2.陰る街道 太古の命
王都での日々に慣れ始めたリゼに舞い込んだのは、半年ぶりとなる故郷への帰還という役目だった。ライナスへの土産となる「石」を求めて懐かしい街道をゆくリゼだったが、そこで目にしたのは不穏な関所の姿だった。
◇◇◇
ライナスの一時帰国が近づいている。
石を用意すると一度返事があったきり兄から音沙汰がない。
催促を考えていたところ、侍女長からルースライン領への買いつけを命じられた。
おそらくライナスがリゼの派遣を掛け合ってくれたのだろう。ついでに家族に元気な顔を見せてあげなさいと快く送り出してもらった。
王女宮が手配した馬車に揺られ、半年ぶりの街道を反対方向に進んでいく。
リゼの父が近隣二領に街道整備を働きかけるまでは、このように気軽に行き来できる道ではなかったと聞いている。
心の中で父の功績を噛み締めていると、馬車のスピードが落ち、御者から声が掛けられた。
「この先に関所があるようです。ずいぶん並んでいるな」
窓から窺うと、確かに行列ができている。
列の先頭にあるのは、半年前にはなかった関所だ。
意外にも列の進みは早く、さほど待つことなく関所が近づいてきた。番人の声が聞こえる。
「ルースライン領に行く者は通行料を払うように! それ以外は通過してよし!」
通行料を払えと言いながらも強制はされないようだ。
番人たちは何の確認をするでもなく、ただ声を掛けている。
当然そのような場所で正直に申告する者はおらず、リゼが乗った馬車も無言で通り過ぎた。
関所番たちの会話が耳に入る。
「こんな番、やる意味あんのかねえ」
「おうよ。一人十万エルなんざ誰も払わんて」
十万エル。
行きと帰りに二人分を支払えば、リゼの一月分の給金では足りない。
今は役目を果たしていない関所だが、もしも実際に通行料が徴収されれば、街道を通ってルースライン領に行く者はいなくなるだろう。
何が起こっているのか、早急に兄に確認しなければと気ばかりが急いた。
その後、ルースラインの一つ手前の領には関所はなかった。
もちろんルースライン領にもない。ということは、二つ隣の領主が独断で関所を設けているということだ。
邸に着いたリゼはすぐさま兄を探した。
しかし義姉が言うには、アルフレートは一月ほど前から不在がちで、今もつい先ほど出掛けたばかりだという。
「一月前ですか。どうりで石が届かないはずだわ」
「石ならあの人が準備していましたよ。白い袋に入れて執務室に置いていたんじゃなかったかしら」
街道のことも気になるが、一時帰国を控えたライナスのために今はまず石を持ち帰らなければならない。
リゼは執務室へと向かった。
「これはまた酷い有り様ね……」
執務室の惨状にリゼは立ち尽くす。
いつも整然とは言い難い部屋が、今は散乱を極めていた。
しかし石が入った袋はすぐに見つかった。
出掛ける直前に荷造りをしたのか、応接机の散らばった書類の上に置かれている。
リゼが麻袋を持ち上げると、数枚の紙が落ちた。
「あら、いけない」
拾い上げると、それは商家からの婚姻申し入れだった。日付が新しく、ここ最近のうちに来たとわかる。
その時、大きな音を立ててアルフレートが執務室に駆け込んできた。
「リゼ! 帰ってきていたのか! 出がけに石を送ろうと思ったのに忘れてしまってね、取りに戻ってきたんだ。送るのが遅くなってすまない」
「お兄様。入れ違いにならなくて良かったわ。それよりも関所のことはご存知ですか? うちにだけ通行料が課されるとは……」
「あれはどうも二つ隣の領主が商家に唆されているようなんだ。あそこの領主は、護岸工事でうちにばかり人が増えたのが気に入らないようでね。今は名ばかりの関所だが、そのうち本当に徴収すると言っている。それが嫌ならうちがあちらに補償金を払うべきだともね。通行料は脅しで補償金が本来の目的だろう」
