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それから数日、彼らは特に何事もなく過ごした。
変わったことと言えば、光輝が図書館にも行くが、それ以外にも町やその周辺の散策もするようになったことくらいである。
りのと志狼は相変わらず毎日図書館に通っている。
「りのは今日も図書館?もう図書館の本全部読んじゃねー?」
「……ま、だ……」
さすがのりのでもあれほどの量を全部読むには時間がかかる。
「んじゃ、今日も図書館かー。偶には息抜きとかしないの?」
「……たの、しい、よ…?……でも、志狼、ひま……」
我関せずと朝食を頬張っていた志狼がりのの方に視線を向ける。
「ああ?別に寝ればいいし。」
「…志狼って案外過保護だよね。」
光輝はにやけながら小声で呟く。
地獄耳な志狼に睨まれながらも気付かない振りで食事を続ける。
コンコン。
「どうぞ。」
ノックの音にクリスが応える。
「失礼します。」
いつものメイド、メアリーが入ってきた。
使用人はメアリーだけではないのだが、クリスの身の回りのことはほとんどメアリーがやっていた。
「レオンハルト様がお見えになっています。」
「わかりました。すぐに伺います。」
「それが……」
メアリーは少し困ったような表情を浮かべた。
「りの様、志狼様、光輝様にもお会いしたいとのことです。」
仕方なしにクリスはレオンハルトはいつもの応接室に招いた。
朝食は急いでメアリーたちに下げさせた。
数日ぶりに見たレオンハルトはなんとあの濃い緑色の長い髪をバッサリと切っていたのだ。
「この度は突然の訪問にも関わらず、お時間を割いてくださりありがとうございます。」
レオンハルトのあまりの変わりように、クリスは顔が引き攣りそうになるのを必死に堪えた。
もちろん見た目だけの話ではない。
そんなレオンハルトに光輝は何とも言えない表情で問いかける。
「で?俺たちに何の用?」
レオンハルトは真剣な表情で口を開く。
その表情はまるで死地に赴く軍人のようで、覚悟が滲み出ていた。
「あれから私は様々なことを考えました、貴族とは何か、平民とは何か、あなた方の言葉の意味、あなた方の世界、あなた方がこの世界で為すこと……そして、思ったのです、あなた方の行く先を、あなた方の見る世界を、私も見てみたいと。」
以前とはもはや話し方も態度も別人のようである。
オールバックなのは相変わらずだが、長かった時とは違い、短くなった今はむしろ傲慢さより丁寧さが滲み出ている。
「ですから、どうか私を従者に…」
「却下。」
珍しく志狼が光輝より先に口を開いたと思ったら、それはあまりに無慈悲な即答であった。
「足手まといは必要ない。」
当たり前のように志狼は言い放つ。
しかし、志狼の言葉にレオンハルトがショックを受けた様子はない。
「足手まといなことはわかっております。だから、あなた方に着いて行こうとは思っておりません。ですが、この屋敷を守るくらいはできると思っております。どうか私を…」
またもや志狼はレオンハルトの言葉を遮る。
「おまえに魔族の四天王が倒せるとは思えない。」
志狼のこの言葉に驚きを隠せないレオンハルトであった。
「……まさかと思いますが…」
志狼とレオンハルトのそのやり取りを苦笑いで見ていたクリスが呆れたように答える。
「残念ながら、その通りですわ。彼らは既に1度四天王であるウィリアム・マーキュレーを破っております。」
レオンハルトはまた目を大きく見開くこととなった。
彼らと出会ってからレオンハルトは驚かされてばかりだ。
そして、そんな彼らをもっと見たい、もっと知りたいといつしか思うようになった。
「……それでも、私は……」
それまで黙り込んでいた光輝がゆっくりと口を開く。
「…あんたが本気なのはわかった。もしどうしてもって言うなら、その忠誠はクリスに誓え。」
今度はクリスが驚く番である。
「何をおっしゃいますの!?彼は……」
クリスが口を挟む前に光輝は言葉を続ける。
「俺たちにおまえは必要ないけど。クリスには必要だろうし。……あ!でも!婚約者ってのは認めないから!」
最後の一言で色々と台無しである。
つまり、光輝はクリスの仕事の補佐としてなら、ここにいてもいいと言っているのだ。
「ありがとうございます。元よりクリスティーナ様とのご婚約を続けるつもりはありません。私などが釣り合う相手ではないと先日思い知りました。…それに私はもう貴族ではありませんから。」
レオンハルトが静かに告げたその言葉にクリスティーナは目を見開く。
「…まさか家を捨てたのですか!」
"あの"レオンハルトが家と貴族の地位を捨てたのである。
昔から彼を知っているクリスは驚愕せずにはいられない。
「はい。」
レオンハルトはこれまで見たことがないほど穏やかに微笑む。
「……本当に彼らに魅入られたらもう一溜まりもありませんね。」
クリスの表情には呆れが多く含まれていたが、どことなく優しげであった。
彼はいつだって己が貴族であることを誰よりも誇りに思い、その責を全うすることを重んじていた。
そんな彼が自ら貴族の地位を捨て、元婚約者の補佐として生きることに何の迷いも感じなくなるほどに、彼は魅入られてしまったのだ。
光輝と、志狼と、りのが持つ魅力に。
「……じゃ、レオン…クリスを、よろしく…」
りのに愛称で呼ばれたレオンハルトはとても嬉しそうだ。
「はい。りの様。」
りのは軽く首を傾げる。
「…さ、ま…?」
光輝は微妙な顔をする。
「わかってると思うけど、おまえの主は俺たちじゃなくてクリスだぞ。」
レオンハルトは笑顔で答える。
「わかっております。ですが、主人の大切な方々に敬意を払うのは当然のことだと思います。」
レオンハルトは笑顔で飄々と答える。
そのあまりの変貌ぶりに光輝とクリスは顔を引き攣っているが、りのと志狼は全く気にしていないようだ。




