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こうして旅の仲間が増えた彼らは…………
特になにか変わることなく森を歩いていた。
エルフの隠れ里での用も済んだことだし、パラミシアに帰るところである。
「んー、りのー、面倒だからひとっ飛びで帰るー?」
光輝のやる気スイッチが完全に切れたようだ。
今回も獣人の国へ向かう時のように冒険気分で野宿を偶にしながら、エルフの隠れ里まで来たが、帰りは面倒とのことだ。
「ん、いい、よ…」
ガレスはこの2人のやりとりに首を傾げた。
先程聞いた話では彼らが帰る場所というのは元カルデアー王国パラミシア領のはずだ。
決してひとっ飛びで帰れる距離ではない。
その疑問を彼らにぶつけるよりも早くりのは魔法陣を描き始める。
そして、そこから"ソレ"は現れた。
「……うそだろ…」
ガレスは呆然と呟く。
エルシリアに関しては感極まって声も出ないようだ。
ソレは、その生き物は、8本の脚を持った軍馬だ。その速さは伝説となっており、空さえ駆けることができると言われている。
その美しすぎる鬣と8本もの足を持った凛々しい姿に2人のエルフは呆然とすることしかできない。
エルシリアは目を輝かせているが。
「スレイプニールかぁ!カッコいいなぁ!さっすが、北欧神話主神オーディンの愛馬!」
光輝はただ楽しそうにその"馬"を見上げた。
それに即座に反応したのはガレスだった。
「いやいやいやいや!!実在するかもわからない神話上の生き物だぞ!?なに当たり前に召喚してんだ!?」
目を見開いて驚いていたガレスは弾けたようにその疑問を突きつけた。
「いーや、実在すると思ってたよ。ノエルなら、そうするって。」
光輝はスレイプニール見上げて確信したようにそう呟く。
彼はここで一つの仮説に対する確信を得られたのだ。しかし、それによって新たなる謎が生まれた。「まぁ、りのも気づいてるだろうし、その内りのの意見も聞いてみるかぁ」ととりあえずそれは置いておくことにした。
とりあえずはこの仮説が正しいということは光輝はもっとこの異世界でやりやすくなるということを意味している。
光輝の言葉にガレスは更に驚いて声を荒らげる。
「ノエルって!!唯一神の名前じゃねーか!!」
ガレスは若干テンションがおかしなことになっているが、ある意味もっとおかしなことになっている人物がここに一人いた。
「そんなことより!!!!りの様!りの様!ああ!なんて素晴らしい!結界の魔法陣も素晴らしかったですが、このような魔法陣まで自作してしまわれるなんて!!あまつさえ、存在さえあやふやな神話上の幻獣を召喚するなんて!!」
そこからエルシリアの独壇場であった。
りのに根掘り葉掘り聞き、元婚約者さえドン引きするような専門用語によるマシンガントークを繰り広げた。
それを止めたのは光輝だ。
光輝はこの世界に来ることとなった時のことから今までの出来事を話し始めたのだ。
彼らの冒険にエルシリアは目を輝かせ、ガレスは驚きを通り越して呆れていた。
ちなみに、スレイプニールはエルシリアのマシンガントークに付き合わせるのは悪いからとお帰り願った。
そうして、彼らはとりあえず森の中を歩くことにしたのだ。
何度目かになる光輝による彼らの冒険物語を聞き終えた結果、エルシリアはもう神の如くりのへの崇拝を強めていた。
そんな感じで歩いていた彼らだが、ふと光輝が真剣な表情で立ち止まった。
「なんかある。」
光輝がそう呟くや否や彼らは突如空間の波のようなもの襲われる感覚を感じ、飲まれていった。
「あー、ちょっと気づくのが遅かったかぁ。」と光輝は割と呑気に構えていた。おそらく面倒なものではあるだろうが、命の危険性はないだろう。志狼がなんの反応もしなかったのだから。
そして、一瞬のうちに彼らはそれぞれ別々の場所に飛ばされた。
