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「りの、ひとまず新しい結界はもう少し待っていただけませんか?」


エルフの里から帰った次の日、クリスティーナの執務室にてクリスはそう言った。


「……わかっ、た……」


りのは特に何も言わずに頷く。

それに対して光輝は首を傾げた。


「なんかするの?手伝いとかいる?」


光輝はクリスがりのにストップをかけるのは何か目論見があるからだと瞬時に見抜いた。

志狼、光輝、りのの3人がパラミシアにいる今だからこそできることだと。結界の必要がない今だからこそ。


「いえ、ただしばらくの間このパラミシアにいてくださるだけで結構ですわ。」


企みの成功を待つかの如く楽しそうに微笑む己が主を見て、レオンハルトはそっとため息をつく。

光輝たち3人がエルフの隠れ里に向かっていた間、クリスはまたしもレオンハルトの想像を超えることを始めたのだ。


そんなこんなで数日たったある日のこと。

クリスの言う通りあれから3人ともパラミシアから出ていない。

そして、クリスの意図に真っ先に気がついた光輝は楽しそうに笑う。


「あははは!クリスもおもしろいこと考えるなぁ!」


光輝はエルフの里から帰った後、街に出てすぐに気がついた。周りからの視線に。

始めは領主の城から出てきたところを見られて興味本位の視線を向けられていると思った。もしくは、何かしらの噂を聞いて警戒されているか。

だが、それにしては変であった。


しばらく周りを気にしながら、何をするわけでもなくぶらつくことにした。注目されている以上警戒して然るべきだと思ったからだ。

だが、こう思って歩き出した矢先に光輝は目をキラキラさせた子供に囲まれた。


「光輝お兄ちゃんだよね!?」「光輝お兄ちゃんたちは他の世界から来たんでしょ!?」「マゾク?のすごい人倒したってほんと!?」「ねぇねぇ、領主のクリスティーナ様助けてくれたんだよね!」「私たちを守ってくれるヒーローなんだよね!?」


光輝は楽しそうにし立ててくる子供たちを見て一瞬驚いた顔をしつつも、すぐさま笑ってかがんだ。


「そーだよ。光輝兄ちゃんはすごいから、クリスをかっこよく助けてこのパラミシアを守っちゃうんだよ!」


それを聞いた子供たちはより一層目を輝かせて楽しそうに光輝にいろいろ質問をした。光輝だけではなく、りのや志狼のことも。

いつの間にか子供だけでなく大人たちまで楽しそうに光輝を囲んで光輝の話を聞いていた。


そこからはまさに大賑わい。

このままでは街中の人々がこの道に集まりかねないほどである。

しかし、ここは流石の光輝である。ちょうどいいところで切り上げて、うまく盛り下げないよう、むしろ、盛り上がるようにしてから、「続きは今度のお楽しみに!」とのらりくらり帰ったのである。

