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2


ところ変わって、族長の家に彼らは着いた。

エルフの里はまるで童話の世界のようにわらで作られた屋根の家が並んでいた。

族長の家も大きな屋敷という訳ではなく、他の家との違いはくらの有無くらいであった。


「ようこそ、我らが里へ。少し体調が優れず、出迎えに行けなんだことをここにお詫びいたします。」


そう言って彼らを出迎えたのは如何にも長老風のエルフの老人であった。

その優しげな顔には威厳があり、長い月日の中積み上げられた様々なものを感じられるようなそんな人物である。

彼はずっと魔法で外の様子を伺っていた。


「お邪魔しまーす。」


光輝はどこか楽し気である。

族長は優し気な笑みで口を開く。


「魔法陣や結界についての資料は全て蔵の方にありますゆえ、娘に案内させます。」


光輝は見られていたことに気がついていたため、なぜ自分たちのことを知っているのかなんてことを口にしない。

りのと志狼は気にもしていない。


「父はあまり出歩ける状態ではございませんため、どうかご了承ください。」


「気にしないでいいよ~。俺は一応りのと一緒に行くつもりだけど、志狼はどうする~?」


光輝に志狼は面倒くさそうに答える。


「寝る。」


もう既に机に突っ伏している。


「あははは、じゃあ、行こうか。」


そうして2人はエルシリアに蔵まで案内された。

蔵の中には本や紙、巻物がぎっしり詰まっていた。

外から見た様子だとそこまで大きな蔵だとは思えないが、そこはさすがエルフといったところで、中は魔法がかけられているのだろう。それなりの広さがある。


「それでは関連のありそうな資料を探して参りますので、少々お待ちください。」


エルシリアはそう言ったが、りのは既に中に歩き出していた。


「別にいい。全部読む。」


これには彼女も少々困った顔をした。

中はそれなりの広さでかなりの書物が詰め込まれている。

そもそも本来なら一冊読み解くの数日、数ヶ月かかる情報量なのだ。全部読むなどそれこそ一生を費やしても成し遂げられるかどうかの次元である。


「しかし、ここにはかなりの量の資料がありますし…」


「まぁ、大丈夫だから、見ててよ!」


光輝がそう言った後にりのはいつも通り凄まじい勢いで資料を読み始めた。

これにはエルシリアも目を見張った。

一冊一冊がエルフの文明の結晶とも言える書物を到底あり得ないスピードで読んでいるのである。普通の本でさえあり得ないスピードだというのに。


「すごいでしょ~?」


光輝は楽しそうにりのを見ている。

エルシリアは驚いながらも一旦りのから視線を外し、光輝の方に向き直って少し戸惑ったように尋ねる。


「少し質問をさせていただいてもよろしいでしょうか…?」


「ん?いいよー。」


光輝はりのに向けていた視線を彼女の方に戻す。


「あなた方は一体…」


戸惑ったようにエルシリアは尋ねた。

そんなエルシリアに光輝はゆっくりと口を開く。



「俺たちはただやりたいままにやってるだけだよ。」



エルシリアの疑問に光輝は穏やかに答える。

正直先程の質問の答えとして適切とは思えない。「何者か?」という答えが「やりたいようにやっている」なのだ。

答えになっているかも不明だが、その答えを聞いたエルシリアはしばらく考え込んだ。


「お。終わったみたいだな。」


光輝の言う通り、りのは最後の1冊を読み終えてこちらに向かってきた。


「どう?いけそう?」


「ん。」


「んじゃ、さっきのところ戻って話を聞くか~。ここじゃなんだし。」


蔵の中は、エルシリアの魔法によって小さな光の玉がいくつか浮かんでいてそれなりに明るかった。りのが資料を読む際は問題なかったが、やはり蔵というだけあって暗い。

3人は志狼のいる先ほどの部屋に戻った。


「たっだいまー!」


志狼はりのたちが中に入る前に気配で気づいていたようで、起きていた。


「紙とペン貸して。」


りのに言われてエルシリアは机に紙とペンを持ってきた。


「前から疑問に思ってた。結界にはいくつかの種類がある。大きく2つに分けると何も通さないものと敵意があるものは通さないもの。」


りのは紙に図形と文字を書き込みながら、淡々と説明を始めた。

その説明をエルシリアは真剣に、そして、どこか緊張した面立おもだちで聞いている。


「前者は主に何かを守るのに、後者は主に戦闘時に使う。でも、何も通さないものも空気は通してるし、敵意に関しては定義が曖昧あいまい。」


そう、それはあまり当たり前すぎて誰も気がつかなった点である。

結界はそういうものであるという固定観念が人々にはあった。これは種族を問わず常識とされていることの一つである。


「ですが、空気まで遮断してしまったら、中の者が窒息してしまいますし、敵意に関しては特に問題になるようなことは…」


「違う。」


りのはすぐさまエルシリアの見解を否定した。

エルシリアは少し困惑気になった。


「空気に関してはそう。でも、敵意に関しては違う。今まで問題にならなかったのは基本的に戦闘中は誰しも多少の敵意はあるから。でも、世の中には敵意がなくても攻撃できる人はいる。」


