技師団の欠員を埋める人材が見つからず苦心しているらしい。



「辞めた人の紹介も組合も駄目だったとなると、あとは隣国の学校に聞いてみてはどうですか」


「それも今聞いてるところだ。ただ、返事が来るまでに時間がかかるのがなあ。何しろ着工は目前なんだ」


「では外務部に聞いてみるとか、もしくは長期ではなく短期に条件を変えて複数人募ってみるのはどうでしょう」



 その時、ロランツが出仕してきた。

 取り乱した様子でギルベルトのもとへと駆け寄り、肩を掴んで揺さぶってくる。



「落ち着いて聞くんだ、ギルベルト。リゼが、リゼが、ルースライン領に帰ってしまった! 僕は止めたというのに。ああ、なんてことだ!」


 がくがくとこちらを揺さぶってくる腕を外し、ギルベルトは慌てふためくロランツに早口で問い質した。


「叔父上、それは本当ですか! いつごろ発ったのですか! あんなに頑張っていた仕事はどうしたのです。いやそれよりもなぜそのようなことに。理由は聞いているのですか!」



 昨日待ち合わせに現れた時の彼女はいつもどおりだった。

 リゼはもうギルベルトの顔も見たくなくて──?

 まさか、彼女はそれほど浅慮ではない。それならなぜ?


 ただただ混乱し、答えの出ない問いが浮かんでは消える。

 ロランツとギルベルトが互いを宥めているつもりの声は徐々に大きくなり、ついには他部署の人が注意をしに訪れるほどの声量になっていた。



 セインが驚いた顔でこちらを見ていたが、ギルベルトは周りの目など構っていられなかった。


お読みいただきありがとうございます。

次はリゼ3になります。ギルベルト3、エピローグまでお付き合いいただけると幸いです。

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