第26話 青い光の中で、君との距離が近づく
「じゃ、次のクラゲ展示エリア。上手くやるんだぞ」
そう言って、遥の背中をバシッと叩く涼。
「分かってるって」
遥が返事を返す。
が、その表情は緊張しているのか、強張っている。
「それで、どんな感じでやるのさ」
「そりゃぁ、今考えるんだよ」
会話が阿宮に聞かれないよう、柊と成瀬に前へ行かせ、後方で話し合っている。
「まずは、自然に会話を始めるのがいいと思うんだ。クラゲについての感想や質問を投げかけて、共感を得る感じでさ」
「なるほど」
「オレ達はさりげなく距離を取る。阿宮くんにバレないようにな」
と、手順を説明し始める。
「できれば、名前呼び、ボディタッチ、あわよくば付き合うだな」
「目標が高すぎじゃない!? ボクにそこまでの勇気があるとでも?」
抗議の声を上げる遥。
「普段、結構ボディタッチしたり、距離近かったりするし、一番可能性あると思うんだが」
「そうか……?」
「側から見たらそうだぞ」
「とりあえず、それを目標に頑張ってみろ。変に緊張しなければいけるって」
「分かったよ」
「何回も言うが、まずは自然に会話をすることが大事だ。そこから少しずつ距離を縮めていけばいい」
「ああ、まずは会話を楽しむことを心がけるよ」
遥が決意を新たにする。涼たちはそれを見て、微笑んだ。
「距離感を意識しながら、自然に振る舞うことを心がけるんだぞ」
「了解」
遥は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、涼に向かってうなずいた。
そして前方に見えてきたクラゲ展示エリア。
クラゲ展示エリアに到着すると、空間全体が青い光に包まれ、幻想的な雰囲気が広がっていた。
遥は少し緊張しながらも、阿宮に声をかけるタイミングを見計らっている。
「優雅に泳いでるな」
水槽を見て阿宮がそう呟いた。
「だね、ぷかぷかと。なんか可愛い感じがしない?」
遥は「今だ」と思い、呟きに同意して会話を展開しようとする。
そんな姿を見ながら、他の三人は息を合わせたように後ろの方で見守っていた。
◆◆◆
俺たちは今、クラゲの水槽があるエリアにいる……のだが、なーんかよそよそしいんだよなぁ、みんな。
そんな雰囲気を俺は感じ取った。
だが、理由も分からないし、今は鑑賞に集中しよう。
そうして視線をクラゲがいる水槽に戻す。
「優雅に泳いでるな」
というより、浮かんでいる感じか。
「だね、ぷかぷかと。なんか可愛い感じがしない?」
隣に遥がやってきて、俺の呟きに反応した。
「そうだね。海では会いたくないけど」
「確かに、それはそうだね。刺してくるらしいし」
「うん、そうらしい。それにしても、こんなにたくさんの種類がいるとは思わなかったよ」
「結構、形が違ったり、色がカラフルだったりいろんなのがいるね」
俺が感心していると、遥はさらに話を続けた。
「ねえ、阿宮くんはクラゲの中でどれが一番好き? ボクはこの青くて小さいのかな」
水槽を指差して言う遥。
そちらに視線を向けると、解説にキャノンボールジェリーと名称が書かれていることに気がついた。
「キャノンボールジェリーだって、小さくて可愛いな」
俺もそのクラゲに目を向ける。確かに、小さくて丸っこい形が何とも言えない可愛らしさを持っている気がした。
「でしょ? なんか見てると癒されるんだよね」
遥が楽しそうに微笑んでいる。その姿に、俺もつい笑顔になる。
「確かに、こういう小さいクラゲもいいね。俺はあの青く光るクラゲも好きだけど」
「あ、あれも綺麗だよね」
遥との会話が続く中で、俺は少しずつリラックスしてきた。彼女とこうして話していると、時間が経つのも忘れてしまいそうだ。
……それにしても、何やら手に触れる感触があるな。
視線だけ下に向けると、それは遥の手だった。
頑張って手を繋ごうとしてるけど、身長差のせいかなかな上手くいっていない。
「ごめん、手繋ごうと思ったんだけど……」
遥が恥ずかしそうに顔を赤らめる。俺も少し照れながら、微笑んだ。
「大丈夫、気にしないで。もう一度、やってみようか」
そう言って、俺は少し肘を曲げて、遥の手をしっかりと握りしめた。今度は、しっかりと手を繋ぐことができた。
遥の手は少し冷たくて、緊張しているのが伝わってくる。
「ありがとう」
恥ずかしいのか、遥は視線を合わせてくれない。
「あのさ、阿宮くん」
遥が少しうつむき加減で話しかけてくる。
「なに?」
俺も緊張して、声が少し震えてしまう。
「し、下の名前で呼んでも良いかな?」
確かに、俺だけ名前で呼んでて、遥は名字呼びか君だったな。
「うん、もちろんいいよ」
「やった……! 海、海!」
満面の笑みを見せる遥。そして嬉しそうに何度も名前を呼んでくる。
かと思えば、勢いよく抱きついてきた。
「わっ、どうしたのさ」
「いやぁ、嬉しくなっちゃってつい……ね」
その勢いに少し驚いたが、俺も遥を抱きしめ返した。
包み込まれるような感覚になる。
その遥の笑顔に思わず見とれてしまった。彼女の喜びが伝わってきて、俺の心も温かくなった。
「海?」
突然、耳元で囁いてきた。
……ッ!? ゾワゾワしたぁ……。変な扉開きそうになったって。あっぶな。
「ど、どうしたの?」
突然の囁きに動揺して噛んでしまった。
「いや、呼んでみただけ」
はにかむ遥。
ああ、可愛いなぁ。よほど嬉しいのだろうな。
「そ、そう……」
俺は照れくさい気持ちを隠しながら、なるべく自然に振る舞おうとした。でも、遥の声や笑顔が、心臓をドキドキさせる。
「ごめん。ボク、変なことしちゃったかな?」
遥が少し不安そうに尋ねてくる。
俺は彼女の手を優しく握りしめ、安心させるように微笑んだ。
「全然、そんなことないよ。遥が嬉しいって言ってくれて、俺も嬉しいから」
遥の顔が少し赤くなり、彼女は幸せそうな表情を浮かべる。
「ありがとう、海。君と一緒にいると、ほんとに楽しいんだ」
そう言って、遥はしばらく静かにしていた。
ハグを辞め、俺たちは手を繋いだまま、水槽の前に立っている。
そして、そろそろ別の場所に行こうかという雰囲気になる。
「さ、ボクだけじゃ無いからね。合流して次のを見に行こうか!」
「え、それって————」
遥に手を引かれ、水槽から離れた。
それに、気になることを呟いていた。「ボクだけじゃない」か……。
もしかして……。
とある予想が頭によぎる。
それもみんなと合流したことで一旦は隅に置いておくことに。
◆◆◆
後方で見守っていた柊と成瀬、涼は、その光景に心から微笑んでいた。
「うまくいったみたいだね」
成瀬が小声で言うと、柊も頷いた。
「うん、見てるだけでこっちまで幸せになります」
柊がそう言いながら、遥と阿宮に目を向ける。
「それにしても、周りにも人がいること忘れてない?」
「完全に忘れてますね」
「空気を読んで、みんなも離れてくれているけど……注目の的だね」
「だよな、ありゃ、二人の世界に入っちゃって気付いてないよ」
「ま、なにはともあれ、成功と言って良いんじゃないか。で、次は誰が行くよ?」
涼がそう問いかける。
「どうしようか……」
そう考えつつ、二人と合流するため、向かい始めた。