そして、真っ先にクリスの執務室に向かった。


「クーリース!またまた大胆なことしたねぇ!」


すごく楽しそうにそう言う光輝にレオンハルトは胃が痛くなりそうだった。


「ふふふ、やはり光輝はすぐに気がつきましたか。」


クリスもまた楽しそうに笑う。


「まっさか、俺たちのこと事細かくパラミシア民に伝えるなんてね!んで?方法は?本なわけないだろうし、やっぱり新聞?」


「シンブン?よくわかりませんが、おそらく光輝の予想通りですわ。」


そう、クリスティーナは光輝、りの、志狼の活躍を新聞にして街中に配ったのである。

さいわいにしてパラミシアの識字率は子供を除けばほぼ100%であった。

そのため、このような政策が取れたのだ。


パラミシアはたみの教育に力を入れていた。

たとえ使う機会があまりなくとも最低限の教養は全員が身に付けるべきだという信条のもと執政をおこなってきたからである。

全員が幼い頃に無償で学校に通い、図書館も無償で開放されているこの街は人々の素養がよく、犯罪も少なく、商売上手な者も多い。


「識字率が高いこの街だからできる芸当だねぇ。それにしても、新聞なんて概念もないのに、さっすがクリス!」


クリスはゆっくり微笑んだ。


「光輝、りの、志狼にはパラミシアの英雄、いえ、希望になっていただきますわ。」


クリスティーナは考えていた。

現在この街は独立してどこの国にも属していない。

それは、パラミシアの人々がクリスを信頼してくれているから、成り立っている。

だが、不安がないはずがないのだ。

ならば、どうするのがパラミシアにとって、光輝たちにとって、最善になるのか。

そして、これがクリスの出した答えである。


「ありえませんよ。本当に……」


レオンハルトはクリスからこの計画を初め聞かされた時は危うく卒倒しかけた。

死にそうな顔の従者を見てガレスは同情するしかなかった。


「本来なら国家機密だろうに。」


ため息混じりにガレスはそう呟く。

しかし、エルシリアはいつも通り穏やかに微笑んでいる。


「流石りの様、光輝様、志狼様が認めている方です。」


エルシリアはりのを盲信しているため、クリスへの評価も出会ったばかりとは思えないほど高い。


「いやー、ほんとさっすがクリスだねぇ。まさか俺たちを偶像、つまりアイドルに仕立て上げるなんて!」


本来なら有り得ない。

光輝、りの、志狼の行動は本来なら国家秘密どころの騒ぎではない。

異世界出身というあり得ない出自、魔族の四天王の一人を下し、獣人マフィアを壊滅させ、その他にもいろいろといざこざを起こしている。


そもそも行動よりも本人たちの存在の方が機密事項のようなものである。

対人能力に長け、様々な発明もでき、高度な魔法を易々(やすやす)と使いこなす光輝、世界で唯一魔法陣を描くことができ、いとも簡単に魔法陣を自作し、高度な結界や幻獣の召喚などをやってのけるりの、その身体能力はもはや物理原則を超え、素手で魔法さえ砕く志狼、3人の能力など本来なら公にすべきではない。


それをクリスティーナは惜しげなく大々的に公開したのだ。

もちろん、魔石のことや結界の仕組みなどの機密情報は新聞に載せてはいないが。


「確実に国外にも情報が流れますよ……光輝様たちの能力も行動も国外に筒抜けになります。もし攻めて来られたら…」


不安そうなレオンハルトの言葉にクリスは一喝する。


「馬鹿言わないでくださいな、レオン。光輝とりのと志狼がいてこのパラミシアに害を及ぼせる存在なんておりません。そして、そのことをパラミシアの人々にも理解いただけたのなら、不安もなくなります。」


