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「そういえば、自己紹介がまだだった。俺は光輝で、こっちがりの、んで、こっちが志狼な。」
とりあえず仕切り直しということで光輝は自己紹介から始めた。
「私はリズよ。人間なのに、和名ってことは和の国から来たの?」
光輝は首を傾げる。
「和の国?」
「……この世界で、和名を名乗るのは…獣人の、一部…とか…和の国、の、人間…とか……」
「へぇー!そうなんだ!んじゃ、他にもあるの?」
「…ん…」
「おお!カタカナもいいけど、和名もいいよねー。リズは和名じゃないんだ?」
「そうだけど……結局あんたたちどこから来たの?何者?」
リズはこの奇妙な一行のことを知ろうとして、和の国の話をしたのだが、思わぬ方向に話が脱線したため、率直に聞くことにしたのだ。
「ん?パラミシア?」
光輝は首を傾げながら答える。
「……カルディアー王国、パラミシア領……」
りのが付け加える。
「ふーん、あんたたちカルディアーの出身なんだ?」
間違った結論を出したリズに志狼がサラッとあり得ない言葉を返す。
「いや、異世界。」
何気ない一言に彼女は固まった。
「………………はぁ?」
「だから、異世界。」
志狼は当たり前のようにもう1度繰り返す。
「……異なる、世界、の、異世界……」
りのはリズが聞き取れなかったのだと思って言い直した。
リズはとても真剣な顔で口を開く。
「……頭大丈夫?」
ある意味これが正しい反応なのだろう。
「プハッ、まさかの獣人少女が一番の常識的な反応!」
「……そ、なの…?」
「いやー、これが常識人の反応でしょー。俺たちの周りって個性豊かだよなぁー!」
周りが非常識と言っているようなものだが、光輝にとってはそれはかなりの褒め言葉だ。非常識を彼は好む。
"常識"で塗り固められた世界で"常識"を被って生きてきたのだから
自覚はないだろうが、たぶんりのと志狼も同じなのだろう。
だって、りのと志狼は存在自体がある意味“非常識”なのだから。
まぁ、おそらく2人は“常識”を被るような生き方はしてこなかったと思うが。
ちなみに、光輝の中でレオンハルトは常識人の括りに入らない。
常識人ぶってはいるが、常識人は貴族をやめて彼らの元に来たりしない。
「よくわかんねーけど、おまえは人のこと言えないんじゃねーの。」
「確かに!でも、それはこの上ない褒め言葉だね!」
再び話が脱線したのにリズは耐えられず口を開く。
「ねぇ、いい加減話を進めてほしいんだけど?あんたたちもしかして本当に頭おかしい人たちなわけ?」
訝しんでいる彼女に光輝はのんびり答える。
「いやー、2人に悪気はないんだよー。」
「それじゃ、あんたには悪気があるってことになるけど…」
彼女は眉を顰めた。
「あははっ、いやー、"あっち"じゃ、ちゃんと空気を読んでたよー。」
むしろ光輝は人一倍空気を読んで生きてきた方だ。
それをしなくなったのはこの世界に来てからだ。
「あー!もー!何なのあんたたち!」
リズは短気な性格ではあるが、そうでなくてもそう言いたくなる状況だろう。
「ごめんって。まぁ、俺たちが異世界から来たのは本当だけど、別に信じなくていいよ。」
光輝は笑って言う。
本気でそう思っているからだ。
「なによ、それ?」
リズはますます怪訝な表情になる。
「俺たちが何者かは別に大した問題じゃないだろ?それより、俺たちに力があるかどうか、それがあんたにとって一番大事なことだと思うよ?」
線を引かれた。
リズは確かにそう感じた。
そして、そのことになぜか騒ついた胸には気づかない振りをした。
「……そうね。あんたたち随分大見得切ってたけど、本当に強いの?」
「当然だろ。」
志狼の迷いのない、そして全く感情のこもっていない台詞にリズは何も言えなくなりそうになる。
あっさりしすぎて見栄を張っている感じが全くしないからだ。
「それなら、証拠を……」
当然のようにその証拠を見せろと言おうとしたリズの言葉を光輝は笑って遮った。
「こんなとこでそんなことしたら、ここら辺一帯吹き飛ぶって。」
笑いながらそういう光輝の言葉に現実味など全くなく、冗談だと思ったリズは呆れた。
「んなことよりさっさと行こうぜ。」
志狼は面倒くさそうである。
「……ん……遠い…?」
「あいつらの本拠地なら隣の町にあるから、それなりの距離はあるけど……そうじゃなくて!」