「そんな! 何を補償しろと言うのですか。整備にかかる費用も、生じた利益も、それぞれの領でという約束ではないですか!」
二つ隣の領主の言い分はこうだ。
ルースライン領に行く人が増えたせいで街道が傷み、利益よりも修繕費ばかりがかさむ。交通量増加の原因であるルースライン領は補償金を払うべきだ、と。
当初の話ではもちろんそんな約束にはなっていない。
しかし契約書面のわずかに曖昧な部分を拡大解釈して、無理を通してきているという。
「件の商家には法務に長けた人間がいるから、契約の穴も容易く見つけられたんだろう。二つ隣の領主は元はそれほど欲をかくような人ではないはずなんだ」
「そうまでして商家はうちと縁を結びたいのですか」
リゼはちらりと商家からの書類に目をやる。
「あの紙を見たのか。そうだ、また婚姻を申し入れてきたよ。大金が必要になればうちが頷くと思っているんだろう。しかし隣領と共に解決に向けて動いているから、リゼは心配せず王都で励んでくれればいい」
そう話す兄の顔色はひどいものだった。おそらく難航しているのだろう。
リゼは何かあれば必ず連絡を寄越すよう言い置いて、後ろ髪を引かれる思いで王都へと戻った。
◇◇◇
領地に気がかりを残しつつ無事に王都に戻ったリゼは、ライナスの部屋を訪れた。
首を長くして待っていたライナスは、リゼの顔を見るなり文字どおり飛び上がって喜んだ。
「リゼさん、よくぞ無事に帰ってくれました! どれほどあなたを心待ちにしていたことか!もちろん私の帰国の日が迫っているというのもありますが、聞けばあなた、ルースライン領というのはものすごい僻地だそうじゃないですか。
私のために厳しい道のりを急がせてしまいましたね。思っていたよりもずいぶん早い戻りでしたが、相当急いでくれたのですか? 危なくはなかったのですか?よく顔を見せてください。ああ、たったの七日でやつれてしまって。怪我がなくて何よりです。本当に…本当に良かったです」
言葉の切れ目をどうにか見つけて、リゼが返事をする。
「ご心配をおかけしました。ですがルースラインまでの道はとても良くなっていますのでご安心ください。こちらが領地の石を磨いたものになります」
「ああっ! リゼさんが私のために持ち帰ってくれた石ですね!どれどれ、ほうほう、様々な色や柄があってこれは目に楽しいものですね。
──おや、この石は私の妻の目と同じ色です。こっちは息子で、これは息子のお嫁さんの色ですね」
土産の石を見てライナスが目を輝かせている。
リゼにとっては見慣れた石だ。
このような物が土産になるのかと不安を拭えずにいたが、ライナスの反応を見てようやく胸を撫で下ろした。
ふとライナスの動きが止まる。
その手元にあるのは緑色の石だ。
「リゼさん、このような素晴らしいお土産を教えてくださってありがとうございます。あなたに調達してもらったものをお礼というのはおかしいかもしれませんが、これはあなたが持っていてください」
そう言って渡された石は、ギルベルトの瞳と同じ色をしていた。
ライナスは、リゼがつけているイヤリングが大切な人の色であることに気づいていたらしい。
はにかみながら受け取るリゼに、ライナスが言いにくそうに続ける。
「それでリゼさん、あなたに借りている根付けなのですけども、鉱物好きの同胞に頼まれて渡してしまいましてね…。
あ! もちろん傷などつけずすぐに返すように言ってありますが、又貸しなど申し訳ないことをしました」
「いつか返していただけるのでしたら問題ありません。それに今日からは大切な石がもう一つ増えましたし……」
自分の言葉に照れるリゼを、ライナスが優しく見つめていた。
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どなたかお一人にでも面白いと思っていただけますと幸いです。




