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そうして、彼らはパラミシアの領主のお屋敷に着いた。
「あなた方が護衛ですの?あまりお強そうには見えませんが……」
屋敷の応接室で3人はそのお嬢様に会った。
彼女はいかにもお嬢様という格好ではあるが、派手すぎず上品なワンピースのようなドレスを着ていた。
彼女の地毛であろうオレンジ色に近い美しい茶髪は綺麗なウェーブがかかっていた。
「人は見かけによらぬものですので、きっとお強いのでしょうね。今日はよろしくお願いいたしますわ。」
彼女は上品で美しいその顔で穏やかに微笑む。
相当な美人だ。しかも、上品で洗練された美しさを彼女は持っていた。
そして、本人も貴族であることをひけらかしたりなどしない礼儀正しい性格のようである。
「…やっ、ぱり……知ら、ない、みたい……」
りのは人の感情や考えを読むのは得意ではないが、ある程度はその頭脳がカバーしてくれるため、この異常事態にはすぐに気がついた。
「知らない?何のことですの?」
りのの呟きに彼女は首をかしげた。
「んー、じゃあ、仕組まれたってことかー。うん、だいたいあらすじがわかってきた。」
光輝は1人で納得したようである。
「……仕組まれたってどういうことですの?」
瞬時にそう尋ねるあたり、このお嬢様もただの世間知らずではなさそうである。
そんな彼女に光輝は1枚の紙を見せる。
「ほら、これ。採用条件が『腕に自信がある者』だけなんだよ。」
「……これは……」
彼女は光輝に差し出された依頼書を見て少し眉をひそめた。
「まぁ、筋書きは『不慮の事故で両親を失った娘は無能な護衛たちのせいでこれまた不慮の事故で命を落とす』ってとこかなー?」
彼女は依頼書を強く握りしめながら、顔を上げて光輝の方を向いた。
「……まるですべて知っているかのような口振りですのね。」
彼女はただ真っ直ぐと光輝を見つめる。
「ただの推測だよ。ああ、あと、この筋書きを組み立てたのは、たぶんあんたのおじさんとかじゃないのかなーって。」
彼女は光輝の的確な推測を不思議に思ったが、3人を疑ってはいなかった。
変わった人たちだが、悪い人ではないと彼女は直感していた。
「今ならまだ間に合うかもしれません。あなた方だけでもお逃げになってください。」
彼女はなんの迷いもなく、ハッキリとそう言った。
志狼はそんな彼女に問いかける。
「あんたは逃げないのか。」
彼女はしっかり志狼を見つめて口を開く。
「逃げません。この家を守るのが私の役目です。たとえ死んでしまうことになっても、私はクリスティーナ・レーウィンとして死にます。」
その翡翠の瞳には迷いなどない。
そこに宿るのはハッキリとした覚悟と曲げられない意志である。
そんな彼女を光輝は無表情で見つめていた。
「どうしてそこまでしてこの家を守る必要がある?あんたは貴族の地位が惜しいわけじゃないんだろう?」
光輝は無表情に、何の抑揚もない声音で問いかける。
いつも表情豊かな光輝のそんな表情は珍しい。
クリスティーナがそのことを知っているはずもないが、それでも彼女は光輝が本気でその質問の答えを待っていることに気づいていた。
「お父様とお母様が大切に守ってきた家というのもありますが、ここは私にとっても大切な家ですの。お父様やお母様、屋敷の皆と過ごした大切な家ですわ。」
彼女は家の中の様々なものを思い浮かべながら、少し表情を和らげて言った。
そして、目を閉じ再び目を開けたその表情は先ほどと同じ、覚悟を決めた表情である。
彼女は真っ直ぐと前を向く。
「この家の今の主である私が逃げるわけには行きません。だから、あなた方は……」
りのがクリスティーナの言葉を遮って口を開く。
「大丈夫、だよ……」
りのは少し表情が変わりにくいところがあるが、今回はクリスティーナにもわかるほど穏やかに笑っている。
「大丈夫…。クリス、は、死なせ、ない……私、たちが、助け、る……」
りのはクリスを安心させるように、ゆっくりと穏やかにそう言う。
しかし、クリスは悲しそうなを浮かべた。
「そんなの……。叔父は今領主代理の権限を持っています。おそらくかなりの兵を……」
りのはやはり笑って言う。
「大丈夫。」
光輝と志狼はりのの両隣りに移動して口を開く。
「俺がいるんだ。大丈夫に決まってる。」
志狼はさも当たり前のように言う。
「あははっ、まぁ、荒事は志狼に任せれば大丈夫!その後のことも俺とりのでなんとかするからさぁ、安心してって!」
光輝は笑って宣言する。
クリスは3人の言葉に戸惑いを隠せない様子である。
「いったい何を……?そもそもあなた方にそこまでしてもらう理由なんて……」
困惑する彼女の台詞を光輝は遮る。
「理由ならあるよ、俺たちがあんたを気に入ったっていう。」
光輝の言葉でクリスはますます混乱した。
だが、クリスが再び口を開く前に、志狼が窓から飛び降りた。
ちなみに、ここは2階である。
そして、貴族の屋敷であるので、2階でもかなり高い。
「何を……!」
クリスが慌てて窓に駆けつけたが、下を見ると、志狼には傷一つなさそうであった。
りのはずっと傍に控えていたメイドと何か話しているようで、光輝は「おっ、来たかー」なんて呑気な口調で志狼が飛び降りるのを見ていた。
クリスは急いでその部屋を出て、志狼を追う。
「あ、ちょっと待って〜!」
光輝はとても能天気そうな声を出して、クリスの後を追った。