1
「飛びっきり嫌なお知らせがございます。」
あの衝撃的なパーティーから数日経ったある日、レオンハルトが全員を集めて嫌そうな顔でそう言った。
「我が国……いえ、カルディアー王国の王室からの招待状が届きました。3人を城に招待したいとのことです。」
志狼は嫌そうに少し眉をひそめた。
「なんで俺たちなんだ。」
「んー、まぁ、いくつかの予想は立てられるけど……送り主は?」
光輝は至って冷静である。
むしろ、こうなることを読んでいたのではないかと思わせるほどだ。
「カルディアー王国第一王子、オルキス殿下からでございます。」
「ふーん、王子様からか〜。なかなか面白そうだね。」
光輝のにやついた顔を見てレオンハルトの胃はさらに軋みをあげる。
もちろん、彼らの身を案じているからではなく、彼らが何か仕出かすのではないかという思いからである。
「あなたたちが面倒だと言うのなら、私が対応するつもりでしたが、光輝は思いの外乗り気ですわね。」
彼らが政を煩わしく思っていることをクリスはよく理解している。
「んー?たぶん今回は大丈夫だよ。その招待状の封蝋って王家の紋章じゃなかったんでしょ?」
「はい、そうです。」
光輝の言った通り封蝋は王家の紋章ではなかった。
ちなみに、封蝋とは手紙の封筒を閉じるための蝋である。つまり、手紙の封をするあの赤い丸に判が押してあるアレである。
「やっぱり。じゃあ、まぁ、大丈夫。王子様見物とお城見物に行きますか。」
おそらく光輝はある程度相手の出方を読んでいるのであろう。
レオンハルトとしてはこの3人が城に行くなど心配で夜も眠れないが、光輝が乗り気な以上口を挟むわけにはいかなくなった。
正直国よりも光輝を敵に回す方が怖い。
「なぁ、それ俺が行く必要あるのか。」
どうやら今回志狼は別行動を取りたいようである。
今回ばかりは3人で行動する必要性を感じないと言いたげである。
「特にないけど、ご丁寧に真正面から挑戦状もらってんのに、行かないのはねぇ。」
「あ?あー、そういうことか……なら、いい。行く。」
光輝の言葉に志狼は納得したようだ。
志狼は売られた喧嘩は買うタイプである。
そうは言っても、くだらないものは無視するが、今回は相手が礼を尽くしているし、自分たちを"個人的に"呼びつける王子に興味がないわけじゃない。
志狼は基本的に光輝、りの、クリス以外の存在には関心がないが、おもしろいやつと強いやつは嫌いじゃないのだ。
といっても、普通の人が映画のちょっといいポジションの脇役のかっこいいシーンを見て少し見直すくらいの関心しかない。
指定された日に彼らはカルディアー王国の王城を訪れた。
「如何にもって感じだね。」
いつもとは違い、感心したような声であった。
光輝は案内人に連れられて王子のもとへ行く途中、元の世界の実際の城や漫画の城からできたお城イメージとカルディアーの城を比べながら歩いた。
りのは無言で周りを見ている。
志狼にいたっては微塵も興味なさそうに歩いている。
そうして、彼らは王子の部屋に通された。
「やぁ、よく来てくれたね。僕はカルディアー王国第一王子、オルキス・カルディアー、以後お見知りおきを。」
ニコニコと彼らを出迎えるのは、見事な金髪碧眼で優男風の如何にも"王子様"という感じの男であった。
「えーと、お招きいただけて光栄です?でいいのかなぁ。」
光輝もニコニコと挨拶しているが、そこには敬意というものは全く感じられない。
それに気がついた王子の護衛騎士はすぐさま咎めようしたが、王子の左手に制された。
「下がってていいよ。」
「正気ですか!?こんな得体の知れない者どもと…!」
護衛騎士は声を荒らげたが、王子の声はどこまでも冷静であった。
「僕は彼らが"あの"ハイエナを潰し、"あの"テーレの遺跡を制したと聞いている。彼らがその気になれば、君たちに何ができる?」
王子のこの言葉に護衛騎士は一瞬苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……っ!しかし…!」
有無を言わせない王子の視線に部屋の者たちは渋々去るしかなかった。