そう言ってりのは空中に魔法陣を描いた。

今話している敵意の判別をする方の結界である。

りのが魔法陣を描くのを何度見てもエルシリアはりのの見事すぎる腕前に感服していた。

描き終えたりのは志狼の方を振り返った。


「志狼お願い。魔法陣は触らないように。」


「ん?志狼に頼んだら、また砕いちゃうんじゃないの?」


光輝にもいまいちりのの意図はわからないようである。

当の志狼は特に何も考えずりのに頼まれた通りにする。


振り上げられた志狼の拳がりのの結界を砕くと誰もが思った。


「え……」


しかし、志狼の拳は結界をすり抜け、魔法陣の上にできた透明なドーム状の結界の中に飲み込まれた形になっている。

そのあり得ない結果をエルシリアはただ呆然と見ていた。


「なぜこのようなことに……」


エルシリアは困惑気につぶやいたが、ハッと気がついた。


「志狼には敵意がない。」


りのは何でもないことのようにそう告げた。

それに対してエルシリアは戸惑い気味に言葉を紡ぐ。


「ですが、普通何かを破壊しようとすれば少なからず敵意…破壊しようという意識が生まれるはずでは…?」


「そう。虫を叩くのでもわずかにそういう意識が生まれる。でも、紙を折ったり土を踏んだりするのにそんな意識は生まれない。」


「な…!」


エルシリアは必死に頭を回転させた。

つまり、志狼には何かを壊そうとする意識が欠如していることになる。

志狼にとっては虫を殺すほどの意識もなく、当然のように結界のことを砕けるものだと思っていることになる。


「あははは~!何それ!志狼らしすぎるでしょ!」


光輝はすこぶる楽しそうに笑っている。


「で、ですが、りの様の結界は人間や私たちが使っているものよりかなり高度な…」


「でも、こいつが作ったもんじゃねぇんだろ。」


エルシリアは焦ったように言ったが、志狼に遮られた。


「こいつが作ったやつならともかく、ただの透明な膜をぶっ壊すのに労力なんているかよ。」


エルシリアは目を見張った。

志狼はエルフが長い歴史の中で作り上げた結界を"ただの透明な膜"として当たり前のように壊せるものだと思っていること、りのが作ったものならそう簡単には壊せないと確信していること、その二重の意味で驚いたのだ。


「話を元に戻すと、敵意の有無を結界に判断させるのは危ない。それに、何も通さない結界も空気は通るから、毒…はともかく二酸化炭素や窒素など空気中に含まれていて多く摂取すると有害なものとか、そういったものも通す可能性が高い。」


