第七話 成長
第七話
小鳥の鳴き声が聞こえる。少し開けておいた窓から冷ややかな風が入り、頬をかすめた。
…朝だ。またあの夢か。
僕はつい先程まで見ていた、神様、ゼータとの会話を思い返した。
ああ、いつもこうだ。あれ以降の会話がどうしても思い出せない。
なぜ神様は僕を選んだのか…。
僕はおもむろに体を起こし、部屋を出て一階へ降りた。
誰もいない。まだ起きてない…か。
卵とフライパンを用意し、料理を始める。
実は最近困っていることがある。他でもない、ノア姉についてだ。
おっと、まずノア姉と呼んでいることから説明しないといけなかったな。
第一に、彼女は僕の母さんではなかった。彼女によれば、森に落ちていた僕を拾ったのだそうだ。
僕の感覚からすれば、森の中に赤ん坊がいる、などというのは少しホラーなのだが、この世界の人からすればどうなんだろうか。
神様も、魔法を使える人間を赤ん坊にしてこの世界に送っている、と言っていたし割と普通なのかもしれない。
このことを知った経緯は至って簡単、それは僕が初めて言葉を喋った日のことだった。
僕が初めて発した言葉は「ママ」だったのだが、そのときにノア姉が教えてくれたのだ。
ノア姉は始め、必死に「プリンセスノア様」、「ノアお嬢様」なんて呼び方を覚えさせようとしていたが、僕が頑なに口を開かなかったので、諦めたようで今の呼び方に落ち着いた。
お嬢さん。僕を、言ったことはなんでも聞く純粋な子供だと思ったら大間違いです。中身はアラサー頑固ニートですよ。
さて、そんなノア姉についてだ。ここまでの話で少しわかったかもしれないが、あれで意外とだらしないのだ。
あの清楚で美しい顔立ちに騙されてはいけない。現に今日もいつものように寝坊をしているのである。
うん、卵がいい感じに焼けてきたな。
僕の今のもう一つの悩みがこれ。この世界には元の世界のようなコンロがないので、フライパンに熱が伝わりにくく、卵一つを焼くのにも時間がかかる。
ちなみに元の世界でも自炊はある程度していたので、料理は元から出来た。数少ない僕の自慢だ。
そろそろかな。
「ノア姉〜!朝だよ〜!」
…。返事がない。よし、いつも通りだ
ちなみに…ノア姉が家を出ないといけないのが8時。そして、今がその8時だ。だから…
「もう8時半だよ〜!!」
世の中のお母さんたちの必殺技を借りさせてもらったが、このぐらい言わないとノア姉は起きてこない。
もっとも、最近はこの必殺技を使いすぎてこれでも起きなくなってしまったのだが…
と考えていると、上で大きな音がした。
ベッドから落ちたのか?大丈夫かな?
間髪を容れずに、階段をドタドタと下る大きな音がする。
さっきの呼びかけで飛び起きたのか?珍しいな。
「お、おはよーシア。」
…すごい寝癖。それになんだ?そのたどたどしい感じは。
「きょ、今日実は仕事休みなんだ〜ハハ…。」
…休み?これまた珍しい。
実は、ノア姉はかなり忙しいらしく、休みの日でも呼ばれれば仕事に行かなければならない。
肝心の仕事内容は明かしてくれていないのだが…。
そんなノア姉の休みは毎週木曜と日曜だったはずだが…今日は火曜日だ。
有給?特別休み?みたいな感じだろうか。
ふむ。ここで言えば喜びそうな子供のセリフは…
「ってことは今日は一緒にいてくれるんですか?嬉しいです!
ご飯ももうできてますよ!一緒に食べましょう!」
「う、うん!食べよう。」
うーん。我ながら完璧だと思ったんだが…反応が悪いな。
ノア姉が席に着いたのを確認して「いただきます」と2人で言い、食事を始めた。
「ん!おいしい〜!!さすがだね!」
ノア姉はいつもこうやって褒めてくれる。こちらも料理のしがいがあるというものだ。
「シア、今日は一緒に外へ出かけようか!」
「え?えっと…」
外…?それはまたすごい急だな…。
実は、僕は未だに外に出たことがない。
あ、いや、正確には家から出たことがない、かな?
