渡世は厳しいもので
ドルドガーラ領に隣接する山岳地帯。険しい山々や大地の傾斜、モンスターが出る為ドルドガーラに侵攻される事はなく。今は雪に彩られ、陽の光を浴びれば煌めく白銀の世界になっている。
厳しい環境の中、国の存在は無いものの村が点在している。その一つフルクランダムに近い山の麓にある村「ファーマソン」放牧や織物が盛んなのどかな場所。
そして、ガラガラと音を鳴らし、赤い提灯に「ら〜めん」と書かれた屋台を引く二人の男。
片や黒いダウンジャケットを羽織り、ジーパンとスニーカー。金髪の中肉中背で、猫背の軽そうな感じの男。
もう一人は茶色のコートを纏い、紺のカーゴパンツにトレッキングシューズ。背は高く黒髪は程々の長さ、細くは見えるがしっかりとした身体つき。整った顔の右側には、額から頬にかけて縦に入った傷と銀縁の眼鏡。
「へっ、へっ、へーくしょい!!」金髪の男が盛大にくしゃみを放つ。
「おいおい、大丈夫かいヤス? ここは俺に任せて帰っ……」
「いや!大丈夫です兄貴! 寒さにゃ負けません……っでっくしょいー!!」
ヤスの空元気を微笑みながら聞き届けると、屋台の向きを変え帰路につく。
「もういい、帰るぞヤス。身体ぁ壊しちゃ何にもならねえよ」
「あっ、兄貴〜。でも、稼ぎの方がからっきしじゃ……」
ヤスの心配を他所に、屋台を引き始め兄貴と呼ばれた男は言葉を掛ける。
「姉御も言ってたじゃねえか、自分の道を好きに歩けってな。それともヤス、お前ぇは俺が道を踏み外すのを良しとすんのかい?」
背中越しに掛けられた言葉は諫めると言うより、慈愛に満ちたものであった。それを感じたヤスは屋台の前に出ると、頭を地面に擦り付ける。
「すいやせん兄貴! 九重 竜吾の顔に泥ぉ掛けるとこでした!」
「おいおいヤス、頭上げな。わかってくれりゃそれで良い。雪も降ってきた事だしよ、早く帰って身体温めな」
ヤスは立ち上がると再び屋台の後ろに回り推し始める。やれやれと少し呆れた竜吾は視線を前に向け帰路につく。
少し進んで寂れた商店街の通りに差し掛かる。此処には村唯一のギルドがあるが、雪が降り始めているのもあって人影はない。
そして、ギルドの前を通り過ぎようとしたところで、扉が勢いよく開き二つの人影が投げ出される。
「何すんだよ!! マリア姉ちゃん!大丈夫?」
「大丈夫よレーン、貴方は大丈夫なの?怪我はない?」
震えながらも、お互いを労わりあう姉弟が路地の上で蹲っていた。更に追い討ちを掛ける様にギルドの扉の方から声が掛かる。
「ケッ、とっとと失せなぁ。金のねえ奴に依頼なんか出来ねえんだよ!」
若い冒険者が姉弟に吐き捨てる様に言葉を放つが、これに負けじとレーンが言い返す。
「そんな事言って、弱いから無理なんだろ! 出来ないんだったらそう言えよ!」
「なんだと! この餓鬼! 優しくしてりゃいい気になりやがって!」
冒険者は腰のショートソードに手を掛け、姉弟に歩み寄る。レーンはその様子を震えながらも、マリアを庇いながら睨みかえす。竜吾はそのやり取りを見て静かに呟く。
何とも威勢の良い坊っちゃんで、向こう見ずにも程があるでしょうに……ですが、嫌いじゃ無いですぜ。
そう言うと両者の間に入る様に歩き出す。冒険者がショートソードを鞘から抜こうとした瞬間、柄頭が竜吾の掌に押され刀身は鞘に戻された。
「てめえ!何しやが……」
「兄さん、此処らでお辞めになっちゃ如何ですかい?」
冒険者は睨みつけるが、竜吾の眼鏡越しに見える鋭い瞳に息を呑む。そして、まだ剣を抜く事を諦めない冒険者を他所に、尚も続けて言葉を掛ける。
「あっしも此処に来て間もありやせん。兄さんたちにも筋ってものがありましょうが、子供相手にエモノを抜いちゃぁ人の道踏み外しちまいますぜ」
「チッ、てめえらもう来るんじゃねえぞ!」
力を込めて剣を抜こうとしたが敵わなかった。戦意を消失した冒険者は、捨て台詞を吐いてギルドに戻って行く。それを見届け姉弟に視線を向けると、安心したのか姉弟は抱き合い涙ぐんでいた。
「坊ちゃん達、怪我の具合はどうですかい?」
竜吾が声を掛けると、まだ落ち着かない中マリアが返事を返す。
「すいません……有り難うございました、それでは失礼します」
踵を返しこの場を去ろうとするが、地面にへたり込んでしまう。どうやら膝に怪我を負ってしまった様で、レーンは心配して駆け寄る。
「姉ちゃん! 無理しちゃ駄目だよ!」
「大丈夫だよレーン、ちょっとよろけちゃっただけだよ……」
竜吾は静かに歩み寄り目の前で止まると、しゃがみ込みマリアの膝に視線を移す。少し深めの傷からジワジワと、滲み出るように出血をしている。
「ヤス、屋台から救急箱とって来てくれねえかい」
「へい!解りました兄貴!」
屋台から救急箱を取り出すと、竜吾の元に駆け寄るヤス。それを受け取ると中から包帯と消毒液を出し、マリアの顔に視線を移す。
「お嬢さん少し沁みやすが、勘弁してやって下さい。あっしら魔法が使えねえもんで」
そう言うと消毒液をシュッと傷口に吹きかけると、マリアは痛みが走ったのか表情を歪めた。それに気付きながらも手早く包帯を巻くとヤスに声を掛ける。
「少々酷な話かも知れねえが、屋台を頼まれてくれねえか?」
「へい! 解りました兄貴!」ヤスの力強い返事を受けマリアにコートをかけると、背中と膝の裏に手を回し抱き上げる。
「お嬢さん方のお宅はどちらで?」顔を赤く染めたマリアに言葉を掛けると、次第に表情が曇りだした。
「家はモンスターに壊されたんだよ、お父さんもお母さんも……」唇を嚙みながらレーンが答える。
「そんな事情があったんですかい。立派なもんじゃありやせんが、家に来ますかい?」
「いいの?」レーンの言葉に微笑みながら頷くと「あっしらも苦労しやしたからね」そう言葉を返し家に向かい歩き出した。屋台を引くヤスを気遣いレーンは後ろを推し始め、帰路は微笑ましい雰囲気に包まれた。
切った張ったは、もう勘弁して貰いてぇもんです。姉御の言う様に自分の好きに歩むにゃ、こちらの世界も渡世に厳しいようで。
目の前に広がる銀世界を眺めながら、竜吾は心の中で呟いた。