長い一日
身体を震わせる寒さに目を覚ますと、ベットの上に掛けられたローブを掴み、上半身を起こし身に纏うと手をこすり合せながら辺りを見回す。
「ああ、そうね。こちらの世界に来ていたの忘れてたわ」そう呟きベットから出ると、部屋の暖炉に向け指を弾きながら「小さな灯火」の呪文を唱える。
指先から発した小さな火種はフワフワと空中を移動し、薪にたどり着くと火を起こし部屋を温め始め、それを確認するとベットのサイドテーブルに手を伸ばし、スマホに電源を入れアプリを起動し操作をし始める。
「転移門の起動まで後3分の2って所、向こうと違ってマナが濃い分充填が早いわ。予備の魔鉱石も順調で何よりね」
アリッサは徐に暖炉の側の椅子に腰掛け、手を擦りながら暖を取り思考に耽る。
今の所は私の計画は順調に進んている。彼等を行き掛かり上とは言え転移させた事も成功した、これで彼を安全に此方の世界に呼ぶ事が出来る。後は誓約の対抗策、此れについてはアドレア君から情報を貰えば何とか出来ると思う。そして、計画を成功させる為に、現地を下見しないといけないのだけど……
身体を温めながら顔をカーテンに向け、その隙間から窓枠に積もった雪を眺めると溜息をつく。
「雪道は人の身だと辛いわね」そう嘆く様に呟き、指を絡ませ腕を伸ばしながら「う〜ん」と唸ると、ギルドの件に思考を巡らせる。
ギルドは強者を集いモンスターや亜人、魔族からの脅威に抗えぬ者達を救う為に創られた筈。私が魔王だった頃のギルドとは随分と違うみたい。あの頃は勇敢な冒険者たちがいたものだけど……
「魔王時代はって……ふふっ、自分で言ってて何だけど、可笑しいわね」
そして、ヤスから今回の話を聞けば、強者どころか何処ぞの陸でなしじゃない。それに、此処のギルドは裏では……
コンコンとノックの音と共に扉越しに「姉御、朝ですお目覚めですかい?」と竜吾の声に思考を遮られる。「ええ、今さっき起きたところよ」そう返すと「朝食が出来てますんで、冷めないうちにお越しくださせえ」そう告げると足音はダイニングの方に向かって消えていった。
「さてと、此処で考えててもしょうがないわ。フルクランダムに行きがてら、自らの目で確かめましょうか」そう呟くと、寝巻から普段着に着替えると防寒装備を手に掴み、心地よい暖かさに名残惜しみながら部屋を後にした。
廊下に出ると冷ややかな空気に晒され身が縮むが、ダイニングに近ずくにつれ段々と和らぎ、賑やかな声と共に香ばしいパンの匂いが漂ってくる。
ダイニングに辿り着くと目の前のテーブルには、籠に入った長細いパン。その横には人数分の皿があり、目玉焼きとハムがのせられていた。そして、まだかまだかと我慢をするレーンの顔が目に入ると少し微笑んでしまう。
「おはよう、少し待たせてしまったようね」
「いえ、今し方出来た所なんで大して待っちゃいませんぜ」そう言い、視線をヤスに向けると頷きそれに答える。そのやり取りの中「いただきまーす」とレーンはパンに手を伸ばす。しかし、マリアの「ダメ!」と言う声と共にパンに向かった手は叩き落とされた。
「ちゃんと皆んな揃って、頂きますしてからでしょ!レーン!」
怒っていると言うより恥ずかしさで顔を赤く染め、叱りつけるマリアを見た三人は顔を見合わせ微笑んだ。
「それじゃ、レーンがこれ以上怒られないようにご飯にしましょう」