異世界をダイスの力で駆け抜けろ
「戦士ライジングはここでどうする?」
「俺は仲間をかばうぜ。スキル〈ハウリング〉発動!」
ゲームマスターの問いかけに対し、俺は戦士らしく傷ついた仲間をかばい〈ハウリング〉を宣言した。
「じゃあ、ダイスを三つ振ってもらえるかい。〈ハウリング〉は体力と精神力を足した値を2で割った数値以下が成功となるから」
ええと、俺のキャラの精神力は15体力は17だから合計32で割って16か。余裕だな!
「っと、先に言っておくけど、666の18が出たら問答無用で大失敗だからね。ペナルティーを与えるよ。声が大きすぎて喉が枯れてしまい、暫く声が出なくなるからそのつもりで」
「わかってますよ。18も17もでませんって。とうりゃああああっ!」
「それフラグだよ、九頭竜くん……」
僧侶役の三木間さんが何か言っているが、そんな失敗を犯す俺じゃない。
さあ、運命のダイスの結果は!
「6、6、5の……17だとっ!?」
「はい、失敗」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺の〈ハウリング〉はレベル2なので二回振れますよね」
「おっ、ちゃんと覚えていたか。ちっ」
舌打ちするな、ゲームマスター。
このTRPGはスキルレベルの値だけ失敗しても振り直しが可能となっている。無理してレベル2まで上げておいた甲斐があった。
「じゃあ、もう一度いきますよおおおっ!」
「はーっ、今日は楽しかったな。ゲームマスターの木之元さんも喜んでくれていたし」
初めてする〈デッドオアダイス〉というTRPGのゲームのセッションに参加させてもらったが思ったよりも面白かった。
TRPGというと最近では動画投稿サイトで火がついて、ブームが起こっているゲームのことだ。ゲームと聞くとテレビゲームを連想する人が多いだろうが、これは人と人とが集まって遊ぶ古くからある遊び。
略さずに言うとテーブルトークロールプレイングゲーム。ダイスと紙を使って対話して楽しむのだが、コンピューターの代わりに場を支配しているのがゲームマスターと呼ばれる存在だ。
この人がゲームの進行から、プレイヤーキャラ以外のノンプレイヤーキャラや敵までも一人で演じ操作しなければならない。
プレイヤーもダイスで能力を決めた自分の分身であるキャラクターを演じるのだが、TRPGの最大のハードルがこのキャラになりきれるかどうかだ。
初めは照れてしまって、たどたどしくプレイする人が多いのだが、俺はこういうノリは嫌いじゃないので吹っ切れてプレイしたのが好評だったようで、ゲームマスターの木之元さんも喜んでくれていた。
次のセッションにも是非参加してくれと頼まれたぐらいだ。
「今度はどんなキャラで挑もうかなー。知的な魔法使いも悪くないよな」
浮かれ気分のまま、古びたアパートの一階左端の部屋の前にたどり着いた。1LDKの小さな我が家にご到着か。
って、あれ? 扉の脇の郵便ポストに封筒入っているな。公共料金の支払いは済ませたはずだけど、怪しい商品の広告でも入っているのかね。
不審に思いながらも黒の封筒を抜き取り、狭いながらも憩いの我が家の扉を開けた。
「もう遅いから風呂面倒くせえ。でもなぁ、外出したし……湯を張っておくか。風呂は昨日抜いた時に洗ったよな」
浴槽にお湯を流し込んだまま放置して、上着をいつもの場所にひっかけてそのまま寝ころぼうと思ったのだが、黒い封筒が目に入ったので中身を確認することにした。
封筒の宛先は俺の住所で間違いないが送り主が書いてない。おまけに黒の封筒に赤い字で書き込むかね。インパクトはあるけどイメージ悪いぞ。広告だとしても、こんなところの商品なんて買いたいと思わないだろうに。
そう思いながらも豪快に封を切ると、中には折りたたまれた一枚の紙が入っていた。
「あれ、これってプレイヤー用紙だよな。それもさっき遊んだデッドオアダイスの……」
もしかして、次回のお誘いかな。プレイヤーキャラもう一人作っておいてってことか。この封筒も次のゲームのための演出とかだったら、凄い凝りようだな。
「風呂待つ間は暇だし、新しいキャラ作ってみるか」
そう思い書き出す直前、封筒から紙の端が出ているのに気付いた。もう一枚、別の紙が入っていたのか。えっと、なになに。
「貴方は異世界に送られることが決まりました。それは自分の分身となるキャラなのでよく考えて制作してください。って、ほおおぅ、これは面白い企画だな」
なるほど、現地人ではなく異世界に飛ばされた日本人というシチュエーションで次やるのか。だったら、俺もプレイヤーとして自分好みのキャラを制作させてもらおう。
体力、精神、筋力、知能、器用、集中力、素早さ、運だよな。じゃあ、ダイスを振りますか。
手になじむ漆黒のダイスを三つ振り、その合計を順に書き込んでいく。これって、人が見てないと思って数値を誤魔化す人がいるが、そういうのは嫌いだ。
ランダム性で能力が決まるのが楽しいのであって、手を加えるのは邪道だと思っている。
