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虐げられ続けたドアマット悪役令嬢ですが、家族も婚約者も自ら破滅していく中、ただ一人手を差し伸べてくれた隣国の冷徹王子にシンデレラのように溺愛されて幸せを掴むまでの物語

作者: 結城斎太郎

侯爵家の次女として生まれたエリナ・フォルスターは、生まれながらにして「いらない子」だった。

姉であるクラリッサは社交界でも評判の美貌を持ち、両親からも絶大な期待をかけられていた。それに比べ、エリナは控えめで、特筆するような才能もないと見なされていた。


「エリナ、あなたは姉の引き立て役なのだから、余計な口を出さないこと。わかっているわね?」


母の冷たい言葉は、彼女の日常を象徴していた。舞踏会でも、晩餐でも、エリナは姉の後ろで静かに笑っているだけ。少しでも目立とうものなら、姉の爪が腕に食い込み、父の叱責が飛んでくる。


そんな彼女の唯一の救いは、幼い頃に決められた婚約者――隣国との外交のために結ばれた、国内でも有力な公爵家の嫡男アルベルトの存在だった。


だがその救いも、年月と共に毒へと変わる。


「エリナ、本当に君は鈍くさいな。クラリッサ様を見習うといい。君のような地味な女が、僕の婚約者でいることが恥ずかしいくらいだ」


アルベルトは公然とそう言い放ち、クラリッサと楽しげに踊るのを隠そうともしなかった。

エリナはただ、俯いて微笑むしかなかった。


それが彼女に与えられた役割――誰かに踏みにじられることで、周囲の人間が輝くための存在。

社交界では彼女を「ドアマット令嬢」と嘲る声すらあった。



---


だが運命の歯車は、ある日大きく音を立てて回り始める。


春の舞踏会で、アルベルトは公然と婚約破棄を宣言したのだ。

しかもその場で姉クラリッサの手を取り、愛を誓うという醜態をさらして。


「僕は、クラリッサこそ真実の愛だと悟った。エリナ、お前との婚約はここで破棄する!」


社交界の面々はざわめき、誰もがクラリッサの勝利を祝福するかのように拍手を送った。

その場で恥をかかされたエリナは、震える声で「……承知しました」とだけ答えた。


心臓が裂けるように痛んだが、それでも泣くことすら許されなかった。泣けば「醜い」と笑われるだけだと知っていたから。



---


その日を境に、フォルスター侯爵家は傾き始める。

クラリッサとアルベルトが結託して財産を浪費し、父が無謀な投資に手を出したのだ。母は贅沢に溺れ、やがて借金は雪だるまのように膨れ上がった。


だが、誰もそれを止められなかった。

彼らは己の力と人脈を信じすぎていたからだ。


そして――没落は唐突に訪れた。


領地は差し押さえられ、侯爵家は貴族の体裁を保てぬほどにまで落ちぶれた。

社交界であれほど誇らしげだったクラリッサは、金をせびる哀れな女と化し、アルベルトは醜聞を暴かれて爵位を剥奪される。両親は肩書を失うや否や、かつての取り巻きたちにすら見放された。


