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語り手はレオンハルトが多いですが、主人公ではありません。
主人公3人をあまり語り手にしない方針なだけです。
そして、とある日の朝。
朝食を済ませ、外出する身支度を終わらせたクリスのところにりのが尋ねてきた。
「…少し、時間、ある…?」
すぐ済むと言うので、クリスはレオンハルトを連れて庭に出た。
庭には既に光輝と志狼がいた。
クリスは完成した庭を眺めてつい笑ってしまった。
クリスの両親がいた頃の庭を見事に再現しているのである。
もちろんりのはそのために庭を改装していたわけではない。
おそらく物のついでだったのだろう。
「魔法陣が完成した。これは現時点での最強の防衛結界系魔法陣。」
レオンハルトはりのがスラスラと話すところを初めて見るため、目を見張った。
一方、クリスは"現時点での"という言葉を聞き逃さなかった。
「人間の間で上級魔法に位置されているにすぎないということでしょうか。」
クリスは少し苦笑い気味である。
「そう。これがあれば、この世界のほとんどの生物の進入を防ぐことができる。ただし、志狼なら容易く敗れる。」
りのは淡々とした言葉で自分の魔法陣を評価している。
そこにはこれっぽっちも満足感なんて存在しない。
「でしょうね。」
クリスもまたりのの言葉に頷く。
志狼が人間の作った最強の魔法陣なんてものを破れないはずがないのだ。
「情報が足りない。現状では人間における最強の魔法陣に少し改良を加えたものくらいしか張れない。」
あっさり言っているが、最強の魔法陣というのは多くの魔術士の手によって長い月日を経て生み出されたものである。
それを改良するなんてこと普通の人間なら容易くできるはずがない。
もちろん人間以外の存在も例外ではない。
「あ、あの!少しお話が見えないのですが……いったいどこに魔法陣が……?」
レオンハルトはりのの話し方があまりに衝撃的で全く話についていけていない。
そして、レオンハルトからすれば、どこから見ても庭に魔法陣らしきものが描かれているようには見えないのだ。
「この屋敷の構造を考慮した上で、屋敷とその周りの木、花、石、装飾品の全てを使用し、魔法陣を描いた。」
りのは真っ直ぐと屋敷を見つめてそう説明する。
レオンハルトはりのの言葉を飲み込むのに随分と時間がかかった。
「………それでは、魔法陣を描くことなく、屋敷そのものを魔法陣にしたということでしょうか……?」
レオンハルトは呆然とした表情で尋ねた。
「そう。」
レオンハルトは驚きのあまりただただ屋敷を見つめることしかできない。
対照的にりのの行動を予想していた光輝はそんなレオンハルトを見て笑っている。
クリスもなんとなくりのがそうするとわかっていたようである。
「それにしては随分お父様とお母様がいた頃の庭に似ておりますわね。」
クリス呆れたように、うれしそうに笑った。
光輝もまた笑っている。
「さっすがだよね!使用人たちの断片的な説明で昔の様子を完全に再現しつつ、1㎜も違わず魔法陣を描くんだもん!」
楽しそうに光輝はそう言った。
もちろん志狼はいつも通りである。
レオンハルトは恐る恐る口を開いた。
「…あの、恐れ多いのですが……少しでも物が動けばこの魔法陣は崩れてしまうのでは……?」
レオンハルトの疑問は最もである。
しかし、光輝はその疑問をあっさりと笑い飛ばす。
「あはははっ、りのがそんなことにも考えが及ばないわけないじゃん!俺がばっちり保存魔法かけるよ!」
光輝がウインクでもしそうな気軽さでそう言うと、レオンハルトは更に目を見開く。
「この広さの敷地全てに、でしょう…か…?」
「当然!魔力がない俺がどうやってやるか聞きたい?」
光輝のからかうような言葉にレオンハルトはもはや問いかける元気もない。
というか、ここまで来ると、聞くのが怖いくらいなのだ。
「………いえ、結構です。」
ただでさえ人間離れしている3人だが、だんだんと今まで以上に人間離れしてきたとレオンハルトは思った。
しかし、すぐさま思い直した。
彼ら3人の能力の底など自分が測れるはずもない。
おそらく自分の知っているものはその能力の一端でしかないのだろう。
「ああ、そういえば、パーティーの日程が決まりましたわ。」
馬車に乗ろうとしたクリスが思い出したように言う。
3人は庭に出たついでにクリスの見送りに来ていた。
「6日後です。予定を空けておいてくださいね。」
「…めんどくせぇな。」
志狼がボソッと呟いた。
しかし、クリスは決してそれを聞き逃さなかった。
「くれぐれもお願いいたしますね。」
有無を言わさない笑顔を浮かべてクリスは念を押す。
「わかってる。」
面倒くさそうだが、志狼にも事の重大さはわかっている。
馬車の中でクリスはレオンハルトと共に揺られていた。
「これは私の戦いですわ。そして、今日はその一端が初めて公になる日、つまり、これが私の第一歩ですわ。」
クリスは、クリスティーナはゆっくりと、目をつぶってそう言う。
「はい。」
レオンハルトは真剣な表情で相づちを打つ。
すると、クリスは目を開けてレオンハルトを見つめた。
「結局あなたは私を止めませんでしたね。」
それは止めると思っていたという意味である。
「私にはあなた方4人のお考えは理解できません。しかし、あなた方を信じております。」
クリスティーナはただレオンハルトのその言葉に少し微笑んだ。
どこか楽しそうな主を見ながらレオンハルトは考える。
レオンハルトにはあの3人の考えていることなどさっぱり理解できない。
そして、従者として情けない限りだが、主であるクリスティーナの考えもさっぱり理解できない。
クリスはもうレオンハルトが知っている「意外と気が強くしっかりした貴族のご令嬢」ではない。
あの3人に出会って変わった。
……いや、あれが本来のクリスかもしれない。
きっとあの4人の出会いがそれぞれの本来の力を、本来の資質を引き出しているのだ。
「信じておりますとも、クリスティーナ様を、あなたが信じるあの3人を。」
レオンハルトは決してあの3人に断られたからクリスを主と仰いでいるわけではない。
レオンハルトは幼い頃からクリスだけは信じられたのだ。
嘘や駆け引きで塗り固められた貴族の世界でただ一人クリスの言葉だけはいつでもまっすぐであった。
それを愚直だと言う人間もいるが、レオンハルトにはクリスのそれは強さに思えた。
そう。クリスはいつだって己の言動に責任を持っているからだ。
そんなクリスがやると言ったのだ。
自分が止めれるはずなどない。
その日、とある国で世界を揺るがすような重大な発表がなされた。
小さな領地の領主が魔法陣を描いた絨毯を作り出すことに成功したのだと言う。
しかも、それを販売、つまり量産すると言ったのだ。
誰も思いつかなかったことである。
人々はその無限の可能性に心躍らせた。
国が、世界が変わるそう誰もが予感した。
……そう、それを発表した彼女と彼女の屋敷に住まう者たち以外は。