かろうじて先ほどと同じ森であることは全員把握できたが、全員一人ぼっち状態で辺りに他人の気配はない。他のメンバーとはそれなりに距離がありそうだった。
「異世界始まって以来の実質初のぼっち!ぼっちライフ!ぼっち冒険!」
凄まじくどうでもいいことを叫びながら、光輝が伸びをしていると、急速にこちらに接近する人物がいることを探知魔法で感知した。
知っている反応だったため、光輝は特に構えることなく、その場で彼女の接近を待つ。
「ああ、光輝様でしたか。お怪我はありませんか?」
人好きされる柔らかな笑みでエルシリアが光輝の下に現れた。
エルフの宝石のような金髪碧眼の美貌と相まってキラキラとしている。普通にしていれば、美人なのだ。
「んー、特に問題ないよー。問題があるとしたら、あんなところに転移トラップがあったことの方だね。」
「ええ、エルフの里があるこの森にこのようなトラップを貼ることは本来不可能なはずです。」
そう、ここはエルフの里があるエルフの森である。
もちろんエルフがそんなことするはずがない。
里の周りには迷いの魔法やその他感知妨害の魔法がかけてある。それなのに、トラップなんて仕掛けたら、せっかく完璧な隠蔽工作をしているのに、エルフの里はここにあるますと知らせるようなものだ。
しかし、エルフに気づかれずにこの森にトラップを仕掛けることのできる存在はこの世界にだってそうそういるはずはない。
「うーん、とりあえず、志狼はりののところに向かうだろうし、ガレスはりのと合流したみたいだし、俺たちもりののところへ向かうかー。」
光輝は探知魔法で全員の位置を把握している。
それにエルシリアも頷いた。
そうして、光輝とエルシリアという割と珍しそうな組み合わせで森の中を歩くことになった。
「光輝様、先ほどのトラップへの反応お見事でした。私も常に警戒は怠っておりませんでしたが、お恥ずかしながら、全く感知できませんでした。」
エルはりのに対するような熱狂的な態度は見せず、至って冷静に丁寧に光輝を褒めていた。
りのが絡まなければまともなのだ。
それに、光輝は片方の口角だけを上げて皮肉っぽく笑う。
「見事…か。いや、あれは致命的だ。」
そして、真剣そのものの顔でそう吐き捨てた。
それにはエルも首を傾げる。
「なぜでしょうか?確かワープに引っかかってしまったのは事実ですが、エルフにさえ勘付かれぬよう仕組まれたアレはそう簡単に回避できるものではありません。私は回避どころか感知もできなかったのです。」
そうだ。
エルフでさえ反応が遅れたソレに反応した光輝は流石と言える。
「あれはただのワープトラップだった。そんで、俺は多少の魔力の揺れと悪い予感がして止めた。でも、遅かった。まぁ、命に関わるものなら、志狼の野生の感が真っ先に反応する。だから、大丈夫とはわかってたんだけどね。」
光輝の話し方はとてもラフなのに、どこか淡々としていた。
「つまりだ、アレがもしただのワープトラップじゃなくて危険なものだったら、志狼がいなきゃ死んでた。その可能性がある。それじゃ、ダメだ。」
ならば、問題ないのではとエルは心の中で首を傾げる。しかし、決して表情には出さない。
「俺らは3人揃えば最強だ。」
光輝は真剣そうな顔で話を続ける。
「でも、俺は1人でも最強じゃなきゃいけないんだよ。」
「俺らは一人一人が最強なんだ。だから、3人、いや、4人揃えば無敵なんだ。」
真剣な表情はだんだんと楽しくて仕方のない表情へと変わった。
「あははっ、まぁ、俺とりのがあの場で何もしなかったのは、志狼の反応を見てたからであって、別にただ呆然とワープされるのを待ってたわけじゃないけどね!そもそもその気になれば、俺らそれぞれでワープ抜けられる方法もあったし!」
そうなのである。