「へぇー、もう裏を取ったんだ。」
光輝はニヤリと笑って言った。
確信を持っている声音に王子は少し不思議そうな顔をした。
「なぜそう思ったんだい?」
「……普通、人は……自分の、常識を、超え、た…こと、を、信じようとは、しない…」
りのはその問いに淡々と返事をする。
人は自分が1パーセントでもそれが事実である可能性を感じられないことを決して信じようとはしない。
そのことを彼らはよく知っていた。
「つまり!決定的な証拠を探してちゃんと裏付けしてあるから、王子様は護衛を下がらせ、護衛もそれを受け入れるしかないってこと!」
そう断言する彼らを見て第一王子こと、オルキスは更に確信を強めた。彼らは確かにハイエナを壊滅させ、テーレの遺跡を制したのだという確信を。
なぜなら、彼らは謙遜するどころか、驕ることもなく、ただただ当然のことのようにオルキスの言葉を受け止めているからである。
「とりあえず、こちらにかけませんか。」
オルキスはニコニコと王子スマイルを浮かべながら、お茶をする優雅なテーブルと椅子に彼らを招いた。
そうして、彼らが席についた直後、ノックとともに扉が開いた。
「お兄様、失礼いたしますわ。」
そう言って小さな手でスカートをたくし上げ、淑女の礼をとっているのは、10歳前後の小さな女の子であった。
幼さを残しつつも、どこか大人びた雰囲気を持つ女の子だが、今彼女の表情はとても子どもらしく期待に溢れ、楽しさを隠しきれない様子である。
「私は、カルディアー王国第二王女、フランシール・カルディアーと申します。あなたがたがパラミシアの英雄でございますか?」
「ちげーよ。」
志狼が無表情に即答するものだから、泣き出しやしないかと、ヒヤヒヤさせられる場面だったが、フランシール、通称フランはがったりした様子もなく、目を輝かせている。
「あそこはクリスの土地だ。俺たちは何もしていない。」
「失礼いたしました。レオーネの英雄というべきでしたか。」
フランはやはり少し目を輝かせて冷静に訂正した。
「国なんてくだらないもののために動くわけねーだろ。」
志狼はまたもや間髪入れずにフランの言葉を否定する。
いずれ国を背負って立つ第一王子と、いずれ国のために結婚する第二王女に面と向かって「国なんてくだらないもの」と言い放つあたりが志狼らしいと光輝は思う。
もし、ここに彼ら以外の第三者がいれば、不敬罪に問われるだろう。
「……そんなに『くだらない』かな?」
オルキスは相変わらず微笑んでいるが、その表情は読めない。
もちろん光輝にはオルキスの考えていることがだいたいわかる。
しかし、だからこそ、光輝は口を出さない。
「生き物なんて自分のためにしか生きれねぇんだよ。」
志狼は極々当然のことのように言い放つ。
オルキスの目はもう完全に笑っていない。
「誰かのために、何かのために生きるそんな者だっているはずだよ。」
「国のため」という言葉を幼少期から教育され続けたオルキスは志狼に僅かばかりの反感を覚えた。
「何のためでも、誰のためでも結局は自分がそうしたいからそうするんだろ。俺は自分の意思と責任を他に押し付ける気はねーよ。」
志狼は当たり前のようにそう言い放つ。
志狼の言葉に光輝は微かに口角をあげる。
そこに余分な思いなんてない。ただただ「やっぱこの2人は最高だわ。」と思うだけである。
「……責任を押し付ける…」
オルキスは今までそんな風に考えたことはなかった。
"何かのため"に行動することはいいことだと思い込んでいた。
それが責任転嫁であるだなんて、自分はどうしたいかなんて考えたことがなかった。
「よくわかりませんが、かっこいいですわね!」
幼いフランは純粋に目を輝かせている。
彼女にはまだ難しい話なのだろう。
「お三方のお話をもっと聞きたいですわ!ね!お兄様!」
「……そうだね。」
無邪気に笑う妹に少し複雑な思いを抱きならがら、オルキスは微笑んだ。
彼らの話に大いに興味があるのは本当である。
「……い、いよ…」
こういうややこしい対人関係は光輝に丸投げされるのが相場だが、今回はなぜかりのが真っ先に同意した。
