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数時間後。
「…………ゴーレム……?ですか……?この少年が?」
レオンハルトはわけがわからないと言わんばかりに目の前の少年を見下ろした。
灰色の髪と目をした小さな美少年は人形のような表情でレオンハルトの前に立っていた。
「そそそ、使い魔にしたのはいいんだけどさぁ、そもそも大きすぎて遺跡から出れなくてさぁ。どうせ縮めないとなら、擬人化させた方が何かと便利じゃん?」
光輝は笑ってそう言ったが、便利も何も擬人化なんてそう簡単にできることじゃない。
「そもそも魔力が血液と臓器を通して体内を循環しているなんて初耳ですわ。」
「うん、この世界じゃ、まだ証明されてない、から。」
クリスは呆れたように笑ったが、もちろんエルシリアはもう興奮のしすぎですごいことになっていた。
「ええ!!!流石りの様!!!そんなこと、この世界が誕生してから今の今まで一度も解明されたことはありませんでした!!!もちろんエルフでさえそんなことは知り得ませんでした!!!ああ、そもそも、エネルギー体である魔力と体内器官の関係性に纏わる研究は少なくありませんでしたが、そのどれも全く根拠のない空想に過ぎませんでした!!!それなのに、りの様はこんなにも短期間でここまで完璧な学術的根拠に基づいた結論を出すなど!!!」
この通り、りのから魔力に関する詳細な学術的見解を聞いたエルシリアは目を輝かせてその美貌が見る影もなくなるほど興奮気味にマシンガントークを繰り広げ続けた。
基本的には全員無視である。
ガレスだけは呆れた顔でエルシリアを見守っていた。
「光輝の魔力量が跳ね上がっているのはそういうことでしたか。」
クリスは全く驚いた様子なんてない。
光輝がいつの間にか魔石なしでも魔法が使えるようになっていたことも、その魔力量が人間の常人のそれを上回り出したことにも気がついていた。
気がついていたが、クリスは当然のように受け流したのだ。
「はぁー、まさかとは思っていましたが……」
そして、多少なりとも魔法の心得があるレオンハルトもまた薄ら気がついていた。
だが、気がついていない振りをしたかったのだ。
どうせ光輝が魔力を手に入れた理由なんて知ったら、胃が痛くなるに決まっているのだから。
「そそそ!理屈がわかれば、後は簡単!血液と内蔵で魔力が循環して貯蓄されてるなら、それをちゃんと意識すれば、魔力なんて簡単に上がる上がる!」
光輝は楽しそうにそう言っているが、簡単なはずがない。
現にそのことをりのと光輝から聞いたレオンハルトはその理屈がわかっても、魔力を上げる方法なんて微塵も思いつかないし、上がる気もしない。
「はぁー…………それで、どうやってゴーレムに人型を取らせたんですか…?」
レオンハルトは一周回って冷静になりつつあった。
「ん?ああ、残念ながらゴーレムには魔法が使えないからさぁ、核に俺が大量の魔力を流し込んで動力にさせて、あとはちょちょいのちょいと擬人化させたわけ!」
ここで3人以外の全員が同じことを思った。
普通はちょちょいのちょいで擬人化なんてできないと。
「まぁ、ともかく大量に魔力を流し込んだということは、屋敷において行くのですよね?」
クリスの問いかけに光輝は頷く。
「うん、そのつもり〜!執事見習いにでもしてあげてー!」
光輝なしでは自由に動けないストーンゴーレムを光輝はクリスの屋敷においておくつもりなようである。
そうなるだろうと予想していたクリスは柔らかな笑みを浮かべてストーンゴーレムに視線を合わせた。
「私はクリスティーナという者ですわ。これからよろしくお願い致しますね。」
ストーンゴーレムである灰色の少年はこくりと頷く。
「よろしく。」
世界の全てに取り残された、誰にも見向きもされなかったストーンゴーレムは光輝に与えられた世界の色鮮やかさに何とも言えない感情が込み上げてくるのを感じていた。
彼の世界は生み出された時からあの遺跡の小さな空間だけであった。
あるのは自分と土の壁だけ。
だが、ゴーレムは世界を知っていた。言葉を知っていた。
たとえ知っていても決してこの目に映ることのない世界を。たとえ知っていても決して使うことのない言葉を。
何もできないただの石の塊である己にこの思考と知識は何の意味があるのだろうかと思ったことはきっと1度や2度ではない。
己が動けるようになる未来なんて見えない、希望なんてない、もはやそこには絶望もない。
だから、光輝の言葉には衝撃を受けた。
珍しくやって来た人間にストーンゴーレムはほんのわずかだが、喜びを覚えた。
変化なんてものと無縁な彼には己のことを石像だとしか思わない人間の到来さえ少ない楽しみの一つなのだ。いや、唯一の楽しみと言うべきか。
だが、光輝はそんな彼をまっすぐ見上げて、「ゴーレムにも命がある」と言ったのだ。
ああ、見つけてくれた。見つけてくれた。
誰も、世界の誰も自分を見てはくれなかったのに、見つけてほしいなんて思いもしなかったのに。