全部降り終わった結果は――。
〈体力〉 10
〈精神力〉 6
〈筋力〉 16
〈知力〉 6
〈器用〉 7
〈集中力〉13
〈素早さ〉12
〈運〉 16
となった。運のいいムキムキマッチョじゃないか。知力と精神力が低すぎる。魔法使い系は無理だな、あきらめよう。体力ってHPのことだからもうちょい欲しかったな。器用も低いから攻撃を当てるの難しいか。
まあ、運があるからいざという時は運頼みだ。
さてと、後はスキル選びするかな。前衛キャラだと〈回避〉は必須。あれないと避けるときに〈素早さ〉〈運〉を足した値÷2から更に2を割った数値になるから。
ってことで〈回避〉を2レベルだな。命大事に。
次に攻撃方法だけど武器のスキルを何にするか。あの紙には異世界に送られると書いていたから、下手したら素手で飛ばされる可能性も高い。武器のスキルを選んだのはいいけど、その武器があるとは限らないと。
そう考えると、素手系のスキル取るか〈殴り〉〈蹴り〉〈肘打ち〉が覚えられる〈ムエタイ〉。
もしくは〈殴り〉のみだけど〈回避〉に補正がかかる〈ボクシング〉。
うーん〈総合格闘技〉は〈殴り〉〈蹴り〉〈肘打ち〉〈膝打ち〉〈組み付き〉〈締め〉もあって強いけど、ポイント消費が多いんだよな。他のスキルも取りたいし。
あとは〈空手〉〈柔道〉もあるけど、ルールブックもう一度確認しよう。
何度も目を通したルールブックを開き、戦闘スキル欄を調べる。
「あれ、まだこんなにスキルあったっけ? ページがくっついていたのかな、しまった。こんな面白そうなスキルを大量に見逃していたなんて」
素手戦闘にはまだまだ種類があって〈骨法〉〈カポエラ〉〈サンボ〉〈古武術〉〈喧嘩殺法〉〈合気道〉等々、豊富すぎるスキルの数々に目移りしてしまう。
あれ、武術を選ばなくても技を単体で取るのもありなのか。自分で技を組み合わせて新たな格闘技を構築するのも悪くないな。
あれこれ考えている間に風呂が溜まったので、お湯を止めておく。キャラを作り終わったら風呂に入ろう。
他のスキルも考えてキャラシートが全て埋まったのは、それから二時間後だった。
我ながら考えすぎたな。だけど、満足いくキャラが出来上がったぞ。
俺の選んだスキルは……これだ!
◆スキル◆
忍び足 (10)レベル2
聞き耳 (12)レベル2
回避 (14)レベル2
受け流し(12)レベル2
幸運 (16)レベル3
投擲 (10)レベル2
心理学 ( 8)レベル1
殴り (命中10 威力2D+4)レベル3
蹴り (命中10 威力3D)レベル2
投げ技 (命中12 威力1D+5)レベル2
無難にまとめた感があるが、何があるかわからない状況に放り込まれた場合、基本を押さえておくのが大切だろう。
ちなみにスキル名の後ろの()内の数字はダイスの目がそれ以下なら成功だという数値になっている。
例えば〈忍び足〉だと〈器用〉〈集中力〉〈素早さ〉を足した数字を3で割り、小数点以下を切り捨てた値だ。
スキルによって影響するステータスが変わるので()内の数値がバラバラになっている。
盗賊っぽいスキル選びだがどちらかというと格闘家に近いだろうか。武器系のスキルを選ばなかったので基本無手で戦うことになるだろうし。
回避能力と運の高さを生かして、避けて殴るか投げることを主体にやるしかない。
こういうキャラは単独行動や逆境で強いので、ワイルドな感じの性格がいいかもしれないな。
性格はまた明日練ることにして、風呂入って睡眠取りますか。
外からやけに鮮明な鳥の声がする。
意識が徐々に覚醒してきてはいるが、まだ眠いので瞼を開く気になれない。
昨日窓を開けて寝たのだろうか。音もそうだが濃い緑の匂いまでしてきたぞ。それに少し寒いってことは……窓開けっ放し確定だな。
あーくそ、もうちょっと寝たいけど起きるか。
目を開けるとそこは森林だった。
目が覚めたと思ったらまだ夢の中というオチ。
ええと、草が生い茂る場所で俺は寝ころんでいるのか。周りには異様に背が高い木々が見える。枝葉の隙間から日の光が差し込み、目に優しくない。
「よっこらしょっと」
上半身を起こしてみるが、なんというかリアリティーのある夢だな。普通夢ってもう少し曖昧で感覚はないはずなのに、手のひらに広がるのは露に濡れた雑草の確かな感触。
鼻孔に潜り込む青臭い葉の匂い。
「リアルな屋外だな、これは」
この状況下で夢だと思い込むのは無理がある。
でも、なんで森の中で俺は放置されているんだ。昨日は風呂に入って寝て……寝て……目が覚めたら、こんな場所。
誘拐? かわいい女性でもなく幼い子供でもない男を誘拐するバカは、いないよな。
あー、落ち着いて冷静なふりをしているけど、ドクンドクンと鼓動がうるさい。情けないことに手足もかすかに震えているし。
「くそっ、どうしたらいいんだ」
地面に叩きつけた手が痛い。やっぱり、現実だ。この痛みが夢なわけがない。
だとしたら、ここはどこだ?
