表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒラタさんは文芸部に通う

作者: 銀糸鳥

*百合要素あり。

昼休みを告げるチャイムが鳴ると、封を切ったように騒がしくなる教室。

それぞれが持参したお弁当を持ち寄り、隣席の友人たちとお互いのイスを寄せ合う。


窓から斜めに差し込む温かな陽光は、まだわずかに春の名残を残して。

姦しく笑い声の絶えない教室に、温かな陽だまりをもたらしていた。


高校二年生に進級してから1ヶ月が経過しようとしていた、5月のある日のこと。


私、比良田楓ヒラタカエデは今をときめく女子高校生。

楽しい友だちと、素直でカワイイ後輩たちと、個性豊かな先生たちに囲まれて、今ここにしかない青春時代を、めいいっぱいに謳歌している。


最初は不安だったクラス替えだけど、1年生の時には知らなかった新しい友だちもできて、なんだか新鮮な気分。


面白いコトが毎日起きるから、学校に行くのがホントに楽しい!


「ヒラタ~数学の問題教えて~」

「ヒラタさんの髪型カワイイね~」

「ヒラタさ~ん」


昼休みを終えた友人たちが、私の席の周りに集まってくる。


クラスで私は、7人ぐらいのグループに属している。

個性豊かで、趣味も部活も違うけれど、みんな仲良し!


私にはできすぎた友人たちだ!


そのグループで私は、みんなのお姉さん的な存在。

困ったときは私を頼りにして、私が会話を盛り上げて、みんなが笑う。


こうしていっしょにお昼を食べたり、放課後はたまにファミレスに寄ったり、学校から帰っても、SNSでいっしょに盛り上がったり。


みんな、このクラスになってからはじめてできた友だち。


ワタシ史上最高の、友だちだ!






それ以上でも、それ以下でもない友達だ。




高校に入ってからの人間関係は、中学のときのそれよりもさらに希薄になった気がする。

住む地域が違う、週の予定が増えた。理由を探せば尽きない。


それなのに人間は不思議なもので、はじめは部活や中学での繋がりから、関係の輪がだんだん広がっていって。

なんとなく気の合ったクラスメートと、いつのまにか仲良くなっていく。


最初は、そこまで好きでもなかった人たちと。

徐々に距離を詰めていって、うわべだけの握手を交わす。


人は、剥き出しのままでは付き合えないから。

笑顔を、言葉を、感情を、角が立たない程度にならしていって。お互いに妥協点を探り合って。


そうして毎年、自分を作り替えていく。


「本当の自分」を示して、着飾って、偽って。


その裏に、隠された黒い鬱屈に。

いちばん醜いものに、気付かないふりをする。




友情。


望めばいともかんたんに生まれて、一年間かけてそれを積み上げて。

育んで、確かめ合って。


けど、時間が経てばあっさりと脱ぎ捨てられる程度には軽々しい。


薄情かもしれないけど、友達付き合いなんてそうなものだと思う。

裏を返せばそれは、人との関係を築くのが前より簡単になったということで。

そう考えれば別に悪いことではない。


人は一人では生きていけない。


その言葉の重みは、これまでの人生で痛いほど身に染みた。


だって、現実は厳しすぎるから。

友達という強固な鎧を作って、自分を守るしか術はない。


そして。

持たざる者は。


孤独な戦士の、見るも無残な末路は。






 *ーー*ーー*ーー*--*--*






「ねぇ、いつまで読んでるの?それ。」

「ウチらはやくご飯食べたいんだけど。」


不良グループの女子たちが言う。


話しかけられた女子の名前は、たしか「天宮」、だったはずだ。


読書好きなのか、休み時間に一人で本を読んでいる姿をよく見かける。


不良グループは座るイスが足りないらしく、天宮さんがいま座っているイスを使いたいようだ。


一見、穏やかに諭している風にも見えるが、語気や言い方に棘があって、高圧的な印象を受ける。何か口答えでもしようものなら、彼女たちの逆鱗に触れてしまってもおかしくはなかった。


