第41話 スケブ男ならぬスケブ女現るッ!
「スケブやってますか?」
俺がゆっくりできると考えていた時、唐突に声をかけられた。
「あ、俺はただの売り子でサークル主ではなくてですね……」
一応、そういう文化があると言うことは把握していたので、断りを入れるが……。
「わかってますよ」
……? 何がわかってるんだ。普通こういうのって本書いた人に頼むんじゃないのか?
「じゃあ、誰に頼んでるんです?」
「そ、それはもちろんあなたですよぉ」
なぜかネットリとした話し方で話してきた。
そしてさらに前のめりにサークルスペース内に入ろうとするような勢いで迫ってくる。
ちょっとやばいか? と感じ俺は後ろへ下がった。
それを柊さんが止め、遥が俺の前に立って防いでくれた。
「それ以上はおやめください」
「あ、ありがとう」
「うん、大丈夫?」
それにしても、ただスケブにイラストを貰いたいだけじゃない雰囲気なんだよな。
「ちょっと、どうされたんですか?」
先程まで他サークルの知り合いに挨拶へ行っていた成瀬さん。
ちょうど今帰ってきたようだ。
「この人がスケブを書いてほしいって、俺に……」
「……? 私ではなくてですか?」
成瀬さんも困惑してる様子だ。
「あなたなわけないでしょう!?」と声を荒げた女性に、周囲の視線が一斉にこちらへ向けられる。
成瀬さんもさすがに驚いた表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻し、落ち着いた声で女性に問いかけた。
びっくりしたぁ、突然大声を上げないでくれよ……。
「そもそも、うちのサークルはスケブを受け付けていません。しかもあなたうちの本買ってませんよね?」
成瀬さんたちが冷静に対応しようとしているが、相手の女性は一向に引き下がる気配がない。
むしろ、彼女の表情には不気味な興奮すら見て取れる。俺はその場の空気が一気に緊張感を増すのを感じた。
「ねえ、お願いだから、あなたが描いてくれない? ……普通のスケブじゃダメなの。あなたじゃなきゃ意味がないのよ」
成瀬さんを視界に入れてないような、意図的に無視している感じで言ってきた。
ふへへっと不気味に笑う女性。
俺じゃなきゃ意味がない? どういうことだ?
「興味を持ってくれた? ちょっとでいいの、あなたのことを描いてくれない? ありのままの姿をね?」
……こいつただの変態では。
興奮して怪しい話し方になっているパターンな気がしてきた。
いや、うん。そういうことなら、これははっきりと断らないといけないだろうな。
そんな気がした。
「すみませんが、スケブをお願いされてもお応えできません、絵も描けませんし。それに、さっきも言った通り、うちのサークルではスケブの受付はしていないんです」
女性に向き直り俺は言葉を選びながらも、毅然とした態度で断った。
できるだけ穏やかに、しかしはっきりと伝えた。
だが、女性の顔から笑みが消えることはなく、むしろその笑顔がさらに歪んでいくようだった。
「本当に描けないの? それとも私のために描きたくないってことかしら?」
……話を聞いてくれ。
そんな間にも彼女はさらに一歩近づこうとしてくる。
瞬間————
「もう十分です。これ以上続けるなら、本当にスタッフを呼びますよ」
「下がってください。危害を加えるような行動に出れば実力行使してでも止めます」
柊さんと遥が間に入ってくれた。
二人の言葉には威圧感があり、女性は後ずさった。
女性は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに不気味な笑みを浮かべ、わずかに後ずさった。その目にはまだ執着があり、諦めていない様子が見て取れる。
「ふふ……そんなに怖がらないでよ。私はただ、あなたに特別なスケブをお願いしたかっただけなのに……ありのままの姿を描いて欲しかっただけ」
彼女の言葉に、背筋が冷たくなるような感覚が走る。
ありのままの姿? その言葉が持つ意味を考えるだけで、嫌悪感が湧いてきた。
「とにかく、これ以上はご遠慮ください。他の方の迷惑にもなりますので」
成瀬さんが毅然とした態度でそう言い、さらに踏み込む余地を与えない。柊さんと遥もじっと女性を見つめている。
しばらくの間、女性は俺たちを睨みつけていたが、やがてふっと笑みを消し、背を向け、人混みを掻き分け消えていった。
「チッ」
「大丈夫かですか?」と柊さんが心配そうに尋ねてきた。
「うん……ありがとう。本当に助かったよ」
俺は緊張が解けた瞬間、力が抜けたように感じた。成瀬さん、柊さん、そして遥がいてくれたおかげで、なんとかこの状況を乗り切れた。
「これからは、ああいう人にはすぐ対応するから、安心していいよ。変な人に絡まれたら、すぐに声をかけてね」
遥が続けて言う。
「ありがとう、助かるよ」
俺はそう返答した。
「あれ、何かあったのか?」
涼さんの声が聞こえてきた。
ちょうど今帰ってきたみたいだ。
「ちょっと、変な人が来てスケブを書けと頼んできたんだよねぇ……」
「変な人?」
涼さんの眉がピクリと動く。
「うん、かなりしつこかったんだ。俺にしか描けないとか、ありのままの姿を描いてほしいとか、ちょっと意味がわからなくて……」
涼さんはしばらく考え込むような表情を見せた後、俺の肩に軽く手を置いて安心させるように言った。
「そいつ、典型的なスケブ女だな。最近、イベントでそういうトラブルが増えてるって聞いたことがあるよ。特に男性スタッフやサークルの男性参加者が標的にされやすいみたいだ」
「そうなんだ……そんなことがあるんだね」
「ま、気を取り直して午後もがんばろ!」
涼さんが明るい声でそう言い、場の空気を変えようとしてくれる。
そうして再開し午後になるにつれてまた人が増え、時間が経つごとにまた減っていく。
終わりが見えてきた。