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そして、門にたどり着いたクリスはあり得ない光景を目にした。
すべての兵士が倒され、叔父は怯えた表情で志狼の足の下にいたのだ。
「……いったい何が……」
そこに光輝が追いついてきた。
「うっわー、もう全滅?てか、ちゃんと手加減したー?」
「した。死んではいないはずだ。こいつはビビって逃げようとしてたから、とりあえず踏んでおいた。」
2人の会話があまりに淡々としていたため、クリスはなかなか反応できなかった。
しかし、なんとか正気を取り戻し、志狼の元に駆けつけた。
「大丈夫ですの!?どこかお怪我は…!」
「大丈夫。それよりこいつどうするんだ?」
クリスは確かに志狼のどこにも怪我がないことを確認して、この状況を理解することに努めた。
志狼は武器らしきものを何一つ持っていない上に、魔法を使った形跡もない。
つまり、素手で数十人の兵士をあんな短時間で倒したことになる。
しかも、叔父のこの怯えようは異常だ。
まるでこの世のものではない化け物に襲われたような怯え方であった。
「うん。一応貴族サマだし、今は領主代理サマでもあるからね〜。丁重におもてなししないと。」
光輝は笑顔を貼り付けて言った。
「すみませんね。うちの志狼はあまり手加減が得意ではないので。」
光輝がクリスの叔父に手を差し出したので、志狼は彼の背中に乗せていた足を退けた。
光輝は終始ニコニコとしていたが、目が全然笑っていなかった。
立ち上がった叔父に対して、光輝はわざとらしく思い出したように口を開く。
「あ、そうだ、妙なことをしたら、志狼が間違って殺しちゃうかもしれませんので、気をつけてくださいね。」
叔父はただでさえ蒼白な顔をさらに青白くして何度も頷いた。
怯えすぎて足元もおぼつかない叔父を見て、あまりに哀れであったため、クリスは叔父を支えようとした。
しかし、志狼のひと睨み(見ただけ)で盛大にビクつき、叔父は志狼の後に続いてテキパキと足を動かし始めた。
そうして、先ほどの応接室に着いた。
「……お、かえ、り。」
りのは読んでいた本を閉じて、彼らを出迎えた。
「たっだいまー!領主代理サマをお連れしました〜。」
彼らの会話は相変わらず能天気であった。
移動の合間にクリスは冷静さを取り戻しつつあった。
彼らはなぜかクリスを助けるつもりのようで、それは叔父を追っ払って終わりというわけではなさそうである。
彼らがどうするつもりかなんてクリスには想像もできないが、きっと彼らには考えがあるのだろうとクリスは考えた。
クリスにとって彼らはめちゃくちゃで得体が知れない存在であるはずなのに、クリスはどうしてか彼らを疑う気になんてなれなかった。
「はいはーい。単刀直入に言うね。領主代理の権限を放棄して、クリスを領主にしてほしいんだけど。」
光輝はにこやかに叔父に話しかける。
「く、クリスティーナは、領主になるにはまだ幼い……そ、それに、彼女は女性なので、有能な補佐が……」
叔父はたどたどしくそう主張したが、それはあっさり捨て置かれる。
「御託はいいんだよ。さっさとしろ。」
志狼は無機質な声でそう言い放った。
ただでさえ怯えきっていたのに、志狼に話しかけられた叔父は「ヒィッ」と悲鳴をあげた。
「で、ですが……」
りのは叔父が反論の言葉を発する前に口を開く。
また雰囲気と話し方がガラリと変わる。
「大丈夫。その人の許可は必要ない。この国の法律では、家督を継ぐ者が16歳未満、女性は18歳未満の場合、代理を立てられる。でも、それには前当主の推薦か当人の了承が必要とされる。その人はどっちの条件も満たしてない。」
叔父は少女にしか見えない相手に少し気が緩んで、貴族らしく尊大な態度をりのに取る。
「平民には知る由もないだろうが、この国では当主が不慮の死を遂げた場合、親族が代理を務めるという……」
「この国の法律にそんな決まりはない。法律書ならさっき全部読んだ。」
りのはメイドに頼んで法律関係の書物を全て持ってきてもらったのだ。
そして、先ほどのわずかな時間で全ての内容を頭に入れたのである。
りのはまた普段の話し方からは想像できないほどスラスラと話している。
「この国の法律にはこう書かれてる。『家督を継ぐものはーーーーーーー。ーーーーーーーーー。ーーーーーーーー。』そして、最後にこう締めくくられてる。『以上の手順を踏まずに、権限を行使したものにはそれ相応の罰を与える。』って。」
りのは法律の条文を一言一句たりとも違えずに淡々と述べた。
りのの言葉と態度に気圧された叔父は少し焦りを感じた。
「だ、だが、これはどこの家でも当たり前に行なわれていることで……」
「へぇー、んじゃ、勝手に代理になったり、前当主の娘を殺そうとしたりしても許されるの?」
光輝は心底見下した態度で言った。
「そ、それは……」
これにはさすがに反論できないのだろう。
というか、何を言っても光輝に言い負かされるだけなのだが。
それに、志狼がいる以上端から勝敗なんてわかりきっていたのだ。
「話はまとまったみたいだな。んじゃ、こいつどうする?」
志狼はこの面倒くさい話をさっさと終わらせたいようである。
そして、今まで自分のことであるのにもかかわらず、ほとんど蚊帳の外であったクリスに話を振る。
3人とも最終的な決定はクリスに一任するつもりのようである。
「〇〇〇〇叔父様、本日の出来事には目を瞑りますわ。ですから、今後一切この屋敷と私に関わらないという誓約を立ててください。」
クリスティーナのその言葉に叔父は怒りの表情を浮かべ、反論するために口を開こうとしたが、それは叶わなかった。
志狼がいきなり目の前に現れ、叔父の首を鷲掴みするように、首に触れるか触れないかのギリギリのところに手を置いたからである。
先ほど志狼の人間業とは思えないほどの強さを目の当たりにした叔父はその時の恐怖をありありと思い出した。
「わ、わかった!誓う!誓約書も書こう!」
やはりこの3人を相手にしている時点で結果なんてわかりきっていたのだ。