昼下がりのギター。
朝目覚めて、部屋を見渡し、そこで昨夜まで一緒にいた人がいないことに気づいたときの寂寥感は、ハンパない。
それがセックスした次の日の朝なら、余計にさみしくなる。男ならベッドに寝転がったまま、とりあえずスマホの通知を確認して、それから昨夜の出来事を振り返って見るに違いない。「彼女は仕事に行ったのか?」「家に帰ったのか?」「ひょっとして、おれは昨夜ひどい事を口にしたか?」などなど。とにかくその女の事情がわからなければなおさら、30分はベッドから出られないはずだ。喫煙者ならここで、タバコの一本や二本、火をつけて吹かすだろう。
とはいえおれが昨夜一緒にいたのは地元の同級生で、男で、お互い性的対象は女だった。つまり普通に友達と宅飲みしていたけど、そいつはおれが午前11時くらいに目覚めると、とっくに帰っていた。まあ、二週間に一回は会っているから、別に大したこともない。そんなに大事な夜でもなかった。いつも通り、酒飲みながら、お笑い芸人の話とか、映画の話とか、ダラダラ語り合っていた。
それでも! おれは一人きりの朝、なんともいえない寂寥感に襲われる。そしておれは寂寥感に包まれたまま、MacBookと向き合っている。
コップに飲み残した、竜馬がゆく(日本酒)をグイッと飲み干した。気持ち悪い。ただでさえ安酒なのに、朝に飲んだら余計に気持ち悪くなる。でもどうでもいいんだ。だって、今日は仕事も何もないし(というか働いてないし)、誰とも会う予定がない。おれがゲロ吐いて苦しんでも誰も気にしない。それが都市生活の一人暮らしってもんだ。
おれはタバコに火をつけた。起きてから1時間もたってないけどもう5本目。おれは立ち上がって、台所に行き、冷蔵庫から卵とウインナーを取り出して、フライパンで炒めた。それから塩胡椒で味付けした。昨夜の鍋で残った白菜もポン酢に付けて皿に盛り付ける。これらをアテに、缶ビールをさっそく飲み始めた。まだ昼過ぎだ。
親父はおれが一人暮らしをする前に二つのアドバイスをくれた。
・寝たばこはするな
・昼酒はクセになるから注意しろ
おれは全部守らなかった。
火災保険に入ってないからアパートで家事が起きたらおれはもうお終いだ。と言っても大事なものなんてほとんどない。
缶ビール二本飲んで、いい感じに酔ってきた。むなしいほど陽気な気分になる。酒は身を滅ぼすとは、滅んだ時にしか気付かないのだろう。おれはすこぶる元気だ。おれはスウェットの上にジャケットを羽織って、セブンイレブンに行った。ハイライトと缶ビールを4本買って、家に戻った。また金がへる。
アパートの真上の階から、ギターの弾き語りが聞こえてきた。
おれがこのアパートに引っ越す前から住んでいる男の弾き語りで、彼の顔は何度か見たことがある。普通の30代の青年って感じで、喋ったことはないけど、アルバイトして生計立てているんだろうなと思う。その男は、昼夜を問わず、けっこう大きめな音で、弾き語りを始める。秦基博とボブディランを足して二で割った感じのミュージシャンだ(このたとえで分かるな?)
おれはビール片手に、彼の弾き語りに聴き入った。
「いつも歌聞こえてきます。とっても良いと思います」とおれ。
「ありがとうございます。恐縮です」とギター弾き。
「よかったら今度飲みに行きませんか?」
「ぜひとも」
こうして俺たちは酒場で意気投合して、芸術話に花を咲かせた…。やがて、二人はお互いのジャンルで成功を納めて、将来はおれが監督した映画に、彼が音楽をつける……。
なんてことがあれば良いのに、と思うけど、実際は挨拶しか交わさない関係だ。自分の人見知りのヒドさに憂鬱になる。彼の弾き語りは、正直売れるとは思わんが、なかなかいい感じのシンガーソングライターだと、おれは思っている。
少なくとも、駅前で誰かが作った歌ばかり弾き語る奴らよりはよっぽどマシだ。この間も高円寺の駅前で、若い女が椎名林檎の曲ばっかり弾き語りしてたが、そんなことするなら椎名林檎をでかい音で流してくれた方がよっぽど良い。人前で歌うなら、自分の思いをぶつけたれや! とおれは思う。
歌うたいは、歌う。
♩君にはもう会わないことに決めたから 僕は旅に出るよ〜
静かなおれの部屋に、軽やかなギターと歌声が響き渡った。
いつまでこんな生活続けてるんだろうと、おれ自身たまに思うことがある。晴れの日も風が気持ちいい日も、おれは外に出たくない。まるで梅雨の気分。外に出たらいつも、ジメジメした雨の日みたいな感じがする。
おれは人脈とか、人との繋がりなんかもどうでもいい。クソ喰らえだ。仕事を通して繋がる人間関係なんてのも、吐き気がする。おれはおれを思ってくれている何人かの友達と家族が幸せならそれでいいし、たまにセックスできりゃそれで最高だ。
それでこの先まともな未来があるだろうか? とたまに思う。
昼酒で酔っ払い、意識は飛んで、ゲロ撒き散らして、あてもなく彷徨う、23時、薄汚い野良犬、浮浪者、路上に投げ飛ばされた缶ビール、タバコの吸い殻、やたら多い自販機、売り切れのコカコーラ、廃れたラブホ街、「今夜ホテルに泊まろうよ」と酔った男の臭い息、「ダメよ」と笑う女から漂う香水の匂い。
煮え切らない夜、くそったれのネオン輝く夜の街。誰かの吐き捨てた唾、ゲロまみれの電信柱、売家の張り紙、5500万円、誰が買うねん、声にならない声が漏れる、白い吐息。「お兄さん3千円」「お兄さん良い女の子入ってますよ」騒がしい街、楽しそうな人々、クソ寒い北風、寂寥感、ほっつき歩くみすぼらしい男。それがおれ。どこにも行けない、行きたくない、何にもなれない、何にもなりたくない、死にたい、生きたい、死にたくない、このまま生きたくない、このまま夜が続けばいい、朝なんて来なくていい、このまま道で寝ちまって、目覚めなけりゃいい、そしたらさみしくなんかないだろう。
おれはどんどんドロップアウトしている気がして仕方がない。自分で自分を壊している。そしておれは壊すことを望んでいる。壊すことにある種の快感がある。壊れていくことで、生きている実感を初めて確かめることができる。パンクにもロックにもなれない中途半端なおれは今日も酒とタバコにしがみつき、なすこともなく日が暮れるのを、黙って眺めている。