まぁ、もちろん、話すのは光輝である。
そこからは、光輝の高いテンションと高いコミュニケーション能力で、四天王との対決、クリスのお家騒動、婚約者との決闘……と異世界でやらかした様々な事件を最初から語っていった。
フランに関しては絵本や劇以上に興奮し、目をキラキラさせながら聞いていた。もちろん興奮度高めの相槌を打ちながら。
オルキスは内心ではかなり驚き、ありえないと思いながらも、抑揚をつけた絶妙な相槌をうっていた。
そう、ありえないと思ったのだ。しかし、光輝は子ども向けに多少抑揚のつけ方が大袈裟になってはいるが、話を盛っている様子は一切ない。
それが表情や言葉から嫌っていうほど伝わってくるのだ。
「……まぁ、俺たちの冒険物語はこれくらいにして、そろそろ本題に入らない?」
「……パラミ、シア…独立、の……」
そう、本来ならクリスが片付けるはずの"政治的ごたごた"を、今回は王子の"招待状"で3人が自らやることにしたのだ。
「ああ、そのことだったら……」
オルキスはふとおかしくなった。笑い出しそうになるのをすんでのところで堪えた。
本来ならこのようなことは王子であるオルキスから直接この3人に告げることではない。
「カルディアー王国はパラミシア領を未来永劫手放すことを約束するよ。」
オルキスは表情を引き締めて凛とした態度でそう告げた。
その顔に一切の迷いはない。
そう、これは政治的な駆け引きではないのだ。
「へぇー、これまた随分とあっさりしてるなぁ。」
光輝はニヤーと笑いながら言った。
王子は紅茶を優雅に口に運んでから、その唇をゆっくり動かす。
「……こうなるってわかっていたんだよね?」
オルキスはまっすぐに光輝を見つめてそう問いかけた。
「そりゃー、クリスがカルディアーの王族は"バカじゃない"って言ってたからね。」
光輝のわざとらしい強調の仕方にもオルキスは気分を害した様子は一切見せなかった。
そして、静かに言葉を紡ぐ。
「………もちろん、君たちを敵に回すほどバカじゃないよ。」
そう、カルディアーはバカじゃない。
カルディアーを統治しているのは人間だ。
他種族と違い特別に秀でたところはない種族だ。
彼らがそこそこの大国と言われるほどの国を存続させ続けれたのは外交において決して誤った選択をしないからだ。
たった一度の誤りが国を揺らがすほどのことに繋がり、ひいては国の存亡に繋がる可能性があることを彼らは忘れない。
もちろん常に他国に対して低姿勢でいればいいわけではない。
カルディアーは大国なのだから。
「僕たちは君たちの独立を大いに歓迎するし、恩を売るつもりもない。」
だからこそ、カルディアー王国はパラミシア領の独立を即座に認めることを決めた。
"彼ら"を敵に回せば国が揺らぐどころか、滅びる可能性だってある。独立の許可で恩なんかを売って"彼ら"の心象を損なえば、国は一つの大きな爆弾を抱えることになる。
それをカルディアーの王族や大臣らはわかっていた。
「へぇー、本当にバカじゃないんだ。」
光輝はニヤリと笑った。
その表情にオルキスは背筋が凍った。
そして、志狼は無表情のまま口を開く。
「俺たちは自由だ。」
それにりのが続ける。
「……誰も…私、たち、の…道を、阻め、ない……」
志狼もりのも当然のようにそう言った。
そんな3人の言葉を聞いてオルキスは心から安堵した。
彼らはつまり邪魔をするなら潰すと言っているのだが、だからこそ安堵したのだ。
彼らは本気で国を潰せると確信しており、本気で実行するつもりがあった。
もし彼らに国一つを潰せる力があったとしても、彼ら自身がその力を自覚していなければ、彼ら自身にその意思がなければ、カルディアーの選択は無駄になる。
だが、カルディアーは選択を間違えなかった。
この選択を間違えれば、国が滅ぶ。
カルディアーは選択を間違えなかったことに今日も安堵する。
大国としての驕りや誇りがないわけではない。
だが、そんなもののために国を滅ぼすわけにはいかない。それをこの国はよくわかっている。