光輝は納得した様子であった。


「つまり、今ある結界は穴だらけってことかー。」


「ううん、普通ならこれで十分。それにこれは進化の結果として生まれたもの。」


りののこの言葉に光輝は首を傾げた。


「うん?つまり…元はどんなだったの?」


「それは…」


りのの言葉を遮って確かめるようにエルシリアは呟く。


「絶対不可侵の結界……」


どうやらエルシリアには心当たりがあるみたいである。

それにりのは小さく頷く。


「そう、元は絶対不可侵の結界だった。それじゃ使えないから今の形に進化していった。その元の結界を調べるためにここに来た。」


エルシリアは困惑した様子で控えめに口を開く。


「ですが……それは……」


絶対不可侵、つまりその名の通り何も通さない結界なのだ。

外敵どころか自分自身も、あまつさえ空気までも通さない。


「うん、そんなものは使えない。」


そんな人間どころか空気も通さないような結界に意味などない。

空気すら遮断してしまえば、中に人はもちろん入れないし、その他のものだって危うい。

そこから主に古代のエルフの尽力により結界は発展して今の形に至った。


りのは少しの間目を瞑り、少し間を空けてから、ゆっくりと目を開けながら言った。



「でも、絶対不可侵の結界の条件付けを自分ですればいい。」



この言葉にエルシリアは衝撃を受けた。

今までで一番の衝撃であった。己の世界全てがひっくり返るような、そんな途方もないほどの衝撃だったのだ。


エルシリアの父である族長はただただ無表情にそんな彼らの会話を今まで黙って聞いていたが、この一言で一瞬小さく目を見張ると、すぐさま目をつむった。

そして、全てを悟ってしまったのだ。

彼らがここに何をしに来たのかを。りののその言葉の意味を。己自身の無力さを。そして、娘が選ぶであろう道を。


族長は衝撃のあまり固まっている聡明で可愛い我が子を見つめる。

娘のことを一番わかっているのは自分だという確信がある。

娘はきっとエルフとして、研究者として……

そこまで考えて、ふとおかしくなって笑いをこぼしそうになった。

もし、自分がもっと若ければ、自分も娘と同じ選択をしたのだろうか。

そんなことをとあるエルフの里の族長は考えた。


そんな沈黙を打ち破ったのは光輝だった。


「あー、なるほどねー。つまり、りのはエルフの結界の進化の過程をやり直そうってことか。」


りのがサラッと言ったことのすごさは光輝にはすぐわかった。

いや、この場でわかってないのは志狼だけだろう。

まぁ、そもそも志狼はそんなことに興味はないし、もし理解できてもすごいとは思わないだろう。

りのがやることなのだなら。


固まっていたエルシリアが恐る恐る口を動かす。


「……可能…だと…言うのですか…そんなことが……」


エルシリアはまだ呆然としているが、絞り出すようにりのに尋ねた。


「できる。魔法陣の原理は全て把握した。」


りのは何でもないことのように言う。

エルシリアは目を大きく見開く。


「こ、ここの文献がエルフの全てというわけではないのですよ…?」


「充分。これだけの情報があれば、残りの情報の構築も容易にできる。」


りのが普通のペンで紙の上に魔法陣を描き始めた。

それは結界の魔法陣である。

しかし、この世界のどの魔法陣とも異なる。

パッと見エルフの魔法陣と同じように見えるが、絶対的に違う。


「魔法陣の再構築……いえ、そのもっと先……再構築からの創造…」


あり得ないほどの偉業が今この瞬間エルシリアの目の前で行われているのだ。りの本人にそんな意識がなくとも。

そう、エルシリアは見てしまったのだ。


そして、思う。

世界は広い。


いや、そんなことはわかっていた。

この世界にはありとあらゆる研究者がいる。

魔法陣の研究の第一人者はもちろんエルフだ。自分の知らないどこかの偉大なエルフたちだ。

そんな彼らに会ってみたいと思ったことがないわけではない。

それでも、自分は研究者である以前に族長の娘であった。

だから、この里を守りながら、研究ができれば、それでよかった。それでいいと自分に言い聞かせてきた。


でも、知ってしまった。

この世界は自分が思ってたよりずっと広いことを。

自分と全然違う世界で生きてる彼らのことを。

知ってしまったのだ。





族長の家をずっと見つめている若者がいた。

いや、今この里で族長の家に意識を向けていない者など存在しない。

しかし、その青年エルフは皆が見て見ぬ振りをするそこへ真っ直ぐとした睨むような視線を送っていた。


そんな中、族長とその娘、そして、あの3人が出てきた。

その姿に青年は少しホッとしたが、エルシリアの何かを考え込んでる様子を見て、また眉間に皺を寄せた。


3人はそんな周りの様子なんて気にもとめていない。


「んじゃ、帰るか!」


「…ん……」


