第30話 枕投げとは戦争だ
「枕投げするっきゃないよね!」
張り切った声で言う涼さん。
「え、マジでやるの?」
成瀬さんが目を丸くして言った。
「もちろん。五人いてホテルに泊まっているんだよ。旅館じゃないのが惜しいけど……それはどっちでもいい。とにかく、旅行の夜と言ったら枕投げをしないとなぁ!」
俺はそう言って、近くにあった枕を手に取る。
「周りに気をつけながらしよ」
成瀬さんがそう言う。そして手には枕があった。
やる気満々じゃないか。
枕をくるくると回し、準備万端だ。
「わかった、やるからには負けないからね!」
遥が笑顔で枕を手に取る。
「子供じゃないんですから……」
呆れた様子で呟く柊さん。
涼さんはニヤッと不敵な笑みを浮かべると、枕を手に取り、柊さん目掛けて投げた。
それは回転しながら直進し見事、柊さんの顔面へ直撃した。
「わっぷっ!」
驚いた声が漏れる。
突然の攻撃に一瞬固まった後、少しずつ笑みを浮かべる。
「やってくれましたね……」
柊さんも枕を手に取り、涼さんに向かって反撃する。警護官の肩から放たれたそれは、先ほどの枕とは桁違いの威力を見せる。
枕は宙を舞い、涼さんへと迫った。
「うわっ!」
あまりの速度に涼さんは反射的に声を上げることしかできず、顔面に食らってしまった。
「やられた……」
涼さんは苦笑しながらも枕を手に取り、戦意を失ってはいない様子だ。
「ボクたちを忘れてもらっちゃ困るよ——っと!」
そう言って遥が俺に向けて枕を投げてきた。
枕は弧を描きながらこちらに飛んできたが、俺は咄嗟に身をかがめて回避する。
「やるな、遥。でもまだまだだ!」
俺はそう言って、すかさず枕を投げ返す。
「わっ、避けた!」
遥は身軽に避けながら笑った。
「ふふ、まだまだこれからだよ!」
遥が挑発的に言う。
そして俺が周りを警戒していると————。
「遥さん、同時ですっ!」
「了解っ!」
柊さんと遥が連携して、挟み込むように投げてくる。
片方はキャッチすることができたが、もう一つは避けることができなかった。
「うわっ!」
枕が勢いよく足に当たり、そばにあった布団に片膝をつく。
「よし!」
「上手くいきましたね」
二人が嬉しそうにハイタッチをする。
「隙ありッ」
その瞬間を狙い、キャッチしていた枕を投げつける。
枕は見事に遥の肩に当たり、遥は驚きながらも笑い声を上げる。
「やられた!」
「そういえばこれ、勝敗とかないの?」
ふと疑問に思ったのか、成瀬さんが静かな声で問いかけてきた。
確かに……。てか、勝敗なんてあるの?