彼は見つけてくれた。
それだけでうれしかった。うれしかったんだ。
なのに、彼はただの石である自分を動けるようにすると言った。
とても驚いた。
長い長い時間の中、こんなにも驚かされたのはこの日が初めてだっただろう。
そして、彼は実行した。
僕は本当に動けるようになった。
外の世界は眩しくて、いろんな色があった。
空の青はどこまでもどこまでも続いていた。
与えられた知識ではない。それは本物の世界だった。
どこまでも広がる世界の片隅でただの石であった僕はただ呆然としていることしかできなかった。
呆然としている間に彼らに連れられてクリスティーナという人間の屋敷に着いた。
そこで彼らの話を聞いた。
その話は驚きの連続だったが、人型に慣れていないので、表情はまともに動かなかった。
彼は言った。
俺に完全な自由をあげられるほどの力はないけど、退屈はさせないから、しばらく付き合ってよ、と。
笑ってそう言う彼に僕はただ頷くしかできなかった。
ああ、感謝や尊敬なんて言葉では言い表せないほどの感情を表す言葉も表情も知らないが、どうかお傍にいさせてください。
あなた様がくださったこの色鮮やかな世界で、どうかあなた様とあなた様の大切な方々の冒険譚を聞かせてください。
どうか僕にあなた様の大切なものを守るお手伝いをさせてください。
光輝様、僕のたった1人の主様。
「あ、そういえば、名前さぁ、レムでいいー?」
「レム……?」
光輝様の唐突な言葉に僕は思わず首を傾げてしまった。
「そ、ゴーレムのレム!まんまだけどね〜。」
そんなことを光輝様は笑って言った。
僕は目を見開いて、そして、身体中が温かくなるのを感じた。
「はい、ありがとうございます。」
僕は精一杯の笑顔でそう言った。
光輝様はよく笑っているので、それを真似してみたのだ。
笑ったことがない、というか、表情を動かしたことなんてなかったから、うまくできたかわからない。
でも、僕に多くのものをくれたのに、更に名前までくださった僕の主様に少しでも僕の感謝と喜びが伝わるように、精一杯笑った。
「………それで、光輝様はいつ詠唱破棄までできるようになられたのですか?」
レオンハルトは完全に目が死んでいる。
「え?あー、詠唱なんてそもそも魔力を具現化するイメージの補佐だからね〜。理屈さえわかれば、あんな中二病真っ只中みたいなセリフなんか叫ばなくてもちゃんと使えるよ〜。」
光輝は笑ってそう言ったが、その目が若干笑ってないことに、クリスと志狼は気がついた。
まぁ、要は、光輝がいくらファンタジー好きでも、中二病チックなセリフを叫びながら魔法を使うのが恥ずかしかったのだろう。
クリスには中二病という言葉の意味はわからないが、なんとなく予想がついた。
ガレスは魔法や魔法陣にほとんど興味ないので、今までの話は黙って聞いてたが、りのの方を向いて不思議そうな顔で口を開いた。
「つーか、さ?りの様はいつからそんなスラスラ……ってほどじゃないけど、割と普通に話せるようになったんだ?」
ガレスの質問に目を見開いたのはレオンハルトだった。
レオンハルト以外は全員気がついていたようだ。
「慣れたのですわよね?」
クリスは温かな笑みを浮かべた。
それに、りのはこくりと頷き、志狼はレオンハルトにチラリと視線を向けた。
「別にこいつは喋れねーわけじゃねぇ。慣れてなかっただけだ。」
志狼はいつもの仏頂面でそう言った。
その表情は呆れているのか機嫌を損ねているのかわからなくて、レオンハルトは青ざめる。
「し、失礼いたしました……!」
そんなレオンハルトに光輝は笑って口を開く。
「あははは!りのの喋り方がたどたどしいのは何年も喋ってないからって言わなかったけー?」
「お、お聞きしました…!た、ただ、その、りの様はずっとあのようなお話のされ方だったので……」
レオンハルトは最初そのことを聞いた時、思った。
己より幼いこの少女が声が出なくなるほど長い間口を閉ざし続けなければならない環境とはいったいどのようなものかと。
いったいどれだけの間、口を閉ざしていたのだろう。周りの人間はそんな彼女に何も言わなかったのだろうか。彼女の家族は何をしていたのだろう。幼い彼女がそんな決断をするほど彼女たちが元いた世界はひどい場所だったのだろうか。
疑問はいくつも湧いたが、その全てを飲み込んだ。
それらを尋ねるのはマナー違反ではないかと思った。いや、それ以前にクリスティーナ様も、光輝様も、志狼様も全く気にしておられなかったのに、自分がそれを尋ねるのは違う気がした。
そうだ。
クリスティーナ様も、光輝様も、志狼様もりの様の口調の変化に気がつきながらも、特に何も言わなかった。
ただ当たり前のように受け止め、内心で喜んでいたのだろう。
やはり4人の間には言葉にしがたい絆が、言葉にする必要もない絆が存在している。
たとえ、レオンハルトやエルフたち、ゴーレムの少年がどれだけ彼らと同じ時間を過ごそうとも、これからどれだけ彼らの従者が増えようとも、きっとそれは変わらないのだろう。




