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ルースの祈り  作者: ねるね
ギルベルト2
13/25

2.打開 兄と妹

 ルースライン領への査察。それはギルベルトにとって、単なる公務以上の意味を持っていた。街道で感じた不審、子爵邸での遭遇。リゼの故郷を守りたいと思うギルベルトだった。


◇◇◇


 隣国使者の一時帰国に向けて王女宮はいつにも増して忙しそうだ。

 リゼは任務でルースライン領に向かったという。


 とんぼ返りのリゼと、これから査察に向かう自分は入れ違いになるだろう。




 王都を出て馬でしばらく走ると、これまでにはなかった関所が出来ている。

 ギルベルトは馬を止め、関所番に訊ねた。



「私は国の官吏だ。このような関所は街道の設置者の総意で置かれているのだろうか?」


「私らは村長に言われてやってるだけなんで、難しいことはわかりません。村長は領主様から頼まれた仕事だと言っておりました」


「なるほど。では私はこれからルースライン領に行くが、通行料はいくら必要だろうか」


「そ、そんなこと言われたのは初めてです。みんな黙って通るし村長もそれでいいって言うもんだからお金をもらっても私らもどうしていいか…」



 通行料を徴収せず名ばかりの関所とは一体。

 目的はルースライン領に対する圧力か、それとも嫌がらせか。

 早急にアルフレートと話をするため、旅路を急いだ。



 目的地に着き、いつもどおり査察を済ませる。


 その後子爵邸に行き、渋るアルフレートからどうにか事情を聞き出した。

 やはりあの関所はただの脅しだという。契約書面の不備を盾にされているのは厄介だが、この企ての主導者が商人ならば案外簡単に片が付きそうだとギルベルトは思った。



 話し中に使用人が来客を告げる。

 アルフレートは中座を詫びエントランスへと向かった。


 するとほどなくして大声が聞こえてきた。


「今日はついに愛人まで連れてきてどういうつもりだ! どんなに支度金を積まれてもあんたらにだけは絶対にリゼはやらん!わかったら帰ってくれ!」


 声を荒げるなどいつも穏やかなアルフレートにしては珍しい。

 ギルベルトは何事かと声のする方に向かった。



「ははは、おかしなことを。この者には商会の差配を任せておりますのでご挨拶に連れてきたまで。リゼさんは些事など気になさらず、奥方様として気楽に暮らしてくだされば良いのです。うちの支度金があれば街道の補償金も払えますよ? それに貴殿方の暮らし向きもずいぶん良くなるかと。この邸宅ももう相当ボロ…いえ、年季が入っているようですしねえ?」


 慇懃無礼な男の声と小馬鹿にしたような女の笑い声が聞こえる。

 どうやら客はリゼに求婚している商人のようだ。



 エントランスに出てきたギルベルトを見て、アルフレートは驚き焦り出す。


「ギルベルトさん、応接室で待っていてください。このようなお見苦しいところを見せるわけには……」



 すると男女の客のうち女の方がアルフレートの声を遮り、ギルベルトに話しかけた。


「あらぁ、こんな田舎にもいい男がいるのねぇ。じゃあ子爵様はうちの人とお話を続けてくださいな。私はこの素敵なお方とお話ししてみたいわ」


 女はそう言って男に絡ませていた腕をほどきギルベルトに笑いかける。

 その言動にはマナーも教養も感じられず、商会の差配を行っているとはとても信じがたい。



 片や男の方は、アルフレートの態度とギルベルトの佇まいからギルベルトが貴族だと察したらしい。

 途端に顔色と態度を変えた。



「ご当主様もお人が悪い。ご友人の目の前で私めにこのような茶番をさせるとは。これではまるで私が悪徳商人のようではないですか。お客人、大変失礼いたしました。ここのご当主様とはもう長い付き合いで気心も知れておりますゆえ、このように気安いやり取りもできる間柄なのです」


「気安い?無礼の間違いではないのか? 私は侯爵家の人間だ。名も知らぬ者から話しかけられる道理はない」


 アルフレートが目を丸くしている。

 ギルベルトの常にない高圧的な物言いに驚いているようだ。



「し、失礼しました。私は二つ向こうの領で商会を営んでおりますマルコと申します。今度王都にも出店する予定です。ここでお会いできたのも何かのご縁、何とぞ良きお付き合いをお願いいたします」


「貴族間に軋轢を生じさせて利を得ようとする商人とどのような付き合いをしろと? 子爵に対する非礼や妙な企てについて、知り合いに広めれば良いのか?」


「軋轢や企てなどと根拠もございませんのにひどいことをおっしゃる。先ほどの会話は、ご当主様と私めの信頼関係あってこその戯れでございますよ。そうですよね? ご当主様?」