森の中だし、自然あふれる場所ってことは田舎の山奥とかか。いや、都会から一歩離れた場所でも、こんな場所ってあるか。
俺みたいな大人の男を運ぶとなると車、それも道路沿いの可能性が高い。今は静かだが耳をすませば何か音が聞こえてくるかも。
深呼吸をして鼓動を少し落ち着かせて、耳をす――、
『聞き耳の成功値は12です』
ん? 今頭の中に変な声がしたぞ。
えっ、なんで目の前に黒い六面ダイスが三つ浮かんでいるんだ。ど、どういうこと?
あ、あ、あれっ、体がピクリとも動かない……それどころか、少し離れた場所に空から舞い落ちてくる途中の葉っぱが、何もない空中で停止している。
周囲を見回す……いや、首も眼球も動かない。見える範囲だけだけで判断するしかないけど、風で揺れていた雑草がピクリとも動いていない。
もしかして、時が止まっているのか……。訳のわからない状況で、更に混乱する出来事が押し寄せてきた。
『聞き耳の成功値は12です』
うっさい。脳内に響くこの声どうにかしてくれ。
この言葉の意味は理解不能……というわけじゃない。これって、俺がやっていたTRPGのシステムとそっくりというか同じだ。〈聞き耳〉の数値も俺がキャラシートに書き込んでいた値と一致する。
そして目の前のダイス。つまり、これを振って12以下の目を出せば成功ってことか。
ゲームかっ! と突っ込みたかったが声が出ない。
『聞き耳の成功値は12です』
わかってるよ! って、どうやってダイス振ればいいんだ。
じっとダイスを見つめていると、なんとなく動かせるような気がしてきた。意識を集中してみると、ダイスが左右に揺れる。
おっ、動かせそうだ。じゃあこれを地面に投げ落とすイメージで……振る!
黒いダイスが三つ落下していくが、地面に到達する前に透明の板でもあるかのように、ダイスたちが空中で跳ねる。そして、カラカラと乾いた音を立て転がると……ピタリと止まった。
ダイスの目は――11。
ギリギリセーフ!
『耳に草木の葉が揺れる音が届き、微かにだが獣の声もするようだ。残念ながら車の音は全く聞こえない』
脳内音声の説明までTRPGっぽいぞ。
車の音がしないのか。この変な能力と状況からして、期待はしてなかったけど。
「森の中で一人ぼっちで、聞き耳をしようとしたらダイスロールが始まった……正気だよな、俺?」
『心理学の成功値は8です』
またかいっ! 唐突に始まるな、これ!
体は動かないし、ダイスは浮いているし、振れってことだよな、やっぱ。
振らないと話が進みそうにない。もう、どうにでもなれ。
ダイスの目は14か、失敗だな。
『自分が正常かどうかよくわからない』
でしょうな! 正直、自分でも怪しいと思っているよ!
ああもう、なんなんだ。冷静になりたいけど、次々と襲い掛かってくる疑問の暴風雨に対応が間に合わない。
頭を掻きむしって絶叫上げたい気分だよ!
『集中ロール成功値は13です』
くると思ったよ! 集中力の数値以下を出したら落ち着けるってやつだよな。知ってる知ってる……失敗したらどうなるんだ?
