ゴリラの結婚式
瑞穂くんが作ったスープは「ガスパチョ」って言うんだって。
スペインの名物スープらしい。
スペイン料理を瑞穂くんが作るってのは珍しいな。
瑞穂くんは、味覚がお婆ちゃんかって思うくらい和食が大好きで基本的に和食しか作らない。
洋食や中華は、日本ローカライズされている、僕が教えた料理しか作らない。
ええと、オレンジ色の冷製スープの様だ。
野菜や肉の細切れが浮いていて、刻みバジルが表面を緑に染めている。
「あち。あち。あち。」
阿部さんは熱がりながら、長い長いアルミ箔を開けている。
こんな長い長いフランスパンが焼けるのは、今日運んで来た業務用パン焼き釜があるから。
これも祖父がどこからか中古品を調達して来たもの。
「オバァ!こんにちわ。」
「瑞穂ちゃんお元気そうね。たまには遊びに来てくれても良いのよ。」
「ヒカリはイソガシイし、ジィジがカッテニ来るから。」
おかげで祖母を連れて来てそうそう、祖母の応対を瑞穂くんに任せて、バラバラにバラしてある機械を1から組み立てる羽目になった。
ウチの台所には2畳くらいの土間がある。
というか、および8畳のこの台所、昔は半分は土間だったらしい。
だって土間の手前は床板こそ貼られているけど、頭を逆さにして覗き込めば土間がまだ続いているから。
昔の物入れの跡かなぁ。
んで、土間を半分塞いでるこの釜はガス釜なので、ブレーカーが落ちる心配もなくこんな竹刀サイズのフランスパンが焼けちゃうわけで。
なんですかね。
こっちからは和服3人衆。
こっちからは料理2人衆。
真ん中のテーブルでは暇してる2人と1羽。
男は僕1人。
なんか叫びたくなったぞ。
僕は誰だ。
ここはどこだ。
「はい、光さん。皺になっちゃうから、お嫁さんをソファに座らせてね。」
「ごめんなさい、師匠。」
「はぁ。」
一応、形の上では僕はこの家の家主だった様な気がしないでもなかったり、多分。
その家主様が何故、床で正座しているんでしょうか。
ソファは短・短・長のセットなので4人座れるわけですが、何故長ソファは祖母とピーちゃんで埋まっているんでしょうか。
「頂きまぁす。」
「頂きます。」
………まぁ良いや。
てなわけで、結婚式前日なのに、花嫁御寮さんは僕んちで、花嫁衣装を見に纏い、阿部さんが焼いて瑞穂くんが切り分けたフランスパンを齧るのでした。
…あの?
故郷は北海道ですよね。
ご両親は上京しないんですか?
ご両親と新郎ゴリラは放置ですか?
知りませんよ、今ゴリラの世話をしているのは祖父ですよ。
何企んでいるんだか、わかったものじゃありませんよ?
★ ★ ★
そして、式当日。
結婚式は県庁の側の、それはそれはお高い、超高級ホテルで行われます。
「ホェェ」
「ロビーから凄いね。」
「師匠、ここって1泊どのくらいかかるんでか?」
ウチの3人娘は、天井に貼られた鏝絵なシャンデリアに夢中になっている。
田中さんが値段を聞いて来たのは、多分彼女の堅実性というか、現実性というか。
どうやら貧乏性らしい。
僕だって祖父に振り回され過ぎて金銭感覚が麻痺しているけど、つい4ヶ月前までは月5,000円のお小遣いをやり繰りしてた訳で。
わかるわけがない。
(後で調べたら、並の部屋で40,000円くらいだった。こんなホテルで式をあげる2人って。警察官って給料良いの?)
で、会場に入ったら、広いなぁ。
卓まで何十メートルあるんだ?
更には、僕らは全員同じ丸テーブルを指定されていた。
すぐ後ろがビッフェ卓になっていて、既に料理が並んでいるし、鉄板焼きの前ではシェフが待機してるよ。
式開始20分前くらいで、会場の入りはもう8割を超えている。
さすがは警察官、時間厳守が染み付いていると見える。
「師匠、遠いよ。花嫁さん見えないよ。」
阿部さんが文句言ってる。
けど、僕は阿部さんの言葉を聞いて、嫌なことを思い出してしまった。
メイン卓から遠い席は、席次で言うなら
親族と友人じゃないか。
実際、前を向くと、「知り合い」の警察官の顔が見える。
警察という職業柄、勤務重視なので出席出来ない同僚は山ほど居ると思う。
それでも3桁は余裕でいる出席者は、さすがは後藤さんって感じだけど。
つまり僕らは、後藤さん(旧姓水野さんを含む)の上司・同僚・後輩・友人よりも上席扱いされている事になる。
はるか貴賓席には弓岡警視正が、立ち上がってキョロキョロこっちを見ている姿が見える。
…あの席に呼ばれなくて良かった。
目を凝らして見たら、あれ隣に座ってるの県知事じゃん。
多分。
ニュースでしか見たことないし、こんなに遠いけど、あのメガネハゲは多分そうだ。
とすると、隣に座ってるおじさんは市長かな?まさか代議士って事はないよな。
………
「新郎新婦はまもなく入場致しますが、その前に御食事・御歓談をどうぞ。式は20分後に始まります。」
と、司会の人の第一声ですよ。
先に飯を食えってか?
普通はさ、一通り挨拶をして、ケーキ入刀とかの後じゃないの?
って、凄いな。
出席者がワラワラ立ち上がって、バイキング料理に群がってる。
ウチの3人娘も、あっという間に居なくなったぞ。
なんか気持ち悪い。
僕はマニュアル人間なのと、朝ご飯を食べたし頭脳労働をし(講義が)ない日なので、特にお腹が減ってない。
あと、多分ほとんど警察官と思われるガタイの良いお兄ちゃん達が、会場をぐるりと囲む飯にたかっている姿に圧倒されたので、1人テーブルに取り残された。
最初から置いてあるシャンメリーをグラスに注いで、それでいいや。
「なんだシショー、食わねぇのか?」
何やらあっちから、皿を持って迫って来た人には覚えがある。
後藤さん''も''所属する機動隊の隊長さんだ。
名前はなんてったっけなぁ。
確か警察道場でボコった覚えがある(笑)。
警視って位なんだってさ。
現場に出る警察官じゃ最高位らしい。
祖父ったら、そんな事一言も言わずに、いきなり竹刀を握らせて、立ち合わせるんだから。
弓岡警視正といい、後で正体を聞いて冷や汗をかいたよ。
「いきなり飯を食えって言われてもねぇ。僕が知っている結婚式とは式次第が違うので、呆然としていたところです。」
「そりゃ、こいつらは警官だし機動隊員だからな。身体が資本だし、その為には食うんだ。いちいち野党議員の挨拶なんか待ってられるか。美味そうな飯を前にお預け食らったらブーイングが飛ぶぞ。」
「どんな結婚式ですか?」
あと、アレ野党議員なんだ。
「県警管内に野党党首の選挙区があるからよ。なんだかんだで顔を出したがるんだよ。」
「面倒くさそうですね。」
「後藤はそれだけの人間って事だ。」
「はぁ。」
僕のお皿が綺麗なままなので、隊長さんは自分が持っていた肉塗れの皿と交換して僕のお皿を持って行った。
「スペインはよ。俺も行くよ。」
「はい?大使館の招待リストに載ってませんよ?」
「警視監と、あの後藤夫婦が行くんだろ。面白くなるに決まってんじゃん。だから自費で行く。じゃあな。」
「はいぃ?」
なんなのさ。
あと、この肉を僕が食べるの?