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数日後、彼らはパラミシアに戻ってきた。
広場1つを埋め尽くさんとするほど巨大な恐竜と共に、空から。
街の人々は空にいきなり巨大生物が現れて呆然となったが、パニックになる前に志狼がその巨大生物を持ち上げていることに気がついて大賑わいだ。
人々の歓声が街中を包み込んだ。
屋敷にいるクリスは思わず笑ってしまい、レオンハルトは呆然とし、ガレスはドン引きしていた。エルシリアは通常通りである。
「これ、どうするおつもりですか?」
「あ?食えるだろ。味は知らんが。」
広場に何メートルもある巨大な恐竜の死骸を捨てた志狼はあっけらかんとそう言った。
それに反応したのはもちろんレオンハルトだ。
「食べられるのですか!?いやいや、それ以前に恐竜まで……!だいたいこんな巨躯どうやって運んできたのですか!?」
レオンハルトは未だに彼らの奇行には慣れていないようだ。
「まぁ、食べられるでしょ!肉だし!ちなみに移動は俺の魔法だよん!聞きたい?聞きたい?」
光輝は楽しそうである。
レオンハルトは見るからに聞きたくなさそうな顔である。
「瞬間移動の魔法なのでーす!」
光輝はドヤ顔である。
それに対してエルシリアはその美貌に笑みを貼り付けて賞賛する。
「流石です。光輝様。空間魔法の中でも最上位の空間短縮、いえ空間置換をこうもあっさり使いこなしてしまうとは。」
流石はエルフ。エルシリアは一瞬で光輝の魔法を理解した。
「ん……そのうち、移動、用の…魔法陣……設置する……」
これにはエルシリアも貼り付けた美しい笑みが剥がれた。
「なんと!空間置換の魔法陣をお作りになると!?それを設置することで空間置換がほぼ魔力消費なしで行なえるということですね!それにあたりりの様は……」
エルシリアのテンションマックスのマシンガントークはりのによってほぼスルーされた。
りのもだんだんエルシリアの扱いをわかってきたようである。
「ふふ、この大きさなら今夜は街をあげての宴会になりますわね。」
クリスが楽しそうにそう言った途端レオンハルトは目眩がした。
そうしてその晩は広場での大宴会となった。
広場のど真ん中にデーンと恐竜の巨体が鎮座し、そこから肉を切り分け、何人かの調理担当がそれぞれ調理し、街の人々に振る舞う。
調理には街の料理屋の料理人や料理上手な主婦も協力してくれている。
「いやー!まさか恐竜を食える日が来るとは!」
鍛冶屋のおっちゃんも、
「ガッハッハッ!いいねぇー!恐竜を酒の肴にできるなんて贅沢だねぇ!流石志狼様!」
酔っ払いのおっちゃんも、
「意外と美味しいわ。それにしても、こんな大きな恐竜に勝っちゃうなんて志狼様すごすぎるわ!」
オシャレ好きな若い娘さんも、
「今度はどんなことをやらかすのかとワクワクしてたら、まさかの恐竜の肉かよ!カッコよすぎか!」
騎士志望の青年も、
「こりゃー、腕がなるねぇ!ジャンジャンお食べよ!もちろん志狼様に感謝しながら!」
料理屋のおばちゃんも、
「わー!大きいー!すごーい!志狼様が倒したんだよねー!」
元気いっぱいな子供たちも、皆誰もがはち切れんばかりの笑顔で宴会を楽しんでいた。
そんな楽しそうな会場の片隅で肉をつつきながら、レオンハルトは一人苦笑いをこぼす。
「まったく……こんなタイミングでこうもわかりやすく実力を見せつけるなんて……しかも、嫌味の欠片もなく、自然に、それどころか誰もが喜ぶ形で。これは光輝様の策ですね……本当に敵いませんね。」
もはやこの国に彼らの力量を疑う者はいないだろう。
広場は彼らを賞賛する声で埋め尽くされている。
「さーて!みんな食べてるー?飲んでるー?楽しんでるー?」
恐竜の上に乗った光輝が声を張ると、広場の者の視線は全て光輝へ向き、そこには歓声が響き渡る。
ちなみに、光輝は魔法で声を拡張している。
歓声の中、光輝は楽しそうに声を張り上げる。
「俺たちは今ここで宣言する!この国は俺とりのと志狼、そしてクリスで守る!どんな国にも、どんな種族にも、魔王にだって手出しはさせない!!」
はち切れんばかりの歓声がパラミシアを包んだ。
人々は目を輝かせ、光輝の言葉に胸躍らせた。
「あ、そうそう、明日パラミシアの周りにりのが結界を張る。古代エルフの結界よりすげーやつな!ってことで、よろしく!」
