リアル異世界脱出ゲーム
「脱出ゲーム」でなろうさん検索したら、100作以上あるではないですか。これは次の流行、来るか!?
目が覚めると、見たこともない部屋の中にいた。
「……あれ?」
手をついて起きあがると、その手のひらには毛足の短い絨毯の感触。
私は部屋を見回した。
えんじ色の絨毯、図書館のように平行に並んだ書棚、壁には絵画が掛かっている。扉は木の重厚なもので、表面には細かい模様が彫り込まれていた。
「教室移動の途中だったと思うんだけど……こんな部屋、学校にあったんだ。校長室かな」
私は立ち上がって、制服のスカートの裾を直す。
とりあえず、ここから出ないと。今は何時間目だろう。
扉に近づいて、私は目を丸くした。
「は? 何これ」
ドアノブが、ない。
これじゃあ、こんなしっかりした扉は開けられない。試しに押したり叩いたりしてみたけど、ダメだった。
もしかしてこれ、扉じゃないんだろうか。壁にくっついてるし、大きさや形が扉そのものだったからそう思ったけど、ドアノブがないなら違うのかも。
一瞬そう思ったけど、よく見ると扉のど真ん中に鍵穴がある。
「やっぱり扉か……変な扉。鍵があれば開くのかな」
私は部屋を振り向いた。
書き物机の後ろに窓がある。あそこから出られるかもしれない。
私は机を回り込んで窓に近づき──目を丸くした。
残念ながら窓ははめ殺しだったんだけど、それどころじゃない。
「な、なにこれ!?」
窓の向こうは、まるでテーマパークだった。
遠くに港があり、港から私のいるあたりまで赤煉瓦の町並みが続いている。私のいる建物はかなり高台にあるようで、高台の建物はみんな白亜のお城のような雰囲気。大小さまざまな塔、そのてっぺんに翻る三角の旗。
そして、空をドラゴンが飛んでいた。
「…………異世界だ……いや、待って、VRかも」
私はあわてて自分の顔を触ってみたけれど、ヘッドセットは被っていない。
「あっ、わかった! とするとあれだ、脱出ゲーム!」
私はようやく合点が行った。
最近、巷で流行っているのである、脱出ゲーム。リアル版のやつ。
脱出ゲーム自体は、以前からネットのゲームでよくやっていた。部屋とか建物とか、とにかくどこかの場所に閉じこめられた状態でゲームスタート。あちこちに隠された仕掛けや謎を解き、最終的に鍵とか、扉を開けるパスワードとかを見つけて脱出するのだ。
そんな脱出ゲームを、リアルに体験できるイベント施設ができたと聞く。ゲーム画面の中じゃなく、本物の部屋の中で謎を解いて、実際に脱出すればゲームクリアだ。
改めて、部屋を見回す。
ここは、そういう部屋に違いない。窓の外の景色は、演出のための映像なのだ。最近、学校の文化祭で脱出ゲームをやるところもあるというから、うちの学校で誰かが作ったのかもしれない。
「なるほどねー! はは、小説みたいに異世界トリップでもしちゃったかと思ったよ」
私は自分に呆れながら、制服のブレザーを脱いで書き物机の椅子の背にかけた。シャツの腕をまくる。
「よーっし、頑張って脱出するぞ!」
とりあえず、部屋の中をあちこち確認してみることにした。
窓のすぐ横には、美しいお姫様の絵がかかっている。立ち姿で、飛んでいる小鳥に向かってたおやかな手をさしのべていた。
「おー、美人。さて……」
こういう絵の裏に、何か文字が書いてあったり、メモがあったりするのも脱出ゲームのお約束なんだけど……
絵を外そうとしてみたけど、ガタガタ揺れるだけで外れない。残念、他をあたろう。
振り向くと、書き物机に引き出しが一つある。鍵はかかっていないみたい。
開けてみると、折り畳んだ紙が入っていた。紙を開いてみると、真ん中にこう書かれている。
『2ー16』
キタキター、数字! どこかに、数字合わせの南京錠とか、絶対あるよコレ!