丈夫な体を作ろうと思い、毎日家の庭で走り回ったり、体を動かしたりはしているのだが…、家の外となると話は別だ。
外は木が鬱蒼と茂っていて気味が悪い、それにノア姉からも留守番中に外へ出ることは今まで禁止されていた。もう大丈夫な年だと判断したのだろうか。
「シアももう5歳だし。そろそろかなってさ〜。」
そうか。もう5歳なのか。今が10月…。たしかこの世界で目を覚ましたのも10月くらいだったか。
「わかりました。ご飯を食べたら出かける準備をしておきます。」
「ふふっ、ちょっと緊張してる?体がこわばってるよ。」
「…わかりますか?」
「そりゃわかるよ〜。ずっと一緒にいるし。」
そういってノア姉は笑った。
持ってくものは…えっと…うん。特にないな。
「よしっ!準備はいい?」
「はい。準備万端です!」
相変わらずノア姉はローブを身に纏っている。外に出る時はいつもこうだ。
ただ、今日はいつもの白なものではなく、黒のローブみたいだ。初めて見たかも。
そんなことを考えているとノア姉が先に家の扉を開けて、庭を歩いて行った。
僕もその後ろをついていく。
門の前まで来るとノア姉は立ち止まって後ろを向いた。
「いい?ここを出たら私の後ろを絶対に離れないこと。この先には恐ろしい魔物がたくさんいるの。」
ま、魔物…ってあの!?
いやなぜ……まぁ今はいい。
ただ少しワクワクしてきた。
「わかった?言いつけを破ったら怖〜いドラゴンに攫われるって言われてるんだからね!」
うわ、わかりやすい脅し。そんなんでびびってた子供の頃の純粋な心が欲しい…。
いかん、それ以上に興奮が抑えられん。
「わー!怖ーい!」
「な、なんでちょっと目をキラキラさせてるの?」
「…いや、なんとも恐ろしくて!さあ行きましょう!」
そう言って僕は勢いよく門を開けた。
「いや、だからちょっと!シア!私の後ろに…」
僕が門を抜けた瞬間、勢いよく小鬼のような魔物が飛び出してきた。
「ギャァァァァァァ!!!」
僕が叫んだのも束の間、背後から目にも止まらぬ速さで斬撃が飛び出した。
その直後魔物の首が宙を舞った。
魔物の血が顔に少しかかる。
「怪我はない?全く〜、言うこと聞かないんだから。危なかったんだからね〜!さ、行こ!」
ノア姉は何かを拾ってから剣をさやに戻し、再び歩き始めた。
なにそれ…。めちゃくちゃかっこいいんですけど。ノア姉にもかっこいいところあるんだ…。
と思ったのだが、ちらちら後ろ振り返って自慢気に見てくる。そこなかったら満点でした。
僕も後を追って歩き始めると、ふと顔に何か異物を感じ、顔を拭うと真っ赤な血が手と顔に広がる。
こ、これは…さっきの…
想像以上に気持ち悪さが広がり、うずくまった。
「シア!?大丈夫?」
そうか…、あの魔物を…魔物とはいえ命を奪ったんだ。
…生き物が死ぬのを目の前で見るのは思ったよりも堪えるな。
ワクワクしてた自分がばからしい。
仕方のないことだとはわかっているが、何事もなかったように進めるわけじゃなかった。
「初めてだと辛いよね。」
辛い?いや…きっと魔物の方がもっと辛い。
「けど…私は大切な人が死ぬ方がもっと辛い。」
大切な…人。
…そうだ。ノア姉は僕を助けるために魔物を倒してくれたのだ。
自分を助けてくれたことを感謝せずに魔物の死を悼んでどうする。
「すみません。少し取り乱してしまいました。」
僕は持ってきていた飲料用の水で血を流し、ゆっくりと立ち上がった。
「助けていただいてありがとうございます。」
そう言って深々とお辞儀をした。
「そ、そんな改まらないで。距離感感じて寂しいよ。こちらこそ無事で居てくれてありがとう!」
な、なんていい姉さんなんだろう。
「今度こそ私の後ろを離れないでね。」
「はい。わかりました!」
しっかりしなきゃな。この世界ではそうすると決めたんだ。
僕は顔を水で洗い、頬を叩いて再び歩き始めた。
にしてもさっきの剣術かっこよかったな…。剣士とかもありかも…。
そう思いながら見るノア姉の背中はやけに大きく見えた。
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初心者で拙い部分もありますが応援よろしくお願いします!