クリスは3人を国の象徴にするつもりなのだ。

絶対的で圧倒的な力と頭脳を持ち、このパラミシアを守り、発展させていく存在、それを民衆に、全世界に、知らしめる。

たとえ世界中が敵に回っても構わないと言わんばかりに。


「私と、光輝と、りのと、志狼がいて守れないはずがありませんわ。」


クリスは楽しそうに笑う。

しかし、その瞳の奥はギラギラと輝いており、「私が負けるとでも?」と言わんばかりの強さが滲み出ている。

たとえ敵に、世界に、手の内を知られても絶対に負けはしないという自信があってこその情報公開である。もちろん、武力であろうと、経済であろうと、政治であろうと。


レオンハルトはそれ以上何か言うつもりはなくなった。

クリスも怖いが、光輝も怖い。

クリスを含めた4人を敵に回すくらいなら、世界を敵に回した方がまだマシな気さえしてきたのである。


ガレスは「貴族のお嬢様って聞いてたけど、想像してたよりおっかないな。」と死んだ目で黙った従者レオンハルトを見て思った。


エルシリアは先ほどの言葉通りただただクリスに感心していた。

たとえ独立国家で絶対的戦力を有していたとしても、クリスのやったことはそう簡単にできることではない。しかも、個人の一存でそれを行なったのだ。

もともとはただの領地なのだから当然だが、パラミシアに大臣などはいない。政治はクリスとレオンハルトの2人だけで回している。

つまり、全責任はクリスティーナにのしかかる。


そのような状況でこれほどのことを為した度胸と、通達や回覧ではなく全ての国民に配るという革新的な行ないにエルシリアは感心するしかない。

流石はあの3人が一目置いているだけはある。


りの様の傍にいられるのなら、クリスティーナがどんな人物でも護衛するつもりであったが、やはり尊敬できる人物であるのに越したことはない。


「んで?その2人はどう?」


光輝はエルフの2人に視線を向けてクリスにそう尋ねた。


「なかなかよいと思いますわ。エルフということ自体が相当な抑止力になりますもの。」


「だよねー。まぁ、戦闘能力もボチボチだし、雑魚相手なら問題ないよね。いざっていう時は時間稼ぎくらいにはなるだろうし。」


エルフの中でもそれなりの魔法の使い手であるエルシリア、魔法はそこそこだが弓と剣の腕はそれなりのガレスに対して散々な言いようだが、2人とも一切反論しない。

そもそも反論の余地がないのだ。

3人に比べれば、そこそこのエルフである自分たちなんて全然大したことない。

むしろ、前回出会ってしまった魔族の四天王ウィリアム・マーキュレーのような敵が現れたら、時間稼ぎさえできる自信はない。


エルフの2人は基本的にはクリスの護衛として常に傍にいる。

りのに忠誠を誓いつつ、冒険には連れて行ってもらえない哀れな従者である。

まぁ、エルシリアはりのの身近でりのの創り出すものやその頭脳に触れられれば、それで良いし、ガレスに至ってはついて行ったりしたら命がいくつあっても足りないと思っているので、本人たちは気にしてない。




