存在しない廃駅
10年ぶりに立ち入るその山は相変わらず荒れていた。かろうじて残されている道以外は何かしら植物が好き放題に生えている。ときおり視界のはしに壊れた電化製品がうつり、こんなところにゴミを捨てに来る人間がいるんだな、と他人事のように思った。
歩くうちに傾斜がきつくなってきた。汗をぬぐいつつ幼いころの記憶を頼りに道なき道を進む。獣道に覆いかぶさっているクマザサの緑と白が目に痛かった。
友人からいつもの探索レポートが送られてきたのは一週間前のことだった。思いついたように秘境駅や廃線などに行く彼は「お前の地元に行ってきた」と銘打ってそのレポートを送信してきた。そういったものに詳しくない私は彼からのレポートを興味深く読んで返信した。「レポート、面白かったよ。誰もいない民家がいくつも見える廃駅なんてあの山にあったんだな。知らなかった」
「地元のやつほどそういうのは知らないものだよな。朽ちかけていたけど、どれも山の中とは思えないほど立派な家だったよ。今週末また行こうと思ってる」という彼からのメールを最後に、連絡は途絶えた。
ようやく坂道が終わり、視界が開けた。山の中腹あたりの空き地についたようだった。がくがくする膝に手を置いて息を整える。ふくらはぎの位置まで伸びる丈の高い草が鬱陶しい。ぬるい風が吹き抜けてさらに不快感が増した。
廃駅、そんなものはこの山にはなかった。
この山で遊んでいたときも見た覚えはないし、図書館で郷土資料を漁っても線路が通っていた記録など出てこなかった。ましてや自分の記憶ではこの山には誰も住んでいない。民家などあるはずもない。
大きく息を吐いて軽く伸びをした。彼が見たものはなんだったのだろう、と考えてみる。連絡がとれない彼はどこに行ったのだろうか。
今来た道を下りようと振り返る。風がやんだ一瞬、遠くで汽笛が聞こえた。