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クリスティーナの執務室にて。
「………"あの"ハイエナを……潰してきたのですか……」
レオンハルトは本気で目眩を覚えた。
志狼、光輝、りのの3人は今日帰って来たばかりで、今まさに執務中のクリスに旅での出来事を報告している最中である。
「ふふふ、また派手にやりましたね。」
一方、クリスはなぜか楽しそうである。
「あっれー?レオンハルトの反応は予想通りだけどー、クリスは呆れると思ったんだけどなぁ?」
これは光輝も予想していなかった反応だったようだ。
「よく考えてみたら、あなた方が何もせずに帰って来るはずありませんもの。」
3人の今までの行動を振り返ってクリスはおかしくなった。
この世界に降り立ったその日のうちに魔族の四天王と派手にやり合い、パラミシアではクリスのおじや婚約者相手にやり合って……
そんな3人がレオーネ王国で何もせずに帰って来るはずがない。
「なんかそれだと、俺たち騒ぎの元凶みたいな扱いにならない?」
光輝は口ではそう言いつつも、どことなく楽しそうである。
「…ん、にぎ、やか……」
りのの声も少し弾んでいる。
「でも、よかったのか?一応俺たち他国で問題起こしたことになるんだろ?」
呆然としているレオンハルトをチラッと見てから志狼が言った。
「ええ、構いませんわ。」
その台詞でレオンハルトが息を吹き返した。
「構います!!大いに構います!今回はあなた方の顔や名が広まらないでしょうが、こんなことを続けていれば……」
「ええ、だから、私ずっと考えていましたの。あなた方が旅に出てから。」
クリスは上品な笑みを浮かべて穏やかに言葉を紡ぐ。
そこには、クリスの穏やかな決心があった。
……いや、言葉がおかしい。
そう、それは大きな決心であるはずが、クリスは最も簡単に“それ”を決断したのである。
「私ーーーーーーーーーーと思いますの。いかがでしょうか?」
光輝たち3人は少し驚いた表情を浮かべた後に、ただほんのり口角を上げただけであった。
ただそれだけだ。返事など必要ない。
初めからクリスには3人の答えなどわかりきっていたのだ。
レオンハルトだけが驚きの余り呼吸の仕方も忘れたように固まった。
その日の夕食にて。
光輝たちとは違い、クリスはとても優雅に貴族らしく完璧なマナーで食事をしている。
「ふふふ、しばらく忙しくなりますわね。」
そう笑うクリスはとても楽しそうである。
「あ、そういや、絨毯はどうなったー?」
ステーキを頬張りながら、光輝が尋ねる。
「もう準備は整っておりますわ。先に絨毯の発表ですわね。」
「……い、いの…?」
りのは首を傾げた。
「ええ、これは私の大事な切り札ですの。そして、あなた方からいただいた大切な贈り物でもありますの。絶対にうまくやってみせますわ。」
笑ってそう言うクリスに志狼はいつもの無表情で口を開く。
至っていつも通りの態度で、だが、真っ直ぐとクリスを見て。
「俺たちは政治なんてわからないし、そういうややこしいことに首を突っ込むつもりもない。」
りのもまた真っ直ぐクリスを見つめる。
「わ、たし、たちは…自由……」
そして、光輝は目をつむる。
「俺たちは前だけを見続ける。」
ゆっくりと目を開けた光輝は穏やかに笑う。
「だから、クリス、信じてるよ。」
さらに光輝は続ける。
「俺たちの自由を、俺たちの帰る場所をクリスが守ってくれる。」
「……私、たちは…私、たちに、できる、ことを…する…」
「だから、そっちはお前に任せるってことだ。」
彼ら3人の言葉をクリスはとても晴れやかな表情で聞いている。
「ええ、私は私にできることをいたしますわ。私はあなた方と同じ道を歩んで行くのですから。」
絶対的な信頼、それが4人の間に揺るぎなく存在している。
彼らはそれぞれがそれぞれの得意分野を生かして、支え合っている。