りのと志狼は夕食中に新聞の件を聞いた。


「ふーん、道理でやたら視線が刺さったわけだ。」


「…わかっ、た……」


志狼もりのも気にしていないようである。

そんな2人の言葉にクリスは何かを思い出したような声を上げる。


「そうですわ。このシンブンを書いていただいた物書きの方がぜひ本人たちからお話を聞きたいそうなの。」


「お、取材かー。いいよー。」


光輝はのんびりとした口調で答える。


「では、明日の午後空けておいてくださいね。」


「わかった。」


「…ん…」



次の日の午後、物書き、わかりやすく言えば、クリスの屋敷に小説家がやってきた。


その小説家は心臓をドキドキさせながら、レーヴィン家の敷居を跨いだ。彼は自分の人生で一番緊張している自覚があった。

決して領主、いや、国主の屋敷だから、緊張しているわけではない。


「だって、相手はあのお三方だ…」


始めは信じられなかった。

クリスティーナ様からお話をいただいた始めは理解できず、そして、次に思ったことは「そんなことあるわけない」だ。

子供向けの絵本でさえそんな無茶苦茶な展開はあり得ない。


でも、あのクリスティーナ様が嘘をつくはずがない。

そして、クリスティーナ様から語られる胸躍る話の数々はどう考えても作り話などではない。

その裏付けとしては、獣人マフィア「ハイエナ」の壊滅、クリスティーナ様の発表した魔法陣の絨毯、パラミシアの独立で十分である。

何よりクリスティーナ様の元婚約者にして、現従者レオンハルト様の死にそうな顔を見れば、納得せざるを得ない。


「こちらです。」


メイドの1人に案内された扉の前でその小説家は思わず喉を鳴らした。

この扉の中にあのお三方がいらっしゃる。


人となりは一通り聞いているし、3人のことを記事ものがたりにして書いたほどなのだから、自分の描いた物語の登場人物のように理解している。……つもりだ。

光輝様はとても親しみやすい性格であるし、志狼様もりの様も平時はマイペースでのんびりとした方のはずだ。

それでも、物語ではなく、本人と会うのだから、緊張はする。むしろ、物語の英雄に会うのだってこんなには緊張しない。


兎にも角にもいつまでも扉の前にいるわけにもいかない。

「いざっ!」と意気込んで思いっきり扉を開けた。


わたくし物書きをしておりますクラツィオ・ルンバーノと申します!以後お見知りおきを!」


勢いで言い切った。

そして、その直後激しく後悔した。

勢いよく扉を開けたのはいいが、そもそもノックをした記憶がない。予習してきた礼儀作法も言葉遣いも全て頭からすっぽ抜けた。

その顔は一瞬で真っ青になった。


「あはははは!そんな死刑宣告されそうな顔しなくても取って食ったりしないって!」


光輝はおかしそうに笑った。

気にしていないどころか、大ウケしたようで、ホッと胸を撫で下ろした。


「ふふふ、心配なさらなくとも、3人とも礼儀作法など気に致しませんわ。私のことも領主ではなく、ただの取材対象だと思ってくださって結構ですわ。」


「い、いえ、そんなわけには!」


小説家は「まぁ、まぁ」と穏やかに笑うクリスティーナの勧めの通りに紅茶とケーキが用意されているテーブルについた。

そのテーブルにはクリスティーナ、レオンハルト、そして、りの、光輝、志狼、エルフのエルシリア、ガレスが席についており、クリスティーナによって順番に紹介された。


ちなみに、レオンハルトは初め従者である自分が主たちと同じテーブルにつくことを嫌がったが、おもしろがった光輝の「レオンハルト、座れ。」の一言で大人しく座った。

笑顔の圧力にレオンハルトの生存本能が反応したのだ。実際はおもしろがっているだけだが。


「さて、では、質問などはご自由にしてくださいね。遠慮する必要はありませんわ。機密事項など答えられない場合は答えられないと私か光輝が言いますので。」


始めはおずおずと遠慮がちであった小説家も話の途中でだんだんヒートアップしていき、小説家としての好奇心を抑えられなくなっていった。


「では!魔王直属の四天王が1人、ウィリアム・マーキュレーの魔法を生身で蹴ってぶん殴って消したのですか!?しかも、一撃で!?」


「いやー、志狼は絶対強いって思ってたけど、まさかそこまで物理原則無視してくるとはねー!」


「それでも、どうせ志狼が勝つと思っていらしたのでしょう?きっと驚きもせずニコニコと笑っていたのですよね。」


興奮する小説家、楽しそうに話す光輝、優雅に紅茶を飲みながら話に加わるクリスティーナの3人が主に話の中心であった。


レオンハルトは遠い目をして現実逃避しつつ、偶に彼らの事後処理の大変さをぼやき、そして、自分の話では全力で揶揄からかわれた。偉そうな元婚約者の話では特に。

エルシリアはりのの話の時には小説家を上回る異様なテンションで食いついていた。

ガレスは偶にツッコミを入れていた。


「獣人の国、レオーネ王国ではグリフォンを召喚し、黒組織ハイエナのボスを吹き飛ばして、本拠地を燃やしたんですか!?人間が身体能力で獣人に勝ると……いえ、志狼様の場合それ以前の問題ですね……この世界の法則をまるっきり無視しているとしか言えない……ブツブツ…」


質問はしばしば独り言に変わり、考察という名の自分の世界ものがたりへと意識が飛んでいった。

そうして時は過ぎていった。


「本日は貴重なお話ありがとうございました!」


小説家はそれはそれは楽しそうに帰っていった。


そして、光輝は笑う。


「あはは!これはますます楽しくなりそうだね!」


クリスティーナは彼ら3人のめちゃくちゃさに街全体を巻き込んだ。

そして、それは街のみんなに受け入れられた。

クリスはそれを自分の手柄だと言うつもりはない。

そもそも新聞だけでこれほどの反響が得られるわけがない。


クリスティーナは知っていた。

光輝が積極的に街に出て、街の者と交流を深めていたことを。

りのが毎日図書館に通う際にその可愛らしい見た目とぼーっとした危なっかしさから街の者たちに心配され、可愛がられていたことを。

志狼が街外れでも公園でも屋根の上でもどこでも寝るため、街の者たちには珍獣扱いされ、仕舞いには志狼を見かけた日にはいいことがあるというジンクスが生まれたり、女性たちがそのルックスに黄色い声を上げていたりしていることを。

クリスは知っていたのである。


だからこそ、3人がエルフの隠れ里に出向いている間に、クリスは新聞の準備をし、少しずつ彼らの冒険を公開していったのだ。

そして、その盛り上がりが最高潮に達した頃に帰ってきた3人にしばらく街にいてほしいと頼んだのだ。

民たちがその実物を見て更に盛り上がるように。

もちろん光輝たちが街で何か特別なことをしているわけではない。

だが、そんなことせずとも十分だったのだ。


領民は皆クリスティーナのことを信頼しているし、クリスティーナの発行した新聞を疑う者はいない。

それに裏付けなら十分証明されている。

世界中がクリスティーナと光輝たちのやった数々のありえない事を知っている。

魔法陣の絨毯の開発、黒組織ハイエナの撲滅、パラミシアの独立と既に世界中に公にされている情報だけでも彼ら3人のすごさの裏付けが取れている。

そこに魔族の四天王の一角を落としただの、カルディアー王国の王子とのお茶会などの事実が加わっても何にもおかしくない。


民たちは信じるほかないのだ。

いつでも自分たちのことを第一に考え大切にしてくれている領主様、前領主様の代から街に溶け込み敬われ可愛がってきたクリスティーナ様がそういうのだ。

そして、いつの間にか街に自然に溶け込んだ3人を街の者は元から好ましく思っていた。

そんな彼らにクリスティーナ様は絶対的な信頼を置き、彼らのために、彼らをかなめとして、パラミシアの民のために独立を決意した。


ならば、それに応えなくてはもはや自分たちはパラミシアの民とは言えない。

パラミシアの民はパラミシアの民であることを誇りに思っていた。

その思いが3人の存在によって更に強くなった。


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