そろそろリズの血管が切れるんじゃないかと光輝は思った。
「…ん……了解…」
りのは全然気にしていないが、悪気はない。
無言で魔法陣を描き出した。
そのことに驚いたのはリズだった。
「……魔法陣…を書いてる……」
リズは自分が大した教養があるとは思っていないし、大多数の獣人と同じで魔法の才などないが、それでも本来魔法陣は魔法によって描かれるものであるくらいのことはわかる。
「……できた…」
りのが描いたそれはまるで芸術のように思えた。
そして、そこから現れた存在はリズを更に驚かせた。
「……う…そ……」
彼女はりのの魔法陣から現れた“それ”を呆然と見上げた。
"それ"はリズが本来なら一生出会うことのない存在だった。
そう決して出会えない存在。
彼女が昔好きだった絵本に"それ"は登場していた。
子供の頃はいつか冒険に出て"それ"に会うんだと夢見ていた頃もあったが、大人になるに連れて"それ"は冒険に出たとしても決して会える存在ではないとわかるようになった。
信じられない気持ちでリズは"それ"の名前を口にする。
「……グリ、フォン……?」
そうだ。とても大きなそれは伝説の存在。
毛で覆われた鷲のような上半身と、巨大な獅子のような下半身を持つ"それ"はリズがかつて絵本で見た挿絵より、彼女が空想した姿より、何十倍も凛としていて威厳があった。
鷲のような上半身はフサフサとした風格のある毛並みをしていて、嘴は鳥なんかとは比べ物にならないほど大きく鋭い。また、その巨体を持ち上げるための翼もまた鷲とは比べ物にならないほど大きく凛々しい。そして、空を踏みしめて走るための鷲の前足と獅子の後ろ足はなんと強靭なことか。
信じられない気持ちでリズはその存在を見上げている。
そこに、光輝の楽しそうでいて感心したような声が響く。
「やっぱり何度見てもすごいねぇ〜!グリフォン!グリフォン!」
彼らが今回の旅の途中で世話になったのがこのグリフォンだった。
「んなこと言ってないで早く乗れ。」
志狼はもうりのを連れてグリフォンの背に乗った後である。
それに光輝はにやにやして口を開く。
「えー、俺も抱えて行ってよ〜!」
「……」
志狼はなんだかんだでりのに甘いことを知っている光輝は偶に志狼をからかうのだが、反応はほぼない。
普通に志狼に無視された光輝は自力でグリフォンの背に登る。
「リ〜ズ〜!いつまで惚けてんの〜!」
光輝はおかしそうに笑ってリズに手を振る。
リズは意識を引き戻し、頭に渦巻く疑問を口にする。
「なんでグリフォンが……!いったいどうなってるの!?」
もはや大混乱だ。
彼女には今何が起きているのか全くもって理解不能だった。
「いいから、さっさと乗れ。」
しかし、残念ながら、リズの疑問に答えようとする者はここにはいない。
志狼は早くしろと言わんばかりだし、光輝は笑っているだけで、りのは何か別のことに思いを馳せているらしい。
「もう!なんなのよ!」
文句を言いながらもリズはとっても身軽な様子でグリフォンに登った。
やけくそだ。
「わぁお、さっすが獣人!」
光輝は感心してるのか冷やかしてるのかわからない言い方をしていた。
そして、リズの案内でグリフォンは黒組織ハイエナの本拠地に向かった。
大きな翼を広げ、天を踏みしめて飛ぶグリフォンの背に乗るということは幼少期の想像よりずっとすごいことなのだとリズは実感していた。
「……すごい……全然知らない場所みたい……」
リズも隣町に来ることもあったが、グリフォンの上から見る景色はいつもと全然違う世界に見えた。
見方一つでここまで変わるのだと思わずにはいられなかった。
グリフォンの大きな背は4人も乗っても狭さなど感じず、天翔ける翼が羽ばたく度に風が体を包み込む。
町や人々を空高くから見下ろし、その全てはおもちゃのように小さく、景色はあっという間に移り変わる。
誰よりも天高く、何よりも早く駆け抜ける。
リズは感動、興奮、驚き…といった様々な感情が入り交じり、ただ呆然と町を見下ろした。
まぁ、実のところ、グリフォンに全力で飛ばれたら、(志狼以外の)人間や獣人の体は風圧に耐えられない上に、景色も目で追えない。
そうすれば、リズの道案内が無意味になるので、グリフォンはかなり遅めに、そして低く飛んでいるのだ。
だが、そんなことをリズが知るはずもないし、知る必要もない。
グリフォンの背の上で憎しみと絶望に駆られた少女はほんのひと時その全てを忘れ、ただただ幻想的な世界を味わった。




