第二話 一度目のアレクセイ
両親も貴族達もレーヴナスチナを私の妃として認めてくれない。
彼女を養女にしてくれた伯爵家も周囲からの反感を買って、苦しい状況にあるようだ。このままでは結婚どころか、私が王家を追い出されてしまう。
外道な真似だとわかっていたが、私は元婚約者のユロフスキー公爵令嬢エカテリナを頼ることにした。
私に婚約を破棄されたエカテリナは学園の卒業後、ずっと王都の公爵邸に閉じ籠っているという。
家人が持ち込む縁談も断り続けているようだ。おそらくまだ私を慕っているのだろう。
人見知りの彼女の氷青の瞳が溶けるのは、私を見つめるときだけだった。優秀だけど不器用で心優しい彼女のことだ。レーヴナスチナのお腹の子のためだと話をすれば、お飾りの妃になることを了承してくれるに違いない。
先触れもなしに訪れて、苦虫を噛み潰したような顔のユロフスキー公爵と話をする。
散々罵られ、莫迦王子とまで蔑まれた後で、公爵は溜息を漏らした。
「……仕方がありませんな。エカテリナの心にはあなたしかいない。あなたの瞳と同じ色の宝石が飾られた護符を握り締めて離さないのですよ。お飾りの妃であろうと、あの子が生きる希望を持ってくれるのならかまいません。あの子と会って、あなたの口から伝えてやってください」
私の瞳と同じ色の宝石という言葉に、幼いころガチンスキー大公領の祭りでエカテリナに買ってやった護符のことを思い出す。
私よりも先にイヴが気づいて贈ろうとしていたのを食い止めての行動だった。
あのときはエカテリナが最愛の人だったのに、どうして私達は変わってしまったのだろう。彼女が悪かったわけではない。私がレーヴナスチナに心奪われてしまったのだ。恋は人間にどうこう出来るものではない。
「わーっ!」
「お嬢様が、お嬢様がっ!」
エカテリナの部屋へ向かおうとふたりして立ち上がったところで、裏庭で騒ぎが起こった。
彼女になにかあったようだ。
顔色を変えて向かった裏庭には、二階にある自室の窓から落ちて壊れた人形のように四肢がねじ曲がった不自然な体勢で転がるエカテリナの姿があった。まだ意識はあるようだ。
「……大丈夫、大丈夫です……」
私が贈った護符を握り締め、掠れた声でそう言って彼女は息絶えた。
「エカテリナーっ!」
公爵が彼女の体を抱き上げる。
だらりと力を失ったように見えるのに、彼女の手は護符を離さない。
死後硬直に過ぎないのかもしれない。だけど私にはそれが、エカテリナの私への愛の強さのように感じられた。
──しばらくして、レーヴナスチナが子を産んだ。
若過ぎたせいか、彼女も子どもも助からなかった。子どもの瞳の色は緑ではなく、レーヴナスチナの瞳の色とも違ったともいうが、詳しいことはわからない。すぐに埋葬されてしまったから。
私は太子を廃され、姉が女王になることが決まった。ガチンスキー大公家の長男は王配として婿入りし、大公家は次男が継ぐこととなった。
エカテリナの葬儀で琥珀色の瞳に射られて、私は気づいた。彼はエカテリナを愛していたのだ。