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こうして、彼らは異形のものに追われながら、迷宮と化した気味の悪い魔族の屋敷を走り回ることになった。

まぁ、ここで冒頭の志狼に抱えられたりのが指示を出しながら、異形のものから逃げるという展開に戻ったのである。


「うははははっ!!」


光輝は楽しそうに笑いながら走る。

りのは志狼によって小脇に抱えられながらも、黙々と指示を出す。


「…こっ、ち…」


志狼と光輝はただりのの言う方向に向かって進むだけである。

そして、走りながら光輝は2人に問いかける。


「あのさぁー、こんな状況で言うのもなんなんだけど、俺たちほぼ初対面で、自己紹介もろくにしてないじゃん?」


光輝は口に笑みを浮かべたまま、しかし目は限りなく真剣であった。


「お互いのこと何も知らない状況でこんなこと始めちゃったわけよ。なぁ、どうすんの?」


このゲームで勝算はあるのか、なんてことを聞いているのではない。

この世界でやっていけるのか、なんてことを聞いているわけでもない。


りのは目を閉じ、ゆっくりと開く。


「………光輝、と…志狼…は、信じ、られる……」


りのは頭脳明晰だが、人の感情には鈍感だ。

もちろん人の言葉の機微なんてものはわからない。

だが、今回はなぜか光輝が言いたいことがりのにはわかっていた。


りのが何を考えて、どういう理屈でそういう結論に至ったのかは誰にもわからないが、彼女は確かにハッキリとそう言った。

話し方こそたどたどしいままであるが、りのの瞳に迷いなんてなかった。


りのの言葉を聞いた志狼は自らも答える。


「はっ、俺は1人でだってどうにでもなる。……でも、まぁ、おまえらといた方が楽しそうだからな。」


志狼は前を向いたまま言う。その表情は後ろの光輝からも、小脇のりのからも見えない。

光輝は再び笑い出した。


「あははっ!確かに!3人でいた方が楽しそうだ!それに、俺、人を見る目はあるんだ!」


彼らは3人とも先ほどまでの真剣な顔を緩め、口元にささやかな笑みを浮かべる。


全員前を向いたままなため、お互いがどんな表情をしているのかはわからないが、おそらく思っていることは同じなんだろうと3人は感じていた。


ああ、楽しくなりそうだ。


しばらくの沈黙後、志狼が思い出したように口を開く。


「でも、足手まといはごめんだ。」


志狼は決して嫌味で言っているわけではない。

光輝にはそれがわかったから、楽しそうに笑って答える。


「大丈夫大丈夫!だって、ノエルが言ってたじゃん?俺たちには封じられた"才"があるらしいし!」


会話をしている間も3人はりのの指示で移動し続けている。


「おい。さっきから走り続けてるけど、ちゃんと出口に向かっているのか?」


志狼がもっともなことを聞く。

彼らはずっと走り続けているが、辺りの景色はどこも同じようなもので同じところをグルグル回っているようにしか思えない。

しかも、最初ウィリアムに案内された時とは明らかに距離が違う。


りのは志狼をちらりと見上げた後、視線を戻して再び前を向いた。

りのの雰囲気がガラリと変わったことに志狼と光輝は気がついた。


「……この屋敷は入った時からおかしかった。空間が歪んでる。その空間の歪み、物の配置、敵の配置から計算すると、出口はこの道しかない。」


りのの話し方が一変した。

先ほどまでのたどたどしい話し方からは想像もできないほどスラスラと話している。


そして、話している内容はとんでもないことだ。

何せ初めて来た屋敷で、しかも、こんなわけのわからない迷宮状態であるのにも関わらず、空間の歪み方や、ものの配置、敵の位置の規則性を瞬時に見つけ出し、そこから計算で出口を見つけ出したと言っているのだ。