私は紙を手に、ウキウキと『数字を使う何か』を探し始めた。
平行に並んだ書棚の間を抜け、奥に進む。洋書か学術書みたいな、シンプルで重厚な本ばかりに見えたけど、背表紙の文字はちゃんと日本語で、読むことができた。
きっと、この本の中にもヒントがあるんだろうなー、セオリーだよなー。
書棚の向こうは読書スペースなのか、少し広くなっていて、ローテーブルとソファーがあった。
そして、なんと。
部屋の一角、床の絨毯を貫いて、一本の剣が突き立っていたのだ。
「うわ、ファンタジー! 豪華な剣!」
勇者が魔物を倒すときに使いそうな、立派な剣だ。房飾りとか、宝石とかがついている。
「脱出ゲームでこんなのがあったら、とりあえず抜いてみなくちゃね」
私はひょいっと束を握り、引っ張ってみた。
抜けない。両手で引っ張ってもダメだ、びくともしない。
「とすると、これを抜くための何かがどっかにあるんだ」
ふぅ、盛りだくさんだなー。
今度は、違う書棚の間を抜けて、机の方に戻って行ってみる。
ふと、一番壁際の書棚を見ると、本の背表紙の下側に整理番号のラベルがついていた。
『6ー43』『6ー44』『6ー45』……
「あっ」
私は、さっき書き物机で見つけたメモを開く。
「2ー16……これが整理番号だとしたら」
壁際から二番目の書棚を見ると、『5ー10』『5ー11』……と番号が振られていた。それと背中合わせの書棚は、『4ー10』『4ー11』。
最初の数字が、本棚を表してるんだ!
6の本棚は、窓のある側の壁にくっついている。私は反対側、扉(?)のある側の壁にすっ飛んでいった。
壁際の書棚が『1』。その向かいの書棚が『2』!
「2ー16、2ー16……あった!」
皮の表紙に金の模様。古ぼけた感じが実に凝っている。
取り出して表紙を見てみると、こう書かれていた。
『勇者の書』
「はいキタ勇者キタ、さっきの剣ね!」
私は本を手に、さっきの床に突き立った剣のところまで行った。
ファンタジーでよくあるじゃない、まことの勇者しか抜くことのできない剣って。この本をうまく使えば、剣は抜けるに違いない。
「えーと、どうしたらいいのかな」
剣の前で本をパラパラめくっていると……
いきなり、本が白く光り始めた。
「えっ」
驚く私の目の前で、本が宙に浮かぶ。
風もないのにパラパラとページがめくれ、一カ所で止まり──
そのページから、青く光る魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣が、剣の束に輝く宝石に吸い込まれていく。宝石がキラリと光る。
白く光る本は閉じられ、私の手の中に戻った。光も、消える。
「…………」
目の前には、宝石を青く輝かせた、床に刺さる剣。
おそるおそる、手を伸ばして束を握り、引いてみた。
するり、と何の抵抗もなく、剣は抜けた。
「…………すっごい仕掛けだなぁ……こんなのどうやって作るんだろ……」
私はとりあえず本をテーブルに置くと、その重い剣を掲げてみた。刃に触ったら本当に切れそうで、怖い。
「剣、何に使うんだろう。やっぱり、何かを切るのかな」
持ち歩くと危なそうなので、いったん部屋の隅の、剣を抜いた場所の近くに立てかけておくことにした。
「ん?」
……剣を抜いた拍子に、絨毯の角がめくれてしまっている。
絨毯の下は石畳なんだけど、その石に何か刻まれているようだ。私はかがみ込んで、大きく絨毯をめくった。
石に刻まれていたのは、『3、5』。
「また数字だ。3と5……」
……他にも、床に何かあるのかな。
私は、読書スペースのもう一方の角に行ってみた。そこの絨毯をめくると、果たして、文字が。
『鳥 2』
鳥?
「あ!」
私はダッシュで書棚の間を抜け、書き物机まで戻った。
机の後ろ、窓の横にかけられた絵画の前に立つ。
美しいお姫様が、小鳥に向かって手をさしのべている絵だ。小鳥は、絵の左上に描かれている。
この部屋を絵画と重ね合わせてみたら、どうだろう。石畳に『鳥 2』とある場所が絵の左上だとすると、『3、5』は右上?