 商人が問いかけてもアルフレートは無言のままだ。

 これまで行商人すらほとんど訪れなかったルースライン領にとって、この商会は領民の暮らしに欠かせない存在なのだろう。

 商人はアルフレートが自分たちを追い出せないことに胡座をかいて不遜な態度を崩さない。



「そうか。戯れでも何でも、私が見聞きしたことを人にどう伝えようが私の自由だ。王都の貴族はどう思うだろうな。お前たちはせいぜい今のうちに我が世の春を謳歌しておくが良い」


 ギルベルトが無表情で言い放つと、商人は青ざめて言葉も出ない様子だ。

 放っておかれて不満げな女を連れてふらふらと帰っていった。




 しばらく呆気にとられていたアルフレートが、おもむろに笑い出す。


「はははっ! はははは! あの商人の顔を見ましたか。ギルベルトさんのことを極悪人でも見るみたいに! ああ、本当に痛快だ!」


 アルフレートはひとしきり笑ったあと突然笑みを消し、ギルベルトに向かって深く頭を下げた。



「この度のこと、心より感謝いたします。領民を思うと強く拒絶することもできず、情けない話ですが打つ手もなく参っていました。貴方のお陰でいくらかは大人しくなってくれることでしょう」



 その日、ギルベルトは是非にと乞われ、アルフレートと酒を汲み交わした。

 酒など嗜みに過ぎないと思っていたが、なるほど旨い酒もあるものだと得心したのだった。


◇◇◇


 査察から戻ってしばらく経った頃、アルフレートから便りが届いた。



 あれからすぐに二つ隣の領が関所を廃し、領主自ら商人を連れて謝罪に来たそうだ。


 曰く、交通量増加の恩恵は十二分に受けていたのに、商人に唆されて目が眩んでしまった──領主はそう言って悔やむ様子を見せ、アルフレートに謝ったあとは前当主の墓前で長らく項垂れていたという。