光輝のその言葉に恐竜の下にいたエルシリアが苦笑いしながら頷くと、皆もうその話題で持ち切りだった。
こうして、賑やかな夜は更けていった。
ちなみに、志狼とりのはというと。
「絶ってぇ不味いと思ってたが、意外といけるな。」
「志狼……食べ切れ、ない……」
「もうちっと食え、ぶっ倒れるぞ。余ったら食ってやる。」
いつも通りマイペースに食事をしていた。
「ふふふ、志狼はやっぱりりのに甘いですわね。」
そんな光景をクリスが微笑ましそうに見ていた。
次の日。
光輝の宣言通り、りのと光輝は結界を張るため街に出ていた。
エルシリアはもちろん付いてきた。
ちなみに、志狼は興味なさげにどっか行った。おそらくどこかで寝ているのだろう。
「お!りの様!昨日言ってたすげー結界張りに来たのかい?」
まずは初めの目的地に着いた。
そこはただの日用品の店の隣であった。
店主のおっちゃんは魔法陣なんかさっぱりわからないが、「すげー!すげー!」と楽しそうにりのが魔法陣を描くのを見ていた。
パラミシアは王都と違って四方を城壁で囲まれているわけではない。
芝生が広がる平地や田んぼ、畑も少なくない上に、たとえ豊かであろうと田舎は田舎であるから脅威は少ない。
そもそもこの世界は戦争自体それほどないのである。
りのは街の外れの要所要所に魔法陣を描いて、街全体を覆う巨大な結界魔法陣を張ったのである。
もちろん、その魔法陣とは、りのが作り出したりの自身の条件付けによって通すものと通さないものを完璧に分けられているもの、つまり、古代エルフの作り出した絶対不可侵の結界から進化の過程をやり直し、りのの手によるりのたちのためだけの条件付けを施された結界魔法陣である。
りのが許可したモノしか通さないその魔法陣は何人たりともパラミシアを害することを許さない。
そして、魔法陣は光輝の魔法によって決して消すことのできないようにしてある。
クリスが行った新聞という政策のおかげで彼らはパラミシアの民から圧倒的な信頼を得てスムーズに街を覆う結界を貼ることができたのだ。
ちなみに、街のりのオリジナル結界魔法陣に通される人間は、パラミシアの民と、きちんと正門を通って通行許可証をもらった旅人や商人だけである。
また、クリスティーナの屋敷の結界もまたりのが描き直したため、屋敷に入れるのはクリス、レオンハルト、りの、志狼、光輝、エルフの2人、使用人たちのみである。
「ああ、そうだ。クリス、新聞さ、国民には無料配布でいいと思うけど、本屋や雑貨屋でも買えるようにしたいんだけど、どう?」
光輝は街の結界を張り終えた後にそう言った。
クリスは毛先カールのサラサラ髪を揺らして首を傾げたが、すぐに納得した顔になった。
「ああ、他国の商人向けですね?そうですわね、それもいいかもしれませんわ。」
クリスはふんわり微笑んだが、レオンハルトは目を大きく見開く。
「わざわざ他国に我が国の情報を意図的に流すというのですか!?」
そういうことだ。
何せ光輝は彼らの活躍を報じている新聞を使って商売をしようとしているのだから。
「どうせさー、俺らの行動が世界にバレようがバレなかろうが、大した違いなんてないし、むしろ、新聞なんて出しちゃったんだから、いっそ利用するのが得策だろ?」
ニヤニヤと光輝は笑う。
「ええ、彼らの情報には他国が大枚をはたく価値がありますわ。ならば、商人たちがそれに目を付けないはずはありませんわ。」
クリスは優雅に笑って言う。
レオンハルトはもはや気が遠くなりそうであった。
「そ!だから、他国の商人にだけ甘い蜜を吸われないように、ちゃんと契約販売しないとねぇ〜。」
「そうですわね。」
そうして、光輝の意図を正しく理解したクリスによって新聞販売には厳格なルールが設けられた。
国民には基本的に無料配布で、一家に1枚なのか、1人1枚なのかはその家の選択で決められる。
また、販売は本屋や雑貨屋で行われ、1人1枚までは自由に購入できるが、それ以上購入する場合は契約が必要になる。
そして、商人がその新聞を国外で販売しても構わない。
この決まりによって、パラミシアの経済は確実に潤う。
何故なら、新聞には全世界の注目の的となりつつある光輝たちの最新の行動が事細かに書かれているのだから、どの国もこぞって欲しがるに決まっている。
また、貴族や民衆の娯楽としても新聞はかなり優れものなのだ。
世界中の商人たちが彼らの新聞を求めてパラミシアを訪れるだろう。