いや、「支え合う」という表現はおかしいかもしれない。
支え合ってなんかいないのだから。
レオンハルトは思う。
彼らは自身の力でできる限りのこと…いや、"どんなこと"だってする。
そして、他の3人の力を絶対的に信じ、決して干渉しようとはしない。
信じているからこそ、支えたりなどしない。
己にできることをするだけなのである。
光輝は急にいつものおちゃらけた笑みに戻って口を開く。
「まぁ、つまり、俺たち4人揃えば最強ってことで!」
これが光輝なりの照れ隠しなのだと気がついたのはクリスだけである。
「あ、そうだった。クリス、ほい、これ。」
そう言って光輝はクリスに何かを投げた。
クリスの手の中にはガラスの宝石が埋め込められたアクセサリーの一部のようなものがあった。
「ハイエナのボスの部屋で見つけたお目当てのもの。」
そう、彼らがわざわざレオーネに探しに行ったものである。
クリスはすぐにそれが何かわかった。
「唯一神、ノエル様のネックレス……ですか。」
食後の紅茶を入れていたレオンハルトは思わずカップを倒してしまった。
「そんな大切なものを投げたのですか!?!?」
光輝はおかしそうに笑う。
「あはははっ!大丈夫大丈夫!落としたくらいで壊れないから!」
「そういう問題では…!」
レオンハルトの血管もそろそろやばいかもしれない。
クリスはそのネックレスの欠片を見つめた。
「これはどんな力を持ったものなのですの?見た目はただの装飾品にしか見えませんが。」
「……ただ、の、ネックレス……」
りのの答えに思わずクリスは首を傾げた。
翡翠色の瞳はキョトンとしている。
「そう!元はただのネックレス!でも、神であるノエルが持ち続けたから、その力の一端が染み込んだってところかな!」
光輝は堂々とそう言い切った。
「ふーん…あの馬鹿そうなヤクザがそれに気づいていたとは思えないが?」
「うん、まぁ、ただのラッキーアイテムくらいに思ってたんじゃない?あれを手に入れてから運の回りが凄まじくよくなったって噂だったし。」
志狼と光輝の会話にクリスは納得したようだ。
「そう、それでわざわざレオーネまで行きましたの。」
つまり、光輝はもともと確信していたのだ。
ハイエナのボスが神のネックレスの一端を持っていると。
ただ運がよくなったヤクザの噂話からそこまで考えつくのは光輝くらいなものである。
「まぁ、的が外れたら、獣耳だけ拝んで帰るつもりだったけど!」
「はっ、確信があったくせに。」
志狼は横目で光輝を見てそう吐き捨てる。
光輝はいたずらが成功した子供のような顔をした。
「あー、あと、それの力はよくわからないけど、神の力だからねぇ。保管には気をつけた方がいいよ。」
光輝は神のネックレスを当然のようにクリスに預ける。
「ええ。ですが、私の屋敷の守りは…」
クリスは3人の信頼には当然のように応える。しかし、屋敷の守備に不安があるのもまた事実なのだ。
そう、クリスのおじの一件以来警備は一新しており、人間相手なら何にも問題ない。
しかし、彼らの敵は人間とは限らない。
魔族の四天王を防ぐ術などない。
「……ん、任せて…」
そう、彼ら以外には。
クリスの言葉にりのはこくりと頷いた。
「それではお願い致します。」
クリスもまたりのの言葉に頷く。
もちろん一体何をどうするのかなどは一切聞かないのである。
あれから数日間、りのは屋敷の使用人たちや志狼に頼んで、屋敷のものの配置を変えている。
しかし、屋敷に塀を付けたり、トラップを仕掛けたりということは一切していない。
ただ庭の木の位置を変えたり、石を置いたり……という模様替えをしているだけなのである。
使用人たちは皆そのことを不思議に思っていた。
しかし、それを口にすることなどなく、りのの言う通りに動いている。
日々彼らと接している使用人たちはきっとこれが何かに繋がるのだろうと考えている。
もちろん志狼は何の疑問も抱かずに働いている。




