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第40話 新刊、一部1000円ですよ〜

「すみませんー! 遅くなりました……ッ!」


 成瀬さんの声が聞こえてきた。

 視線をそちらに向けると———— 


「おかえり、成瀬さん。ギリギリだったね」

「いやぁ、想像以上に更衣室が混んでてね〜」


 成瀬さんは少し息を切らしながらも、コスプレ姿で俺たちの前に現れた。

 髪をショートボブの金髪にし、いつもの成瀬さんとはまた違った雰囲気を醸し出している。


「完成度すごっ!」

「成瀬さん、似合ってるよ!」


 遥が目を輝かせて称賛すると、成瀬さんは少し照れくさそうに笑った。


「罰ゲームとはいえ、やる以上は本気でやりたいからね」

「オレも手伝ったからある程度は知ってるが……着るとまた雰囲気変わるねぇ」


 涼さんも驚きの表情で成瀬さんを見ている。


「うふふ、ありがとう。今回は新刊に合わせた服装にしたから集客にも役立つかも?」


 そんなことを話していると一般入場口から多くの人が入ってきた。


「おおー! すごい人だ……。これ全員が入るのか?」


 俺は圧倒的な人波に目を奪われながら、サークルのブースに立っていることを改めて実感した。

 会場内は一瞬にして活気に満ち、ざわめきが広がっていった。

 

「ほんとだ……あんなにたくさんの人が一斉に入ってくるんだな」


 遥も同じような様子で驚いていた。


「こんなので驚いていちゃ後が持たないかもしれないよ?」


 涼さんが微笑みながらそう言ってきた。

 一体この後に何が待ち構えているのだろうか……。

 緊張し、背筋がピンッと伸びる気がした。


「大丈夫だよ、毎年こんな感じだから。むしろこの雰囲気を楽しむくらいの方がいいかもね」


 成瀬さんが落ち着いた声で俺を励ましながらも、どこか楽しそうな表情をしていた。


「さて、そろそろかな?」

「ん? 何が?」

「見てなって」


 涼さんにそう促され、大人しく待っている。すると————「えっ!?」「男の人!?」「あの人見た事ないよね?」「でも、ここのサークルって結構有名なところじゃなかったけ?」と困惑する声が聞こえてきた。

 それに、俺の居るサークルスペースの前だけぽっかりと穴が空いたように空間が生まれている。

 こういうことか……。

 察した。


 毎年数回開催しているらしいし、初参加の、しかも男ならすぐわかるのかもしれない。ここに参加する男目当てで来る人とかもいそうだし。

 

「まさか、こんな風に注目されるとは……」

「な、言っただろ」


 俺は予想外の状況に少し戸惑いながらも、周囲の視線を感じていた。

 特に、俺を見てささやく声や、何とも言えない空気感が少し居心地悪い。

 街中とは違って常に視線が来る……落ち着かないな……。

 

「ま、こういうのは慣れだよ。最初は驚くかもしれないけど、気にしないで平常心でいればいいさ」

「じゃあ、そろそろ本格的に始めようか」


 涼さんが合図をすると、俺たちはそれぞれのポジションについた。

 成瀬さんはコスプレ姿でお客さんを迎える準備を整え、俺も商品の管理やお金の受け渡しなど、できることに集中することにした。


 するとすぐに自然と列が形成される。

 先頭の人から「新刊一部ください」と声をかけられ、俺は「1000円です」と返答。1000円札を受け取り、新刊を手渡しする。

 その瞬間、これが今日の始まりだという実感が湧いてきた。

 お客さんとのやり取りがスムーズに進み、商品の受け渡しも問題なくできた。成瀬さんのコスプレが効果を発揮しているのか、ブース前の列はどんどん伸びていく。


 「お次の方、どうぞ」


 俺は声をかけながら、次のお客さんに対応する。彼女は目を輝かせて新刊を手に取り、さらにいくつかのグッズも追加で購入してくれた。お金の受け渡しも手際よく済ませ、商品を丁寧に渡す。


「ありがとうございます〜」


 笑顔でそう言うと、受け取った女性は話しかけられると思っていなかったのか、小さく返事をして去っていってしまった。

 遠くから「男の人と初めて話しちゃったよ!」とはしゃぐ声が聞こえてきた。

 なんとなく微笑ましい気持ちになる。


 一方、成瀬さんはというと、コスプレ姿のままお客さんたちと写真を撮ったり、作品についての会話を楽しんでいた。

 人気だなぁ。

 成瀬さんと涼さんにこんな一面があったとは驚きだよ。

 あっ。


「新刊、既刊一部ずつですね〜、合計2000円です————はい、ちょうどですね」

「あっ、ありがとうございます!!」


 それにしても戦場だなんていうし、何度も脅かすようなことを言ってくるわりにそこまでアクシデント無く進んでるぞ。

 このまま終われるといいなぁ。


 それから次々と増える列を捌きつつ、時間が過ぎてゆく。

 途中、本を渡す際に手が触れ、驚きで倒れてしまう人や、興奮した様子で話しかけてきてブースの前から離れない人などアクシデントがあった。だが、運営スタッフと柊さんたちが手際よく対処してくれ、事なきを得た。


 疲れたぁ……。

 今日だけで何人と会話したよ……。こんな人数と会話したのなんてこっちにきてから初めてだ。


「お疲れ様です」


 柊さんが水を差し出してくれる。


「ありがとう」


 それを受け取り、喉に流し込む。

 ああ〜、染み渡るぅ。 


 こうして人が落ち着き、列が無くなってゆっくりしていた頃————

 

「スケブやってますか?」


 唐突に声をかけられた。


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