お姉さん
ミアは何度目かの大陸に足を踏み入れた。
パパが元気だった頃は、特別な日にショッピングに来ていたが、その時とは全く心持ちが違う。ミアはこれから一人で生きていかなければならないのだ。
乗ってきた丸太を、海岸の隅に捨てた。
砂浜を歩き、街の中に入る。ここはどうやらバンローワーなようだ。キラーニ国の中では3,4番目に広い領地で、冒険者ギルドの第一支所がここにある。ミアはそこで登録を済ませようと思った。
標識どおりに歩いていくと、オレンジの屋根に周りの建物とは桁違いの大きさで、窓にガラスが張られてある建物が出てきた。
ドアは開放してあり、外から中の様子を伺ってみると、魔導士や剣士だとわかるような人がたくさんいる。
ミアは久しぶりに心躍らせ、ギルドの中に入ろうと一歩踏み出した。
♢♢♢
ミアはギルドの受付嬢に、書き上げた必要書類を渡した。
「お願いします。」
「はい。受付完了いたしました。三日後に身元証明書とギルド員証明書が発行完了いたしますので,必ずお越しくださいね。」
受付嬢の営業スマイルの中に、少しだけ好感がこもっているような気がした。
これでミアは今日を含めて三日間、暇になった。
だが、金がないので野宿するところを探さなければならない。
どうしようか。と、少し考えを巡らせていると、ギルド員であろう魔導士のお姉さんが近づいてきた。
「お嬢さん、今日泊まって行く所がないんだったら、うちにでも泊まっていきなさい。」
ミアはそんなことを急に言われるとは思っていなく、素直にびっくりした。
「いいんですか?」
お姉さんは170cm以上あるらしく、少し屈んでミアに目線を合わせてくれている。
いい人だ。
「ええ。いいわよ。来なさい。」
にこ、とミアに向けられたお姉さんの微笑みの中には、悪意は感じられない。
ミアはこれも何かの縁だと思い、素直についていくことにした。
ギルドを出て、住宅街の方へ歩いていく。
お姉さんの身長が高いだけあって歩幅が大きい。ミアは少し早歩きでついて行く。
お姉さんが口を開いた。
「お嬢さん、ここの者じゃあないでしょう?」
「あ、はい。ロス島から。」
ミアはお姉さんから距離が少し空くと、駆け足になって間をつめる。お姉さんはまっすぐ前だけを見ていて、ミアの様子に気づいていないようだった。
「まぁ、そうなの、一人で大変ね。」
「私には弟がいたんだけど、魔王復活の時の瘴気に当てられて死んでしまったわ。平民でも魔力を持っていないって珍しいわよぉ。これも、運がいいというべきか、」
ミアはお姉さんを見上げる。変わらず、まっすぐ前を向いていた。
「ママも。魔力なしでした。」
「あらそーお?一緒ね。」
お姉さんはやっとこちらにちらと視線を向けてくれた。でも、すぐに前を向いてしまった。
「そういえば、ロス島って言ってたわね。あそこ、治外法権みたいなところ。ろくにステータス測定とか、していないでしょう。」
「はい。」
ステータス測定とか。そういう言葉は一度も聞いたことがない。
ミアがそう言うと、お姉さんはピタと立ち止まって、この街一番の高さの時計塔を見る。
「そうよね。まだ時間もあるし、教会の方に行きましょうか?」
お姉さんとミアは、教会の方へ歩き始めた。
♢♢♢
「この子、お願いしていいですか?」
お姉さんが、神官に銀貨を1枚渡していた。
決して安くない値段だ。はじめて会った私に、その値段は払い過ぎだ。
「ほら。」
お姉さんが、優しく私の背中をとん、と押す。
ミアは、そのまま神官の正面に立った。
「はじめます。」
神官は、目を瞑り、神への挨拶を唱え始める。
なんて言っているのかは分からないが、発音はこういうものだっただろうと記憶していた。
「………ディアイレシス」
神官が最後の言葉を唱え終わった。すると、ミアの体から、ミアの心臓部分から、光の重点が出てきた。
「聖霊ですね。そのものに、どのように接して、どう扱うのかは、あなた次第ですよ。」
神官が、ミアに話しかけてきた。だが、ミアが神官を見た時には、神官はお姉さんの方を向いていた。
「これで終わりです。神の御加護があらんことを。」
神官はお姉さんに向かって礼をした。
どうやら神官はお姉さんが私の保護者だと思ったらしい。
お姉さんも神官に礼をした。
「ありがとうございました。」
「さ、お嬢さん。行くよ。後で測定結果をよく見せてちょうだい。」
あ、とミアが光の重点をどうしようかと思った時には、その光はもう消えていた。
ミアは、また出てくるだろうと、もう背を向けて歩き出しているお姉さんを追いかけて行った。