「やっと終わったか。次は俺な。」


いつも通りのマイペースな会話である。


今回は戦闘などが一切なく志狼は退屈だったようだ。

しかし、それほど気にはしていない様子である。

りのがどことなく楽しそうなのを感じ取っていたからだ。

りのは決してわかりやすくないし、志狼はどちらかといえば他人の感情に疎い方である。

でも、りのと光輝、そして、クリスは別なようだ。

普段志狼の持っている野生の勘が人の感情に対して働くことはないが、この3人には機能するようである。


「おっ、そう言うと思って、志狼が選びそうなとこの候補作ってあるよ!」


「んじゃ、帰ったら見せろ。」


志狼はただぶっきらぼうに光輝にそう言った。ただよくよく見ると、口角がほんの少しだけ上がっている。

光輝が選ぶところなら間違いない。

そんなことを一々考えるまでもなく、志狼はそう確信している。


「……エル……シリア……ありがとう……」


りのはエルシリアを振り返り小さな声でお礼を言う。

そうして彼らはエルフの里での用件を済ませ、パラミシアに帰ろうとした。


「待ってください……!」


エルシリアは彼らを呼び止めると、すぐさま膝を折った。

長いブーツに覆われた右膝を地面につけ、左膝を立てその上に左手を乗せた。

いわゆる騎士の礼である。

エルシリアは騎士ではないが、これが今一番相応しいと考えた。


さすがにこの行動には周りのエルフたちは動揺を隠せない。

しかし、エルシリアの瞳にもう迷いはなかった。


「りの様、どうか私をお連れください。」


この一言でエルフたちの中に動揺が走った。

族長の娘が、エルシリアがエルフの脅威となり得る人間たちに跪いて、あろうことか共に行きたいと言ったのだ。


「私エルシリア・シュペルヴィエルは、エルフとしての全てを捨てて、御身に絶対的な忠誠を誓います。」


エルシリアは真っ直ぐりのを見上げる。

美しい金髪の髪を持って人間離れした美貌で跪くエルフの彼女はどこまでも美しく様になっている。


りのはただ無言でそんな彼女を見つめていた。


「……な、何を言ってんだ……!エル、おまえ、どういうつもりだ…!」


またあの青年エルフが怒鳴った。

しかし、その声音にはどことなく縋るように震えていた。


「私はエルフなの。そして、研究者なの。あんなの見せられて!あれほどの話を聞いて!それでも、この村での研究で満足できるなら、私はもうエルフでも研究者でもないわ!」


「……っ!だからって、何もそんな得体も知れないやつに忠誠を誓うことなんてないだろ!」


「いいえ、いいえ!ダメなの!もう知っちゃったの!この世界にはきっとりの様を超える存在なんてどこにもありはしない!私はりの様が創り出す全てを知りたい!もう私は魅入られちゃったの!りの様の全てに!」


「おまえは!族長の1人娘なんだぞ!そんなことが許されるはず……!」


青年と会話をする彼女はまるでりのしか眼中にないように熱を帯びた瞳でりのを見上げたまま決して視線を外そうとしない。


そんな言い合いを終わらせたのは族長の静かな一言であった。


「よい。け、エルシリア。」


青年は驚いた表情で族長の方を振り返った。


「かのお方の世界に触れて、飛び出さない研究者エルフなど存在しない。」


エルフたちはざわめいた、

族長にそこまで言わせるほどのことが族長の家であったのだ。

あの短時間に。いったいどれほどのことだろうか。エルフとして誰もが興味を持った。しかし、尋ねる度胸のある者はいない。

なぜなら、あの責任感の強いエルシリアさえ魅入らせたなにかを知って己も正気でいられる自信がないからだ。


「あのさー、丸く収まりそうなところ悪いんだけどー、決めるのはりのだよ?」


とりあえずひと段落したところに光輝が少し呆れたように笑いながら口を挟んだ。

その一言で全員がりのに注目した。

りのはいつも通りの無表情である。


「必要、ない」


ただ短くそう言っただけである。


「あははは、だよねー。」


光輝にはわかりきっていた。りのがそう答えることなんて。

それに対して、エルシリアは少し焦ったようにまくし立てる。


「何だっていたします!必ずやお役に立ってみせます!だから、どうか……!」


エルシリアは必死だ。なにせ己の全てを賭けてでも、りのについて行きたいと思っているのだから。

エルシリアの青い瞳にはもうりのしか映っていない。彼女への熱しか。


りのに代わって光輝が答える。


「必要ないねー。あんたが俺たちの役に立つとは思えないよ。」


いつも通り貼りの付けた笑顔で光輝はバッサリと切り捨てる。

しかし、エルシリアは諦めなかった。


「ですが!わざわざエルフの里にまで来るほど結界を使って守りたいものがあるのですよね!ならば、あなた方の大切なものを私が守ります!だから、どうか!りの様!私をあなたのお側に……!」