冷たい緊張感が走る。


天宮さんは不良たちにすっかり怯えてしまったようで、彼女たちの罵倒にも似た言葉に、震え声で返事をしながら、カバンの中にあるはずの弁当箱をあたふたと探し求めていた。




「てか天宮さんてさ、授業中もずっと一人でなんか書いてるし、メガネかけてて地味だし超ガリベンって感じだよねー。」

「あ、わかる。休み時間もずっと本読んでるしさー。マジメに学校来ちゃって楽しい?って感じなんだけど。」

「それw」


不良たちが好き勝手に言うのを、天宮さんは黙って、嵐が過ぎ去るのを待つように耐え忍んでいた。


不良グループの存在は一年生のころから有名で、クラス表を見たときはさすがの私も不安な気持ちになった。いわゆる「問題児クラス」というやつなのか、一年生のころには別々だった不良たちが、私のクラスにひとまとめにされていたのだ。


いまでこそ、私はあのグループともそれなりに上手く付き合っているけど、天宮さんはそうはいかないだろう。


なにより、天宮さんがクラスの誰かと話している姿を見たことは無かった。。


「てかさ、いつも何読んでるの?」

「ね、ウチらにもちょっと読ましてよ。コレ?」


不良のうちの1人が、天宮さんが携えていた本を雑に奪い取る。


ページをパラパラとめくったり、逆さにしたり。


それに飽きると、ふざけた声で文章を音読しはじめた。


いじめは度を越えてエスカレートしている。


そのことに、クラスの全員が気付いていた。


けど、誰も止めに入るものはいない。




かわいそうに思う気持ちはもちろんあるけど、でもやっぱり哀れだな、とも思う。


集団から浮いた存在は、それだけでいじめの標的になる。


天宮さんはきっと、人と上手く付き合っていくことができない人間なのだろう。


そしてこれからも、普通の人からはすこし出遅れて、小さな損を積み重ねていく。


不器用で、哀れで。


手を差し伸べてくれる優しい人なんて、いるはずもない。


だって、天宮さんは独りだから。






「……返せよ」


その時だった。


涙目で震えていたはずの天宮さんはいつの間にか立ち上がり、不良たちを見下ろす。


「……あ?」


それを挑発と受け取った不良が、威圧するように返事をする。


ドスを効かせた声に、クラスの緊張感が一気に高まった。


彼女たちを怒らせたら何が起こるかは、想像に難くない。


そして。






「返せよ!!!!!!」






叫び声が響いたあと。




遅れて、弾けるような音がした。




水を打ったように静まり返る教室。


天宮さんは堂々とその場に立っていて。


赤ぶちの眼鏡の奥で、瞳がぎらぎらと光っていた。


叩かれたのは、不良の方だった。


「おいアンタ……」


「……バカにしないで。」


その声色は、重くて、強くて、そして鋭利で。


その一言に凝縮された彼女の意志の強さが、心臓に直接、響いてくるようだった。


天宮さんは不良の手から本を奪い返して。


そして、教室を出て行ってしまった。


不良たちは、何が起こったのか分からない様子で、ただ茫然と、その場に立ち尽くしているのだった。


「……あーあ」


沈黙のあと、溜め息とともに、誰かが漏らすように言葉を吐いた。


目の前の一部始終は多かれ少なかれ、クラスの全員に衝撃を与えていた。


その一言を皮切りに、ひそひそとざわめきが広がっていく。


「あちゃー」

「やっちゃったね」

「あれは、あとで相当きついよ」

「ね。我慢すればやり過ごせたのに。」


自分が止めに行くこともできたはずなのに、天宮さん本人に責任を押し付けようとするクラスメートたち。






けど、そんなことはどうでも良かった。




頬打ちを喰らわせた天宮さんの、オオカミみたいな目つきと表情が、脳裏に焼き付いて離れない。


「バカにしないで」


自分のことなら、何を言われても怯えるだけだった彼女が、唯一怒りを露にした言葉。


自分よりも、大事にしたいもの。


強烈なもの。


最後の住処を守るようなオオカミの瞳が、私にもまた、何かを訴え続けている。


天宮さんはどんな覚悟で、それを言ったのだろう。


どんな覚悟で、孤独を選んだのだろう。




視線は彼女が去った後の席から動けなくなって、心臓がどくどくと波打っている。


錆びついた殻に閉じ込められていた何かが、自由を求めて、内部からヒビ割れていく。


そんなイメージが浮かんで。


剥き出しの何かが、露になろうとしていた。




容器に限界まで注がれた油みたいに、溜め続けていた怒りが、焦りが。


想いが。


火を噴くように、溢れだそうとする。


そして最後には、決壊して。






「……カッコいい。」



零れ出すそれを、はじめて愛おしいと思えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