ワープトラップが発動して実際にワープされるまでの間はたった数秒しかなかった。
しかし、たった数秒でも彼らがその気になればなんとかなったのである。
志狼の身体能力は言わずもがな、りのならばその数秒あれば魔法陣の1つや2つ描けるし、光輝もまたトラップに対抗し得る魔法の1つや2つ使えた。
そうしなかったのは、志狼が警戒しなかったことで光輝がワープトラップに身を任せたからである。
光輝が回避しなかったために他の2人もそれに付き合ったのだ。ただそれだけだ。
「流石です。」
エルは笑顔を作って短く一言言った。
笑顔を崩さなくて正解だった。気を抜かなくて正解だった。そうエルシリアはまじまじと思った。
エルシリアは馬鹿ではない。試されたことに気がついたのだ。
そう光輝のさっきまでの言葉は自責のようでそうではない。
光輝はこれまでの会話の間ずっとエルの表情と仕草を見ていたのだ。光輝が自責を始めてから、そして、最後のオチを話すまでの間、ずっと。
ここで、光輝の自責にほんの少しでも光輝に対して軽んじるような、見下すような反応をしたら、一瞬で光輝に見限られていただろう。その程度で油断するような無能はいらないと。
そして、またあのトラップにも対処できると光輝が断言した際の反応も見られていたように思う。
ここで驚きを浮かべたり、方法を尋ねたりしてはいけない。驚けば、それは暗に3人がそれほどすごいとは思っていなかったと言うようなものだ。どうやってなどと方法を聞けば、それは疑っていると告げるようなものだ。
「あはは!そっちも流石だねぇ。」
光輝は割と意地の悪いことをしたと自分でも思っている。
だが、りの個人を主と仰ぐからこそ確認しておきたかった。
別に光輝に対して彼女がどんな態度を取ろうが、彼女をりのの従者として不適合とするつもりはなかった。つまり、別に追い返す気はないのに、試したのだ。
志狼の力はわかりやすい。圧倒的な力だ。あとは、野生の感だ。
だが、それに対して光輝は他の2人よりもわかりにくい自覚はあった。舐められても不思議じゃない。
別に舐められるのが嫌なわけではない。ただ光輝が舐められるのはよくとも、光輝が舐められることで光輝と対等である2人も舐められるのは我慢できないのだ。
歩きながらそんな腹の探り合いをしていた2人が急にある一点を振り返った。
「何かいます。」
「エルシリア、ちょうどいい機会だ。お互いの実力を知る、ね。」
エルは一瞬目を見張り、そして、先ほどとは違う少し苦笑いを含んだ笑みを浮かべた。
「恐れ多いです。私はせいぜい光輝様に失望されないよう努めるだけです。」
エルは元から志狼と光輝のことも尊敬していた。
りのに対するような崇拝はなくとも、人智を超えた彼らの力に経緯を抱かないはずがない。
志狼の物理原則を超越するほどの圧倒的な”力”も、光輝の知恵と発想と話術による”力”も、田舎者の研究者に過ぎない自分にもわかるほどすごいものだ。いや、わかるというには語弊がある。りのと同じく自分の想像にも及ばないほどのものなのだろう。
それに、彼らはりのと対等なのだ。そんなことはすぐにわかった。
エルシリアが全てを捨ててでもついて行きたいと思うほどの人物と対等なのだ。敬意を抱かないはずがない。
本来エルシリアが一生出会うことのない奇跡の結晶のような3人、そんな彼らのそばにいれることを誇りに思わないはずがない。
もちろん、主はりの様だけだが。
少し時間を遡って、りのとガレスサイドでは、まぁ、わかり切っていたが、特に会話もなく、歩いていた。
最初合流したのはガレスが探知魔法でりのを見つけたからである。
ガレスだってエルフの端くれだ。探知魔法くらいは使える。
身体能力が一番低そうなりのと合流できたのは不幸中の幸いだとガレスは考えた。
もちろんりのには強力すぎるほどの召喚術と結界術があることはガレスにもわかっていたが、身体能力はどう考えても低そうなのだ。