いったいどこをどうしたら、そんなことができるのかを理解できる者は世界中を探しても早々いないだろう。


「でも、出口付近で敵が待ち伏せている可能性が高い。私ができるのは出口までの道のりを計算することだけ。」


りのは淡々とそう告げる。

それに対して志狼は満足そうな顔をする。


「それができれば十分だ。そいつは俺が倒す。」


当然のように志狼はそう言った。


「あと、そいつかなりの強敵なはずだよ?そんで、そいつ倒したら、ウィリアムっつーさらなる強敵が待ち構えてるはず。あいつ高みの見物とか好きそうだしな。」


光輝は珍しく真顔で志狼にそう助言した。


「はっ、全部ぶっ倒せば問題ねーよ。」


りのも光輝も頭脳派のようだが、そのベクトルは違うようである。

りのが観察と計算で様々なものを導き出すのに対して、光輝はオタク知識と対人スキルで物事を分析しているようなのだ。


だが、志狼にそんなことは関係ない。

ただ志狼にとって重要だったのはこの2人は"強い"という事実だけだった。

彼は人知れず満足そうな表情を浮かべた。


そうして、しばらく走り続けた。


「おっ!見えた!見えた!」


出口のある広間に着いたようである。


しかし、りのの言う通り敵が待ち構えていた。

出口の大きな扉の前には巨大な牛頭の怪物が斧を持って立っていたのだ。

広間に着くと、おそらく3mはあるだろう巨体に恐ろしい見た目の怪物が彼らに視線を向ける。


「う、うっひゃー!ミノタウロスだーー!」


光輝は相手の正体をあっさり見破りつつ、かなり興奮して叫んだ。

走り過ぎで息を切らしていなかったら、ピョンピョンと飛び跳ねていただろう。


「牛か。」


志狼はりのを降ろすと、ミノタウロスに近づいていった。

そんな志狼に向かって光輝は叫ぶ。


「はぁ、はぁ……ミ、ミノタウロスはたぶん中級クラスだ!その性質上、魔法とかは使わないはず!」


「そうか。」


普通なら、あんな化け物に向かって歩いている人間に言うセリフではないだろう。

相手は牛なんて可愛らしいものではなく、巨大な体に、大きくていびつな形のつの、狂気を宿した目を持つ恐ろしい化け物だ。

人間なら見ただけで気絶しそうな怪物に3人はほとんど動揺していないようである。


志狼はゆっくりとミノタウロスに近づいていっている。


「確かにミノタウロスは魔法は使えませんが、その戦闘力はなかなかのものですよ。素手でどうにかできる相手ではありません。」


どこからかウィリアムの声が聞こえてきた。

やはりウィリアムは3人の動向を観察していたようである。


「武器が必要なら…」


ウィリアムの言葉を志狼はつまらなそうに遮った。


「うっせー。んなもんいらねーよ。」


ウィリアムの声から彼が眉をひそめただろうことが伺えた。


「ミノタウロスを甘く見るのは感心しませ…」


その言葉が終わる前にそこにいたはずの志狼の姿が見えなくなった。






ドーーーーーン!!!!






志狼が急に消えた途端、広間には爆音が響いた。

そして、巨大なミノタウロスはいきなり真横に吹き飛んでいたのだ。


気がついた頃には、ミノタウロスは屋敷の壁にめり込んで気絶していた。

それは正に一瞬の出来事であった。


瓦礫の破片が落ちる音だけが聞こえる静まった空間に光輝の残念そうな声が響き渡る。


「うっわー!速すぎて見えなかった!せっかくのミノタウロスが!次はもっとゆっくりで!」


高めのテンションのまま光輝は志狼に普通じゃない反応を返す。

ウィリアムは驚きすぎて言葉もないのに、りのと光輝はいたっていつも通りの態度である。


ウィリアムは信じられない思いである。

なぜ平然としていられるのだろうか。

ウィリアムは先ほどの3人の会話を聞いていたため、この3人がほとんど初対面であることを知っていた。


「あぁ?」


志狼は光輝を振り返った。


「だから、もっとゆっくり!いくら何でも瞬殺はつまんないよ!」


光輝は変わらず変な要望を志狼に投げる。

そもそもミノタウロスを生身で吹き飛ばしていること自体があり得ないのに、“速すぎる”からもっと“ゆっくり”だなんて。


「あぁ、もう少し手ごたえがあるやつならな。」


「……次は……ウィ、リ、アム……」


「そうそう!四天王なんだから、ミノタウロスとは比べ物にならないって!」


「へぇー、そりゃ、楽しみだ。」


どことなくズレた会話である。

誰も今起こっていることに疑問を抱いていないようなのだ。ウィリアム以外。


「どうして彼を…いや、お互いをそこまで信じられるのですか?あなたたちはほぼ初対面なのでしょう。」


ウィリアムが3人の目の前に現れた。


この状況で他に聞くべきことは山ほどあるが、それよりもウィリアムはそう訊ねずにはいられなかった。

りのの指し示す方向に2人はなんの迷いもなく突き進んだ。

光輝の「ミノタウロスは魔法を使わない中級クラスの相手」という言葉を志狼はあっさり信じた。

あんな見たこともないはずの化け物や、魔族でもかなりの強さを誇るウィリアムを志狼が倒すと2人は信じて疑おうともしなかった。


ウィリアムのその言葉に3人は顔を見合わせた後、再びウィリアムに向き直った。


「俺たちはきっと"同じ"なんだよ。ノエルがそう言ったからじゃなくて、わかるんだよ。初めてそういうやつに会ったんだ。だから、信じてみようと思った。いや、疑う気にならなかった。ただそんだけ。」


光輝はいつもと打って変わって、とても静かなトーンで穏やかにそう答える。

その表情はとても穏やかで晴れ晴れとしたものであった。


「こいつらは裏切ったりしねーし、こいつらは強い。理由なんてねーよ。ただの勘だ。」


志狼はいつも通り何を考えているのかわからない仏頂面だが、ハッキリとそう断言した。


「……ん。……2人、とも、信じて、る……」


りのはほんの少しだけ口角を上げた穏やかな表情でそう言う。何を考えているのかはわからない。


ただただまっすぐとウィリアムの方を向いて3人はそれぞれ言葉を発した。

ウィリアムはゆっくりと穏やかな笑顔に戻った。


「本当に不思議な方々ですね。」


ウィリアムにはきっと理解できないものがそこにはあるのだろうと、彼は察した。


志狼は面倒くさそうに口を開く。


「んで、やんのかやんねーのかどっちだ。」


先ほどのやり取りで少しやる気が削がれたようである。

それに対してウィリアムは丁寧に答える。


「謹んでお相手させていただきます。」


光輝は興奮が隠せない様子で叫ぶ。


「うっひょー!やっちゃうんだ!いきなり四天王!あ、相手は魔法とか使うから気をつけてね〜。」


いくら志狼が強いと言っても生身の人間が魔法を使う存在に敵うはずがないとウィリアムは確信していた。しかも、自分は魔王様直属の四天王が一角であるため、それは不動な事実である。

しかし、3人を見ていると何かおもしろいことが起きる予感がしたのだ。


そんな予感からウィリアムは珍しくここで殺すのは惜しいと心の底から思った。


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