それだけではない。商人にとってこの国はもう無視できない国であるはずだ。
魔法陣の絨毯を発明したのもこのパラミシアだ。だが、それ以前の問題のはずだ。この国には“あの”3人がいる。全世界を唖然とさせるほどの技術力、頭脳、武力を持ったあの3人がいるのだ。
この国にはもはや無限の可能性があると言っても過言ではないし、この国は一体何をやらかすのかわからない爆弾でもあるのだ。
この国はもはやただの小国にあらず。この国の動向を見誤れば、世界の流れに一気に置いていかれる。それをわからない商人はもはや商人にあらずと言っても過言ではない。
だから、パラミシアはこれからあらゆる国の商人たちによって賑わうだろう。
もちろん、旅人や観光客だって後を絶たないはずだ。
「そ、それで、その、りの様と志狼様は、その、これでよろしかったのですか……?」
レオンハルトは恐る恐る尋ねたが、りのにも志狼にもその意図は伝わらなかった。
りのは可愛らしく首を傾げている。
「そ、その、この国の、パラミシアの英雄に祭り上げられてしまって……」
レオンハルトは気まずげに目を泳がせている。
このようなことを尋ねるのは、主であるクリスティーナへの、彼らの間にある信頼への不信感を抱いていると思われても仕方のないことだからだ。
それでも、レオンハルトは聞かずにはいられない。
だが、志狼は気分を害した様子もなくあっさり答える。
「あぁ?クリスが決めたことだろ?なら、問題ねー。俺たちは俺たちの勝手にやるだけだ。」
そう。以前志狼はカルディアーの姫にパラミシアの英雄と呼ばれた時に一度否定している。
だが、彼はあっけらかんとクリスが決めたことなら大丈夫だと返す。
「ん……」
りのもまた頷く。
「あはははー、あったりまえじゃん?今更そんなこと聞くのー?」
光輝は笑っているが、レオンハルトは慌てて「し、失礼致しました……!」と言って青ざめた。
結局、パラミシアの英雄と言っても、光輝たちはパラミシアのために動くのではない。自分たちとクリスティーナのために動くのだ。
光輝たちがパラミシアを守るのはそれがクリスティーナの大切なものだと理解しているからだ。
そのことはクリスティーナも理解しているし、パラミシアの民たちも理解している。
彼らは“パラミシアの英雄”なんてものではなく、民たちが一方的に憧れ、守られ、騒ぎ立てるそんな、いわゆるアイドル的な存在なのだと。
そんなレオンハルトを見てガレスは呆れた様子である。
「あんたさぁ、どうせ光輝様にからかわれるってわかってんのに、何でそういうこと聞くんだよ……」
ガレスにレオンハルトは未だ青ざめたままの顔で答える。
「わ、私はクリスティーナ様の従者兼補佐ですから、主であるクリスティーナ様と、クリスティーナ様にとって最重要人物であるお3方のお考えはきちんと知っておかなくては……!」
「……あんた……苦労する性格してんな。」
ガレスの視線にはもはや哀れみさえあったが、レオンハルトは気づかないフリをする。
「……あ…」
りのが思い出したように声を上げる。
「クリス……新聞、フラン、にも、お願い……」
「ああ、それなら、そうおっしゃると思って既に手配済みですわ。ちょうど先ほどカルディアーの姫君からお礼の手紙が届きましたわよ。」
流石にクリスは仕事が早い。
彼女はりのがカルディアーの姫であるフランシールと個人的に冒険話を聞かせると約束していたことをちゃんと覚えていたのだ。
「あ、りがと……」
りのはふんわりと笑う。
こうして、彼らはパラミシアにその存在を刻み込んだ。
そう、彼ら3人は偶像なのだ。偶像であり、アイドルであり、英雄であり、希望なのだ。そして、憧れであり、誇りである。
彼らはその力で世界中を冒険し、自由に暴れ回るだろう。
そして、その圧倒的な力で街を守り、その冒険譚で街を盛り上げ、人々の心に希望と勇気を灯す。
彼らは街に、国に愛される。
街の人々にとって、パラミシアの民にとって、彼らは憧れの対象であるのと同時に、我が子のようでもあるのだ。
大人たちは彼らを子供のように可愛がり、年頃の青年や娘たちは友人や妹・弟のように接し、子供たちは姉・兄と彼らを慕う。
この国は彼らと領主であるクリスティーナによって、守られている。
そしてまた、そんな彼らの絶対的な自由を守るためにこの国は存在している。
それを全ての民が理解し、望んでいる。
そう、それがこの国、パラミシア公国なのだ。