そう考えていた矢先のできごとであった。
「…なんか……きた…」
ガレスも感知していたため、剣を構えた。
その瞬間、そのナニカがいる方向へ光の光線のようなものがヒュッと突き刺さった。
ガレスが慌てて振り返ると、何個、いや、十何個もの小さい魔法陣がりのの周りに描かれていた。
小さくとも複雑かつ、その複雑さを見事にまとめ上げたもはや芸術とさえ言えるほどの魔法陣だ。
それをりのは、ガレスの新たなる主はガレスが剣を抜く僅かな間に全て描ききったのである。
攻撃はりのの周りの魔法陣から雨のように敵に降り注ぐ。
そんな光景をガレスは驚きを隠せない様子で見ていた。
しかし、敵には効いていない様子だ。
「実体がない。幽鬼の類い。」
りのは淡々とそう告げた。
そして、りのは思う。光輝ならばきっと一瞬で対処方法がわかる。
ならば、自分にもできる。
りのにできないことが志狼と光輝にはできる。志狼と光輝ができないことはりのができる。
3人揃えば最強だ。
でも、1人でだって最強であらねばならない。
だって、どんな状況でも1人で生き残る強さがあってからこそ自分はあの2人と対等でいられる。
私たち3人は誰にも負けない。どんなことだってできる。
だから、”4人”揃えば無敵なのだ。
ちょうど同じ時に光輝も似たことを考えているなんてことは、りのには知る由もない。
「実体がないのなら、操っている存在がいるはず。それを叩けばいい。でも、私にそれを見つける術はない。だから、霊体だろうが、破壊した方が早い。」
ガレスには全く意味がわからなかった。
幽鬼だと判断しつつ、そして、操っているものがあるとわかりつつ、結論が破壊した方が早い?
だが、ガレスがその続きを考えるよりもりのの行動は早かった。
りのはまたあり得ないスピードで魔法陣を描いた。
先ほどとは違い直径1メートルほどの少し大きめな魔法陣を今度はたった3つ。
その魔法陣は幽鬼どもをすぐさま取り囲み、先ほどのようなレーダーではなく、ポゥと淡い光を放った。
途端に幽鬼どもはおびただしい悲鳴と共に消え去った。
「……はぁ!?……まさか神聖魔法か!!この短時間に!?」
実体のないものに効く魔法は少ない。
この世界では神聖魔法と呼ばれているが、決して神が使う魔法という意味ではなく、形なきものを神の力を借りて滅するという意味である。
故に使えるものが全くいないというわけではないが、もちろん上級以上の魔法である以上、そうそう使える者はいない。ましてや魔法陣で使えるなんて聞いたことない。
「簡単な略式魔法陣。作った。」
何でもないことのように言うりのにガレスは目を見開くしかない。
略式だなんてむしろ正式のものよりすごいのだ。なぜなら、簡略化するということは最も重要かつ難解な問題なのだから。
複雑なものほど効果があるなんて当たり前だ。魔法も機械も同じである。
だが、それを簡略化してなお同じ効果があるものは誰もが喉から手が出るほどほしいものである。
それをこの一瞬で”作った”と彼女は言ったのだ。
世紀の大発明をさも当然の如く、一瞬でやってのける。しかも、戦闘時にだ。予期せぬ唐突の戦闘であったのにも関わらずだ。
あのエルシリアが全てを投げ打ってまで入れ込んでいる人間だ。すごくないはずがないと思っていた。それに彼らの冒険譚も聞いていた。
だが、実際に目にすると、想像の遥か上を行っていた。人間とは思えない?エルフよりすごい?そんな次元ではない。
俺の心配は本気で無駄だった。
りのにも十分すぎる戦闘能力があった。
力だけではない、判断力も瞬発性も兼ね備えた確固たる戦闘能力だ。
俺は思っていたより更にすごい主に仕えたようだ。
そう、彼はりのへの尊敬の念を深めた。エルのような狂信的なものではないが、確かにその心にはりのへの忠誠が生まれた。