その言葉を聞いたりのはしばらく黙ってエルシリアを見つめた。

そして、ゆっくりと口を開く。


「……じゃ、あ……い…い、よ……」


「よろしいのですか!?」


りのは意外にもあっさり意見を翻した。

エルシリアは嬉しさのあまり血液が沸騰しそうな気持ちである。


「……クリスを…守って……」


そう、クリスのためである。

りのは自分の結界に自信がないわけではない。

志狼と光輝と自分がいて守れないはずがないこともわかっている。

それでも、もしもの時がないわけではないこともわかっていた。

もしもの時はせめて時間を稼いでほしいと思った。

せめて自分たちが駆けつける時間を。


りのはクリスを、あの場所を守ってくれるなら……それで構わないと思った。

忠誠なんてものはりのにはわからない。研究者としてのさがも、エルフのさが、忠誠や尊敬といった感情も。


「あははは、まぁ、いいんじゃない?頭も働くし、腕もそれなりに立つみたいだし。」


「まぁ、光輝がそう言うんだから、時間稼ぎくらいにはなるだろ。」


光輝と志狼もおおむねりのと同意見なようである。

光輝はむしろこうなることを予想していたような雰囲気でさえある。


「ああ、光栄ですわ!私なんかがりの様のお側にはべることができるなんて……!りの様がこれからお創りになる全ての結界をこの目で見れるだなんて!」


今までの凛とした様子はもはやどこにもない。

りのを見つめるエルシリアはもうただのりのに心酔する一研究者であり、エルフであった。

まさに神を崇めるが如く。いや、それ以上かもしれない。その瞳は狂信的でさえある。ただ青い瞳に熱を浮かべてうっとりとりのを見つめていた。


そんな娘の代わりに族長はエルフの青年に向き直る。


「すまないな。エルシリアがいなくなろうと、次期族長はお主だ。」


青年はエルシリアの幼馴染であり、許婚であった。

そして、エルシリアと結婚することで次期族長の地位を保証されていた。


族長にそう言われた青年は一呼吸置いて、まっすぐと族長と向き合って口を開いた。


おさ悪い。俺は族長にはなれそうにない。」


そこには確かな決意があった。

そんな彼を見た族長は苦笑いが込み上げてきた。


青年はりのの前に向かって歩き出したと思ったら、エルシリアと同じように跪いた。


「俺も連れて行ってください。」


まっすぐりのを見つめる。

光輝は何かを察してニヤニヤ笑っている。


「あっれー?さっきまで反対してたのに、どういう心境の変化?」


なんとなく予想はついてるのに、白々しく光輝は青年に尋ねた。

青年は深く息を吐いて、少し肩の力を抜いた。


「…俺はエルみたいに研究マニアじゃない。あんたがすごいのはわかるが、今のところどうすごいのかいまいちわからん。エルほどあんたに心酔したりはしないだろう。でも、あんたに忠誠を誓おう。」


りのをまっすぐ見上げながら、青年はそう言った。

堅苦しい言葉を敢えて使わず、肩の力を抜いたのはりのにちゃんと本心を伝えるためだろうと光輝は気がついた。


「……俺はエルが心配なんだ。」


吐き出すように紡がれたその言葉は決して偽りではなさそうだと光輝を思った。

既に立ち上がっていたエルシリアはそんな許婚を見て少し不服そうに口を開く。


「私そんなに弱くないんだけど。」


青年は研究脳でそういうことに疎い幼馴染にもう慣れてしまったので、何も言わない。

幼馴染の彼が自分をどうして心配しているのかも彼女はわかっていない。


「俺の名はガレス。あなたに忠誠を誓います。」


りのはそんな青年を……ガレスをずっと無言で見ていたが、少し間を空けて頷いた。


「…い、いよ……」


光輝は堪らず笑い出した。


「あははは!エルフの族長の娘と次期族長にここまで言われてるの『いいよ』って!あははは!さすがりの!」


りのは光輝がなんで笑っているのかわからず、首を傾げたが、「光輝が楽しそうだから、いっか」と思った。


そんな彼らを見つめる族長は呆れを隠さずに笑った。

ガレスはそんな族長に駆け寄った。

その表情は申し訳なさそうではあるが、その瞳に一切の迷いはない。


「長……」


「かまわん。行け。」


そんなガレスを見て族長は彼を娘の許婚として次期族長に選んだ理由を思い出していた。


彼は短気かつ短慮で決して族長に向いているわけではない。

正直思慮深さなら、娘の方がずっと向いている。

しかし、彼には決断力があった。いざという時に大きな決断をし、その決断に対して責任の取れる男だとそう確信していた。

それに、彼のエルフでは珍しく研究に関して無関心なところも決め手となった。

エルフは知識欲の塊のようなところがある。エルシリアがいい例だ。

エルフの知識欲は時として判断を鈍らせる。

それが欠けている彼だからこそ里のため、エルフのための判断を下せる。

だからこそ、彼を次期族長に選んだ。


そして、彼なら娘を一生大事にしてくれるであろうという親心もそこにあった。


「エルシリアを頼んだぞ。」


族長は思う。

ああ、そんな自分のその見込みは間違ってなかった。

むしろ、見込み以上だったと苦笑いしたくなった。

まさか娘を追って今まで築き上げてきたもの全てを捨てるとは。


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