「え、勝敗なんてあるの? 投げ合うだけじゃない?」
遥も疑問に思ったようで、俺と同じような考えを口にした。
「まあ、確かに勝敗を決めるのは難しいかもね」
成瀬さんが笑いながら言った。
「じゃあ、こうしようよ」
涼さんが「今から枕に当たった人はアウト、最後まで当たらなかった人の勝ち。どうよ?」と続けて言った。
「ありだね」
「良いんじゃない?」
「そうね」
「投げ合っているだけでは収集がつかないですし、良いのではないでしょうか」
みんな同意し、それぞれ間隔を空けて広がる。
と言っても、そこまで離れるわけじゃないんだが。
これは、いかにキャッチすることができるかが大事そうだな。
投げた後、枕の確保に苦労しそうだ。
「よし、準備はいいか?」
俺が声をかけると、みんなが頷いて構える。
「じゃあ、始めるよ! よーい、スタート!」
涼さんが合図を出し、枕投げが再開した。
まずは柊さんが涼さんに向かって枕を投げる。
涼さんはうまく避けて、枕をキャッチし、すぐに反撃。枕は成瀬さんに向かって飛んでいくが、成瀬さんも素早く避けた。
「うわっ、危なかった!」成瀬さんが驚いた声を上げる。
俺はそれを観察しつつ、成瀬さんの避ける先を予測して、枕を投げた。
しかし予想は外れ、逆方向へ飛んでいってしまう。
やらかしたぁ! 枕を確保しないと。
「あぁ〜……」
「これは本気でやらないとだめだね!」
遥が笑いながら言い、俺に向かって枕を投げてくる。
これ幸いにと、俺は枕をキャッチする。そして合わせて投げてきた涼さんの枕を、枕でガードする。
「よし、次は……!」
いつの間にか枕を確保していた遥が狙いを定めた瞬間、涼さんが急に動いて枕を投げる。
枕は遥の背中に当たり、遥はアウトになった。
「よっし! 遥、アウトー!」
「くっそー」
悔しがる遥。
「次は誰だ?」
俺はそう呟き、周りを見渡す。
先に動いたのは涼さんだ。
涼さんはすばやく動き、成瀬さんに向かって枕を投げた。成瀬さんはギリギリで避け、次に柊さんに狙いを定めた。
「おりゃっ」
成瀬さんが掛け声を上げながら枕を投げる。
柊さんはその枕を巧みにキャッチし、すかさず涼さんに投げ返す。しかし、涼さんも避けて反撃。枕が飛び交い、次第にスピードと精度が増していく。
「よし、ここだ!」
俺はチャンスを見つけて、涼さんに向かって全力で枕を投げる。
「うわっ!」
涼さんが驚きながら避けるが、避けきれずに枕が当たった。
「やられたか……でも、いい勝負だった!」
涼さんが苦笑しながら言う。
よしっ!
俺はガッツポーズをした。
その時、身体に柔らかいものが当たる感覚がした。
「ん?」
足元を見ると、先ほどまで無かった枕が転がっていた。
「気を抜いたねー!」
成瀬さんが投げたようだ。
「やっちまった……」
俺はその場から離れ、残りは成瀬さんと柊さんの勝負となる。
警護官をしているし、柊さんが有利に思えるな。さて、どっちが勝つのだろうか。
「残るは私と柊さんですね」
成瀬さんが言い、柊さんと向き合う。
「ええ、最後の勝負ですね」
柊さんも冷静に枕を拾い、構えた。
二人の間で最終決戦が始まる。枕が飛び交い、緊張感が高まる中、柊さんは枕を投げ切ってしまった。
成瀬さんにとってチャンスが訪れる。
なんとか枕を拾おうと移動する柊さん目掛けて投げた枕は、柊さんの肩に直撃し、勝者が決まった。
「やった、勝ったよ!」
成瀬さんが歓声を上げる。
「まさか鈴華が勝つとはなぁ」
涼さんが驚きの声を上げる。
「運がよかったよ」
「いやー、それにしても楽しいな。枕投げ」
「こんなに楽しかったとはね」
遥が言う。
「本当に、こんなに楽しい夜は久しぶりですね」
柊さんも笑顔で言う。
「これで今日の思い出がまた一つ増えたね」
涼さんが言った。
そして俺たちは動き回ったことにより乱れた布団を整え、寝る準備に入る。
「明日は11時までにチェックアウトしないとだからね。寝坊しないように」
成瀬さんが注意を促すと、みんながうなずいた。
「了解」
「わかったよ」
「はい」
「りょーかい」
各々返事をし、俺は前日と同じ場所に。左右に成瀬さんと柊さんがきた。
それぞれが布団に入り、ぐっすりと眠りにつく準備を整える。
「おやすみなさい」
成瀬さんが言うと、みんながそれに続いておやすみなさいと声を掛け合う。
部屋の明かりが消され、静かな夜に。
枕投げの興奮と笑い声を思い出しながら、俺は心地よい眠りに落ちていった。