姉御
村の外れの木造の一軒家、玄関はテラスが付いていて他には、小屋が一つあり木の柵で囲われている。暫く坂を登りたどり着いたその場所は、昔は家畜を飼っていたらしい。だが、モンスターの生息地に近いともあって。度々家畜が襲われてしまい、住民は止む無く山の麓に近い場所へ引っ越し空家となっていた。
その後は姉御が借りていたのだが、俺達がここに来てからは使わせて貰っている。
「はあ、はあ、ようやく着きましたね兄貴……」
「すまねえなヤス、無理さしちまったな」そう労う様に声を掛けると、レーンはニヒヒと笑みを浮かべながら。
「ヤス兄ちゃん、オイラより体力無いんだね〜」
「しょうがねえだろ、こちとら都会育ちで風邪気味なんだからよ……」
レーンの微笑ましい嫌味にヘトヘトになりながらも、ヤスは笑顔を持って言葉を返す。彼自身も幼い頃に想うところがあったのだろう、疲れ果てているにも関わらず笑みを持って対している。竜吾はその様子を見ると歳の離れた兄弟に思え、笑みを浮かべながら言葉を返す。
「すまねえな。後は俺がやるからよ、玄関を開けちゃくれねえか」
言葉を受けたヤスは返事を返すと、テラスの階段を駆け上がると扉の鍵を外し開き留める。
「兄貴、お先にどうぞ」少々大げさに頭を下げながら、言葉を掛けられる。竜吾は苦笑いを浮かべると、マリアを休ませる為に中に入っていく。
室内には大きな暖炉と焦げ茶色のソファー、少し離れたところにダイニングとテーブルセット。大きな時計があり全体的にはアンティークな作りになっている。部屋数もそこそこあり、以前住んでいた家族の多さが窺える。
竜吾はソファーにマリアを座らせると「部屋を用意しますんで、少々我慢してくだせえ」そう言うと踵を返した。その瞬間、背後から聞こえる「クウ〜」と可愛らしげなお腹の音。
「そう言えば、あっしらも飯がまだでして。先に用意しやしょう、少々我慢してくだせえ」
玄関に向け歩き出し「ヤス、暖炉に火を点けといてくれねえか。俺は屋台を片付けがてら、飯を用意するからよ」そう告げ「坊ちゃんも、お姉ちゃんの所に行ってやんな」レーンの頭を撫でながら、言葉を掛けると屋台に向かう。
早速、暖炉に火を焼べる用意をするヤス。姉の元に小走りで駆け寄り、ソファーに飛び乗るレーン。
「レーン! 人様のお家なのよ、そんな乱暴に座っちゃ駄目でしょう!」
暖炉に火が灯り薪を焼べながら、姉に怒られ落ち込む姿を見てヤスは声を掛ける。
「いやいや、大丈夫でさあ。子供が元気なのは良いことでさあね」
ヤスの言葉に調子を取り戻したレーンは、ニヒヒと笑みを浮かべると言葉を掛ける。
「ヤス兄ちゃん達は何処から来たの?」
村の住民とは違った出で立ち、冒険者に対しての腕っ節の強さ。村の噂になるには充分である事はレーンにも理解ができ、そこから生まれた疑問だった。だが、ヤスは直ぐに答える事はなく思考を巡らせる。
抗争の真っ只中で死にかけてた、兄貴と俺を救ってくれた姉御。異世界に転移させられるとは、夢にも思わなかったなぁ。漫画やアニメじゃありふれた話でも、俺達にとっては奇跡が起きたと素直に思う、感謝してもしきれねえ。
しかし、姉御は言ってたな、転移した事を他人には喋らない、悪用される事を防ぐ目的でって。後、「べ、別に。あ、あんた達は、実験のついでに助けたのよ!」ってツンデレしてた。あっ、やべえ……これ聞かれたら殺されるかも知れねえ……
血の気が引く思いをしながら、ゴクリと唾を飲み込む。「ヤス兄ちゃん?」とレーンの声で思考から戻り口を開く。
「あ、ああっと。東の……その……」ヤスは言い淀みながら、誤魔化すにはどうしたら良いかと模索する。この世界の地図も見た事がない、言葉を適当に投げ相手が勝手に理解する事を祈る。
「うん! 東の何処なの?」レーンは子供、相手の知識に頼る作戦は無残にも砕け散る。そこに竜吾が外から戻って来て、渡りに船と思い視線を向け助力を求めようとするが、屋台の鍋を持ち佇む竜吾の表情は曇っていた。
「ヤス、確か仕込みは任せろって言ってくれたよな」
「へい、しっかりと仕込みをしやしたが……」
「醤油ラーメンだよなぁ」そう言うと竜吾は鍋に視線を落とす。黒く艶やかな覗き込んだ顔が映り込むスープ、暫く眺めるとヤスに向け言葉を放つ。
「醤油そのものに麺を絡めて、出来上がりって訳じゃねえんだよ。ヤス……」
「へ?」間の抜けたヤスの返事を受けると、竜吾は呆れた表情を浮かべる。ヤスは即座に床に頭を擦り付け、謝ろうとするが阻まれる。
「気にするな、幸いな事に食材が台無しになった訳じゃねえ。風邪気味なんだ、無茶するんじゃねえよ」
「でも、兄貴!」そう言い自分を責めるヤスに、宥める様に言葉を掛けるが効果が無い。どうしたものかと困り果てていると、玄関の扉が開き声が室内に響く。
「あら、貴方達帰ってたの? それに、お客さん? 珍しいわね」
細身で腰まで伸びた黒い髪がなびき、端麗な顔立ちと白い肌、淑やかな物腰の少女。竜吾とヤスはその姿を視界に捉えると、即座にその身を整え一礼をし「姉御お帰りなせえ」言葉を揃えて放つ。
「はぁ、その姉御ってやめて頂戴」顳顬を押さえながらそう言うと、少女はカサカサっと音を立てる半透明の袋を竜吾に渡す。ヤスは中を覗き込むと、カップラーメンとお菓子が入っていた。
「久しぶりに来たから、差し入れよ。お酒とかは未成年だから買えないけどね」
竜吾達の感謝の言葉を受けつつ、視線をマリアに向けると血の滲んだスカートに気が付く。
「その怪我はどうしたの? この二人に何かされたのかしら? そうであれば相応の罰は受けさせる用意はあるけど」
「いえ! お二人には助けて頂いたんです!」
「そう? 良かったわ」竜吾達にクスリと笑みを送ると、マリアの元に歩み寄り膝を診せて貰い、消毒してある事を知ると手を翳し「急速回復」を唱える。瞬く間に痛みが取り払われると、マリアは口を切った。
「あ、有難う御座います。えっと、私はマリアって言います」「有り難う! お姉ちゃん。オイラはレーンだよ」マリアとレーンの言葉に応え少女は口を開く。
「私はアリッサ・グレイフィードって言うの。アリッサで良いわ宜しくね」