 商人はルースライン領の作物を向こう十年はこれまでの倍額で買い取ると約束し、邸の改修費用の援助も申し出たそうだ。

 アルフレートは邸の改修は不要と断って、リゼへの求婚は金輪際やめるよう言ったと便りに書かれていた。



 商人は謝罪のうえ和解したことをギルベルトに伝えてほしいと言っているそうだ。

 その厚顔な頼みをそのままこちらに知らせることで、アルフレートなりに溜飲を下げたのかもしれない。

 ギルベルトとしてはその程度で彼らを許してやるなど甘いという他ないが、アルフレートが判断したのならそれが最善なのだ。



 彼のような良き領主がいるならば、ほんの少しのきっかけ次第でルースライン領は必ず豊かな地となるだろう。

 近い将来、活気あふれるかの領で、リゼやアルフレート夫妻が幸せに満ちた毎日を過ごせるに違いないと、ギルベルトは確信している。

 そこに自身も共にあれたらと強く願った。





 懸念材料が一つ消え、作物も高値で買い上げられることになった。

 これでさらにルースライン領の発展が盤石になったと、父への説明にもますます熱が入る。


 ギルベルトはあれからも時間を作っては侯爵邸に通っている。

 最近では父の方からルースライン領について聞かれることもあり、手応えを感じていた。



 アルフレートと飲み明かした査察の夜を思い出す。


『リゼはあんな金満商人ではなく望まれ祝福されて結婚してほしい。あの子はもっと幸せになるべきなんだ』


 泣き上戸のアルフレートは、この時もぼろぼろと涙をこぼし泣いていた。


 この妹思いの兄のためにも、父にはさらに理解を深めてもらい、そしてリゼを受け入れてもらいたい。

 その思いを新たにするギルベルトだった。





「ギルベルト、妹との見合いなんだがな」


 父の説得に注力するあまり、見合いを断りそびれていることにギルベルトが気づいたのは、セインからそう切り出された時だった。


◇◇◇


 セインによると、彼の妹が見合いの件でギルベルトと早急に話をしたがっているということだった。

 セインも同席すると言うので、その日の終業後に時間を作り職場で会うことになった。




 夕方、地方調整室を訪れたセインの妹は手首に包帯を巻いていた。

 上着とショールで隠れていても、つい目が引き寄せられた。



「初めまして。ハイモンド家長女グレイスと申します。この包帯、目立ちますでしょう。父に突き飛ばされて手をついた拍子に痛めたのです」


「グレイス! 会っていきなり言うことじゃないだろう!」


「だってお兄様、ヴィンロード様はお忙しいのでしょう? でしたら始めに全部言っておくべきではなくて?」



 たしなめる兄を涼しい顔で受け流したグレイスは、すぐさま本題に入った。



「単刀直入に申しますわ。この度の私との縁談、一旦了承の振りをしていただいたのち、破談にしていただけないでしょうか」


「失礼ながら元より断るつもりでしたが、そのように面倒なことをする訳は何でしょう」



 グレイスが言うには、彼女は元々とある伯爵家の嫡男と婚約間近だったという。


 先方からの申し入れで見合いをし、互いに惹かれ合ってあとは婚約の体裁を調えるだけというところまで話は進んでいたらしい。

 しかし突然ハイモンド伯爵がその話を一方的に破談にし、ギルベルトに縁談を持ちかけたそうだ。



「私がいつまでも伯爵子息様を諦めないものですから、いつぞやの貴方様とのお見合いの前日、業を煮やした父が私に手を上げたのです。しばらくはお顔が腫れて見られたものじゃありませんでしたわ」


 渋面を作りそう話すグレイスの腕の包帯の端から、痛々しい内出血のあとがわずかに覗く。

 知らず痛ましい表情になっていたのか、大したことはないとグレイスは力強く笑んでみせた。



「お兄様たちが止めてくださるので、最近はそう酷いことはされておりません。ただ、父がすぐに大きな声を出すので話し合いも出来ない状況ですの」



 ギルベルトの父は手が出ることはないが、説得に苦心しているのは自分も同じだ。

 グレイスたちがどういう方法を取ろうとしているのか興味が湧いた。


「そのような状況でハイモンド伯爵を説得する手立てがあるのですか?」


「説得などもう諦めておりますわ。上の兄が当主交代に向けて動いております。父は叩けば埃が出る人ですから、証拠を突きつければさすがに観念するでしょう。ヴィンロード様に了承の振りをしていただきたいのは、証拠を集める時間稼ぎのためですの」


「話はわかりました。ですが私にも誤解させたくない人がいます。振りとはいえ縁談を受け入れるのはできれば避けたいところです。他に策はないのですか」


「それが、うちの親がお前を諦めてグレイスに次の相手を探そうとしているんだよ。お前にならこうして頼むことも出来るが、次の相手はどんな奴かわからないからな。妹を助けてやってくれないか。振りだけでいいんだ、頼む」


 セインが腰を折り深く頭を下げた。

 同僚として知り合って四年余り。彼のそんな姿を見るのは初めてだった。



「こちらの都合ばかりで申し訳ございません。ヴィンロード様の大切な方には私からご説明させていただいても構いません。何とぞお願いできませんか」



 これまでの自分ならおそらくにべもなく断っただろう。

 けれど妹のために頭を下げたセインがアルフレートと重なり、拒もうとする思いを鈍らせた。

 リゼに一度話をしてから考えても遅くはないだろう──そう考えたギルベルトは、返事を待ってもらうことにした。




 思えばもう一月ほどリゼとは会えていない。互いに都合がつかず、逢瀬を決める手紙のやり取りすらままならないのだ。



 返事は出来るだけ早く欲しいと急かされている。

 ギルベルトは直接リゼに会おうと王女宮へと赴いた。



 偶然にも、王女宮に着いてすぐにリゼを見かけた。

 しかし彼女は一人ではなく、王宮内で見たことがある男と一緒だった。


 男が差し出した美しい小箱をリゼは大事そうに抱え、最後にふわりと笑う。それはまるで演劇の一幕のようだった。

 リゼがそのまま男の手を取り遠くに行ってしまいそうな錯覚が浮かび、ギルベルトは息を詰めてその光景を見た。


 やがて二人は別れを惜しむこともなくあっさりと別の方向へと去って行く。

 何のことはない、仕事の物品の受け渡しだったようだ。それでもギルベルトは、しばらく一歩も動けずにいた。



『リゼを幸せにする』


 それは誰に頼まれずともギルベルトの中に常にある想いだ。


 しかし現状は父親に認められず、いつまでもリゼに肩身が狭い思いをさせている。

 さらにそのうえ振りだけとはいえ他の女性との縁談を進めるなど、リゼとの幸せを自ら遠ざけることに他ならない。

 先ほど脳裡をよぎった想像が、いつ現実のものにならないとも限らないのだ。



 己が優先すべきことを見誤るな。

 そう自身を叱咤し、しっかりと強い足取りで王女宮を出た。


お読みいただきありがとうございます。

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