私は、あと2カ所ある部屋の角の絨毯を、それぞれめくってみた。すると、『鳥 2』の対角にあたる石畳には『6』、『3、5』の対角には『1、4』。
1から6までの数字が揃ったぞー!
私は絵のところまで戻った。
絵は、真ん中を壁に取りつけてあるのか、壁からちょっと浮いている。
「ええと、1は左下……」
私は絵の左下を押した。絵は奥に傾く。手を離すと、元に戻った。
「2は左上、3は右上」
私は石畳に刻まれた数字の順に、絵の隅を押していった。4は左下、5は右上、6は右下。
全部押し終わったとたん、カチッ、と音がした。
カラカラカラ、と軽い音を立てて、絵が横にスライドする。
絵の裏には、くぼみがあり──
そこに、銀色の鍵が光っていた。
「やったー!」
私は嬉々として鍵を手にすると、天に向かって掲げた。
「鍵、ゲットー!」
ドアノブのない扉に近づき、中央の鍵穴に鍵を差し込む。
そのとたん、扉の模様だと思っていた彫刻が、赤く光って浮かび上がった。魔法陣だ。
すーっ、と、扉の存在が薄くなっていく。消えていく。
すごいな、最初に触った時は堅かったのに。どうなってるんだろう。
そして、ぽっかりと開いたそこには、私の通う学校の廊下が延びていた。キーン、コーン、とチャイムの音が響いている。
「だっしゅほーい!」
リアル版脱出ゲームの成功者が決まり文句にしているという言葉を高らかに宣言すると、私はブレザーの上着を回収し、軽い足取りで廊下に出て行った。
「なかなか面白かった! でもちょっと作りが甘いかなー、だってたまたまどこかの絨毯をめくって数字に気づけば、剣を抜かなくても右上の絨毯裏の数字は予測できちゃうもんねぇ。そしたら、『勇者の書』も書き物机のメモもいらないじゃん」
この脱出ゲーム、もし本当に文化祭とかでやるなら、もっと難易度が高いのをやりたいな!
私の後ろで、音もなく、再び扉がすうっと現れて閉まった。
☆ ☆ ☆
「…………」
ドレス姿の、美しい女性が、閉まった扉を睨みつけている。
その顔は、この部屋の中にかかっている絵画──小鳥に手をさしのべた姫君の絵の女性にそっくりだ。この絵のモデルなのだろう。
「王女殿下」
彼女の後ろから、黒いローブを着た男が呼びかけた。王女、と呼ばれた女性は振り向くことなく、扉に向かってパチ、パチ、パチ、とゆっくり拍手をする。
「見事。記念すべき十人目の脱出者ね」
「脱出させてしまってよかったんですか? そろそろ一人は捕らえて、こちらの世界に残さないと」
「わたくしは!」
キッ、と王女は男を振り向く。
「賢しい子はいらないの! バカが欲しいのよ!」
「それはそうでしょうが、もう十人目……」
言いかける男の言葉に被せるようにして、王女はまくし立てる。
「この『力試しの部屋』のアラを見つけて意見するような子じゃダメよっ。バカで、無能で、こんな部屋程度でも脱出できなくて、異世界からの聖女として流されるまま、わたくしの傀儡になるような娘じゃないと使えないでしょうが!」
王女は爪を噛む。そして、男に命じた。
「魔導師! 間抜けが引っかかるまで、召喚は続けなさい! ……でも悔しいから、部屋の四隅の数字のアレは見直すことね!」
「か、かしこまりました」
魔導師は頭を下げる。
王女はぷんすかしながら扉に近づくと、宝石のはまった金の鍵を鍵穴に差し込んだ。すうっと扉が消え、美しく磨かれた大理石の廊下が現れる。
「全くもう。わたくしを美人と評したところは見どころがあるけれど、見どころのある子じゃダメなのよ」
ぶつくさ言いながら王女が出て行って、扉が閉まる。
魔導師は頭をかきながら部屋を見回した。
「しょうがない……また作り直すか」
【リアル異世界脱出ゲーム おしまい】