旅の始まり
「私、この世界を救う勇者になるわ!」
茶髪に茶色い瞳、なんの変哲もない。特徴があるとすれば、泣きぼくろがあるくらいの少女が、寂れた村の中にある荒屋の中でそう決意をした。
少女は今、所々にぽっかり穴が空いている天井に、自分の拳を高く突き上げている。
♢♢♢
少女、もとい“ミア”は、キラーニ国ロス島に、父親とふたりで生きてきた。
母は魔王復活の時、私を産んですぐ、魔王から放たれた瘴気で死んだ。仕方がないことだ。母は貴族出身だったが、幼い頃魔力が無いからと捨てられた。それに体も弱かった。魔力が体に少しでも宿ってないと、魔物が放つ瘴気には耐えられない。ただ、運がなかったのだ。
母が捨てられた時、母は私の父がいるパン屋に身を寄せたらしい。
そこからは、誰でも想像出来るだろう。
♢♢♢
「パパ、私、行くわ。こんな島にいつまでもいちゃいられないもの。私はここにずっといるような人間じゃ無いって思うわ。」
ミアは、瘴気に長い間当てられて、体が弱くなった父に話しかけていた。
布団をかぶり、息も絶え絶えだった。
「ここまで育ててくれたパパを、今にも死にそうなパパを、見送りもしないで出ていっちゃうって、私もどうかと思うけど、でも、行くわ。ママの死に目にも会えてないようなもんだし、パパの死に目にも、会わなくたって何も変わんないわよね。」
ミアは、父に背中を向けて、荒屋の戸を正面にしている。
ぼたぼた。床がだんだん濡れてきている。おかしいな。こんなはずじゃなかったのに。
「⋯いいよ。いってらっしゃい。」
ミアは息を呑んだ。
一体、何日ぶりに聞いたパパの声だろう。
「気をつけて、怪我しないように、病気にならないように、行ってくるんだよ。」
父は、重い瞼を開け、数日ぶりの眩しい光に耐えながらも、娘の姿を見送ろうとする。
父の返事を心に焼き付けたミアは、一歩、今まで世界の全てだった荒屋を出た。
乾燥した冷たい風が吹き、いつもと変わらぬ曇り空だった。
これから、ミアは生まれ育ったロス島を出る。
ロス島は大陸の近くにあるとても小さな島で、2時間もあれば島の対岸に着き、6時間もあれば島を一周できる。
木こりに斧を借り、木を倒す。その丸太を海に浮かべ、飛び乗った。
海流を利用し、即席で作ったオールで漕いでいく。
「さよなら。パパ。」
ミアは、何度目かは判らない。でも、最後の決意をした。