ゲーム内だとパニック状態になって落ち着きがなくなり、暫くの間はダイスロールが全て2マイナスだったよな。
あっ、これ失敗できないやつだ。
この状況でパニックになるのは危険すぎる。頼むぞ、俺のダイス運!
念を込めて放つダイスが示した数字は……4。おおっ、成功したぞ。
頭から血がすっと引いていくのがわかる。興奮も冷めて、鼓動も落ち着きを取り戻した。成功してよかったよ。これで冷静に物事を考えられそうだ。
まず、現状は森の中らしい。そして、昨日の晩考えたキャラシートの能力がそのまま使える。ということは、身体能力も同様になっていると考えるべきか。
……マジでぇ。いや、もう、信じるしかないよな。サイコロを振って能力が使えるってことは、そういうこととしか思えない。
もしくは、知らぬ間に精神が追い詰められていて、妄想の世界の住民になってしまったか……こっちの方が現実的なのが、嫌だなぁ。
でも、少し冷静に考えると、森から脱出したら人生バラ色じゃないか?
こんな超能力みたいな力が使えたら人生がかなり楽になる。この展開がわかっていたら、もっと実生活で実用的なスキルを取っておくべきだった。
「とりあえず、スキルを活用して森を抜け――」
立ち上がった直後、木の枝が揺れる音が耳に届く。
思わずその方向に振り向くと、大木の後ろから一体の変なのが現れた。
身長は俺と同じぐらいということは百七十ちょい。筋肉の浮き出た鍛え上げられた体が一目でわかるのは、赤黒い肌の露出が多いからだ。
というか衣類はボロい布を巻きつけた腰巻のみ。それだけなら、変人で済ませられるかもしれないが、額から一本の角が生えて、巨大な単眼の人間を俺は知らない。
「ひっぅ、鬼……?」
呼吸が乱れ、一度落ち着いた心臓がまたも暴れだす。
『集中ロール成功値は13です』
はい、キター! でも、今はこのダイスロールがありがたい。時間が止まっているから、普通に落ち着く時間が稼げるし、状況を把握できる。
『ダイスロールまでの制限時間は三十秒です』
……マジですか。さっき、そんな予告なかったよな。
ああ、時間制限ありとなると、このまま一時間ぐらい稼ぐ予定が台無しだ。これって、ダイス振らないと、自動的失敗とかが待っている流れか。
試してみる気にはなれない。ダイス振るぞ!
ダイスの目は――7。よーし、セーフだ。今日はダイス運がいいみたいで助かる。ゲームと違ってリアルだと一度の失敗が命取りになる。
あれほど騒いでいた鼓動も落ち着き、頭がクリアーになっていく。
口角がつり上がった大きな口に、ずらっと並ぶ嚙み合わせ悪そうな鋭い歯。口の端から涎がボタボタと零れ落ち続けている鬼が、実は温和で人懐っこいというオチはないだろう。
手にした錆びの浮かび上がった両刃の剣は、きっと以前に襲った人から奪った物だと思う。あの剣を製造できる知的生命体が腰布一枚なわけがない。
「初めまして、日本語わかりますか?」
とはいえ、人を……化け物でも見た目で判断してはいけない。話の通じる人だという可能性も捨てがたい。
「…………グアウ?」
小首を傾げているな。これは言葉通じたのだろうか、それとも意味がわからないという仕草なのか。
『心理学の成功値は8です』
っと、〈心理学〉で言葉が通じているか表情から読み取れるのか。
ダメで元々、やってみよう。
ダイスの目は8か! おっ、成功値が低いのにいけたぞ。
『何を言っているのかわからない、といった感じで小首を傾げているように思える』
通じてなかったか。となると、正直逃げるべき場面だよな。
じりじりと後ずさりするが、単眼の鬼は大きな歩幅で歩み寄ってくる。
背中を向けて逃げるべきか、それとも戦うべきなのか。俺にはスキルがあるから、戦えないということはないだろうが……相手は見た感じ雑魚ポジションとは思えない。
迷っている間に単眼の鬼は走り出し、俺との間合いを一気に詰め錆びた剣を振り上げた。
ああもう、腹をくくるぞ!
もう一歩踏み込めば相手の剣の間合いに入ると思った瞬間――鬼の動きが止まった。
『単眼の鬼の攻撃。攻撃成功値は11』
んん? もしかして、相手の攻撃もTRPG風に処理されるのか!?
戸惑う俺の前に赤いダイスが三つ現れる。あれが、敵のダイス……。
俺のように迷うことは一切なく、ダイスが振られる。コロコロと見えない板の上を転がり、出た目の数は16だ!
よっし、相手の攻撃は外れたってことだよな!
