第四話 二度目のアレクセイ
お飾りの妃として娶ったエカテリナと、私は体を重ねていない。
彼女の床へ行こうとすると、レーヴナスチナが泣き叫ぶのだ。
身重のレーヴナスチナを不安にするわけにもいかない。エカテリナならわかってくれるはずだ。お飾りの妃でも構わないと思うくらい、私を愛しているのだから。
公務で会うエカテリナは少し痩せている気がしたが、慣れない王太子妃としての暮らしで疲れているだけだろう。
痩せていても彼女は美しいし、服に隠された体には膨らみがあった。
私はレーヴナスチナが出産を済ませて落ち着いたら、エカテリナと床をともにするつもりだった。一度婚約破棄をしたとはいえ再構築したのだ。レーヴナスチナとの恋は新鮮で刺激的だったが、幼なじみのエカテリナへの気持ちが消えたわけではない。エカテリナの隣はいつも私の場所だ。
──そして、レーヴナスチナが子を産んだ。
私と同じ緑色の瞳だったが明らかに顔立ちが違う。
同じ色味の側近にあまりにもよく似た赤ん坊だった。立ち会っていた姉のアリーナが鼻を鳴らし、わらわの勝ちじゃな、と微笑んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「エカテリナ!……エカテリナ、なのか?」
私は荒れ狂う感情に押されてエカテリナの執務室の扉を開けた。
そこで机に向かっていたのは、やつれて痩せ細った骸骨のような女だった。公務のときの健康的な顔色は化粧、服の膨らみは詰め物だったのだと悟った。
思わず目を逸らして告げる。
「レーヴナスチナが子を産んだ」
「今日でしたのね。おめでとうございます」
「あ、ああ。いや……クソ。姉上の言った通りだったじゃないか……」
素直な祝辞に言葉を返せない。
姉は最初からレーヴナスチナを尻軽と呼んでいた。ああ、そうだ。実際に肉体関係があるにしろないにしろ、婚約者のいる男にすり寄る女は尻軽だ。
言葉を濁す私に首を傾げたエカテリナは、そのまま床に転がった。
「エカテリナ!」
彼女の手を離れた護符で、私の瞳と同じ緑色の宝石が煌めいている。
煌めいて煌めいて、宝石は色を失った。
私もエカテリナを喪った。レーヴナスチナが産んだ子を見たときよりも心が抉られた気がした。
隣国に留学していたイヴもエカテリナの葬儀には戻って来た。
どちらにしろ兄のフリストフォールが王配として王家に婿入りするので、彼がガチンスキー大公家を継ぐために戻って来なくてはいけなかったのだ。
琥珀色の瞳が溶け出しそうなほど涙をこぼしながら、イヴはエカテリナの棺に砂糖がけした木の実を詰めた瓶を入れていた。……ああ、そうだ。エカテリナが昔好きだったお菓子だ、と私は思った。
過去に戻れれば、時が遡れれば、『やり直し』が出来れば──と私は望んだが、そんなことは叶うわけがない。
太子を廃された私は、王族として女王の姉に仕えて一生を終えた。
レーヴナスチナ? 彼女は私と離縁して、子どもの父親と結婚した。当然のことだ。
イヴは生涯妻を娶らず、私と同じように姉が産んだ子どものひとりを養子にして跡を継がせた。
どの子も王配のフリストフォールにそっくりだった。フリストフォールには姉そっくりに見えているらしい。
愛し合う夫婦というのはそういうものなのかもしれない。私には、レーヴナスチナの子どもは側近そっくりにしか見えなかった。卒業パーティでエカテリナとの婚約を破棄したとき、レーヴナスチナも側近も醜い嘲笑を浮かべていたな。そんなふたりはお似合いだと思う。