そんな中、唯一無傷で残ったのはエリナただ一人だった。


「……どうして、私だけ……?」


誰にも必要とされなかったはずの自分が、なぜ破滅の外に立たされているのか。エリナには理解できなかった。


彼女はただ、誰かの足拭きマットのように扱われ、傷つき続けてきただけだったのに。



---


そして運命の出会いは、そのすぐ後に訪れる。


滅びかけた侯爵家から逃げ出したエリナは、ひっそりと隣国の街で働こうと決意した。

ボロ布のようなドレスを纏い、馬車で国境を越える途中、彼女は盗賊に襲われる。


絶体絶命の中、彼女を救ったのは――氷のような瞳を持つ青年だった。


「……無様だな。だが、悪くない」


彼の名はレオンハルト。隣国の皇太子にして、冷徹と恐れられる存在だった。

初対面の彼は、なぜかエリナを興味深そうに見つめ、馬上から手を差し伸べてきた。


「立て。お前はまだ終わっていない」


その瞬間、エリナの胸に温かいものが広がった。

誰からも踏みにじられ、否定され続けた自分に、初めて向けられた真っ直ぐな言葉。


エリナは震える手で、その手を取った――。



---



レオンハルト皇太子に手を引かれたその瞬間から、エリナの運命は急激に動き出した。


彼に導かれるまま王宮へと連れて行かれたエリナは、豪奢な客間に案内される。

薄汚れた衣服を見た侍女たちは一瞬驚いたが、レオンハルトが冷ややかに言い放つと、誰一人として文句を言えなくなった。


「この方は私が連れてきた客人だ。無礼を働けば、容赦しない」


冷酷と名高い皇太子の言葉に、誰も逆らえない。

やがて温かい湯が用意され、美しいドレスが差し出された。


鏡の前に座ったエリナは、見違えるように整えられた自分の姿を見て、震えた。

これまで一度たりとも「美しい」と言われたことはなかった。

姉の影で、卑屈に笑うしかなかった自分が、今こうして――。


「……どうして、私にここまで……?」


呟いた声に、背後から低い声が返る。


「興味深いからだ。

 お前のように徹底的に踏みにじられてなお、笑みを失わなかった女を、私は初めて見た」


レオンハルトは静かに告げる。

その氷の瞳には冷徹さだけでなく、熱を秘めた光が宿っていた。


「利用価値があると思ったのかもしれない。だが……気づけば、もっと単純な理由で見ていた。お前を、離したくなくなったのだ」


エリナの頬に、熱が広がる。

これまで一度も与えられなかった「必要とされる」という感覚に、胸が震えた。



---


しかし、その幸福はあまりにも唐突に訪れたため、彼女の心は揺れ続けていた。


「……でも、私は何の取り柄もありません。姉のような美貌も、聡明さも……」


思わず口にした卑下の言葉を、レオンハルトは遮る。


「黙れ。私が欲しているのは、お前そのものだ。

 卑下するなら、それは私の眼を愚弄することになる」


低く鋭い声に、エリナははっとする。

彼は本気で怒っていた。彼女を軽んじるその姿勢すら許さないのだ。


「……私はお前を、美しいと思った。誰に何を言われようと、それが真実だ」


その言葉に、胸の奥で長年凍りついていたものが音を立てて崩れ落ちる。

涙がこぼれそうになり、必死で唇を噛んだ。



---


やがて王宮での日々が始まった。

最初は陰口も囁かれた。「没落した侯爵家の娘が皇太子の傍にいるなど不釣り合い」と。

しかしレオンハルトは一切耳を貸さず、むしろ彼女を人前で堂々とエスコートし、傍に置き続けた。


すると状況は一変する。

冷徹と恐れられる皇太子に「寵愛される存在」となったエリナを、誰も軽んじられなくなった。

むしろ周囲は次第に彼女を羨望の眼差しで見るようになったのだ。



---


そんな折、かつての婚約者アルベルトと姉クラリッサが国外に逃げ込み、隣国に助力を求めてきた。

哀れにも王宮に踏み込み、エリナの前に跪く。


「エリナ! 助けてくれ! 俺は君を愛していたんだ! 一時の過ちだった!」

「妹よ! あなたなら分かってくれるでしょう? 姉を見捨てるなんてできないわよね?」


往年の傲慢さを失い、必死に懇願する二人。

かつてなら、エリナはその言葉にすがりついたかもしれない。

だが今は――彼女の背後に、揺るぎない存在がいた。


「哀れだな」


レオンハルトの冷酷な声が響く。

「この女を踏みにじった報いを、ようやく受けたか。二度と彼女の名を口にするな」


彼はエリナの肩を抱き寄せ、衆目の前で宣言した。


「この女は、私の未来の妃だ。

 彼女を辱めた全ての者に、容赦はしない」


玉座の間に衝撃が走った。

アルベルトもクラリッサも蒼白になり、 guards によって連れ去られる。


エリナは呆然と立ち尽くし、そして気づく。

――自分は、もう「踏みにじられるだけの存在」ではないのだと。



---


その後の日々は夢のようだった。

レオンハルトは公務の合間を縫って必ず彼女を訪ね、些細なことにも笑顔を見せた。

「今日は花が似合っているな」「その笑みだけで疲れが癒える」

一言一言が、彼女の心を満たしていく。


「どうして……こんなに、大切にしてくださるのですか」

ある夜、恐る恐る尋ねた。


彼は即答した。

「理由が必要か? お前が、愛しいからだ」


その瞳は嘘偽りなく、ただ彼女を見つめていた。

胸が熱くなり、エリナは涙をこぼす。


「……ありがとうございます。ようやく……幸せになれるのですね」


彼の腕に抱かれながら、エリナは初めて「幸せ」という言葉を口にできた。



---


それから一年後――。

王国中を震撼させる知らせが流れる。


「レオンハルト皇太子、ついに婚約者を発表!」


その婚約者の名は、エリナ・フォルスター。

かつて「ドアマット令嬢」と嘲笑された令嬢は、今や隣国の未来の王妃として称えられる存在となった。


祝宴の夜、エリナは彼に寄り添いながら静かに囁く。


「私、本当に変わったのでしょうか」

「いいや、変わってなどいない」


彼は微笑み、額に口づけを落とす。

「最初から、お前は私にとって特別だった。気づかないのはお前自身だけだ」


涙と笑みが溢れる。

――ようやく掴んだ、自分だけの居場所。

虐げられ続けた彼女は、ついにシンデレラのように溺愛される存在となったのだった。




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