どんな力強い攻撃でも当たらなければなんてことはない。よーし、次は俺のターン――。
と思ったのに、またも赤いダイスが現れると放り投げられる。
えっ、次は俺の順番……いや、そうじゃない。相手の攻撃スキルレベルが2以上あるってことか! だから、二度目のダイスロールが可能だったんだ!
再び命の危機にさらされた俺が祈りながら見守るダイスの目は……13!
よっしゃああああっ! また外れた! ダイス運が悪かったようだな、今度こそ俺のターン!
コロコロコロ……三度目のダイスの転がる音がした。
こいつ攻撃スキルのレベルが3を超えているのかっ!
三度目の正直とばかりダイスの合計値が4と出た。命中しやがったぞ。
時が動き出し、大剣が俺の脳天目がけて振り下ろされる。
「おおおおおっ!」
死ぬ、避けなければ、確実に死ぬ!
『素手で剣を〈受け流し〉ますか?』
受け流さねえよ! 腕切り裂かれるわっ!
こっちが腕に手甲でもしておけば受け流しも可能だけど、素手の状態でそんなことしたら成功しても腕に刃が突き刺さるだけだ。
『回避の成功値は14です』
取っててよかった、〈回避〉スキル!
頼むぞ、数値が悪くないので成功率は高い。今日のダイス運なら躱してくれると信じているぞ!
黒いダイスの合計は……17だ、と、いやいやいや! まだだ、レベル2だからもう一回ダイスを振れる。
今度こそ、今度こそは!
――15だと……。
あれを喰らったら死ぬ、絶対に死ぬって!
再び時間が動き始め――させん! 〈幸運〉を発動だ!
説明しよう〈幸運〉のスキルとは、ダイスの振り直しをレベルの数値分だけ可能にする能力だ。つまり、レベル3なので三回だけ振り直しが可能となる。
ここで、〈回避〉をやり直すぞ。まず〈幸運〉が発動するかのダイス。
これが成功しないと、そもそも振り直しができない。頼むぞ、俺のダイス運!
気持ち力強く放ったダイスの合計は……11か。まずは〈幸運〉が無事発動だ。更にもう一度相手の攻撃を躱さないと。
今度こそ、今度こそ、マジでお願いします、ダイス様!
TRPGを優しく見守っているといわれている、気まぐれで有名なダイス神に祈りをささげ、俺はダイスを振った。
三つのダイスが一つずつ動きを止めていく……5……2……1! よっし、合計8だから、回避成功だっ!
錆びた剣が俺の脳天に落ちる前に体が横に跳んだ。
勢いよく振り下ろされた剣は地面に深々と突き刺さっている。
あれが命中したらダメージロールありそうだけど、サイコロ五つぐらい振りそうだな……サイコロ運がよくない限り死ぬぞ。
だが今度は俺のターンだ。これで攻撃が通らなかったら、逃走を考えないと。
攻撃を終えた単眼の鬼に向かって、一歩踏み出そうとしたその時――、
『単眼の鬼の連続攻撃。攻撃成功値は11』
連続攻撃取得しているのかよっ!
まだ俺のターンはやってこないようだ。
役所の事務室を連想させるような、ありきたりな机と椅子がずらっと並んだ部屋で、一人の艶やかな黒髪をした女が、ノートパソコンの画面をのぞき込んでいる。
女性用スーツを着込んだ女の顔は思わず見とれてしまうほどに整った顔で、前髪を真っすぐに切りそろえた髪型も相まって、日本人形のようなイメージを抱かせる。
女が熱心に見ているのは画面に映る男と鬼との戦い。一見、CGにも思えるが鬼の質感がリアルで本物のように思える。
「うーん、異世界転移もマンネリ化してきたから、一風変わった異世界転移を試してみたんだけど」
髪先を指でいじりながら女はため息をつく。
今も懸命に戦う青年を眺めつつ、今度は胸元のプレートに触れた。そこには〈異世界転生転移課〉という文字が書かれている。
死んだ人間にスキルや武器を与えて異世界に飛ばすという業務を生業としている、女神候補の彼女はマンネリを打破するために、新しい異世界転移方法を考え出した。
現在、日本の動画で流行っているTRPGを異世界転移に組み込むことで、新たな刺激ある展開が期待できると思ったようなのだが。
「いい発想だと思ったんだけどなぁ、でもこれって」
画面の向こうにいる男の前に現れたダイスが三つ転がり、どうやら回避に成功したらしい。
女の眉間にしわが寄り、疲れたように呟く。
「あれよ……TRPGリプレイだわ……」
長編にしたら面白いかと思って書いたのですが、途中でオチの真実に気づきました。