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遠くから戦況を見守っていたクリスはそっと溜め息をついた。
光輝が3人でやると言った以上、志狼だけで決着をつけさせるなんてことするわけがないとクリスは初めからわかっていた。
光輝が虎の威を借る狐なんて可愛らしいものであるはずがないのだ。
「では、決闘再開で構いませんね?」
レオンハルトは少し考える素振りをしたが、異議は申し立てなかった。
「んじゃ、りの、どっちからやる?」
光輝は能天気にりのに話しかける。
光輝の余裕綽々な態度にもレオンハルトは機嫌を損ねた様子はない。
彼にはもうそんな余裕はないのだ。
「……少し…時間、かかる…」
「そんじゃ、俺からかー。」
光輝は対戦相手の方に体を向けた。
そして、笑う。
レオンハルトも従者2人も剣をキツく握り締める。
もうそこに油断などない。
「俺たちさ、異世界から来たの。」
そこに光輝はいきなり爆弾発言を落とす。
「…異世界?」
「あー、別に信じなくてもいいよ。」
光輝はゆっくりと一歩前に出る。
「俺たちのいた世界にはさ、ほとんど戦いなんてなかった。刃物なんて持ってただけで捕まるような世の中だ。魔法はただの空想のものだった。」
光輝はゆったりと語る。
レオンハルトはただ黙って光輝の話に耳を傾けた。
「本当に退屈でさぁー。みんな平等、みんな同じ、少しでも"普通"と違う言動をすれば、不審がられて忌み嫌われる。」
光輝は一歩一歩進んでいく。
「"普通"じゃない才能や考えは恐れられ、妬まれ、潰される。」
光輝は笑顔を張り付けて話を続ける。
その言葉には確かな重みがあった。
「そんなのわかりきってたから、別に何とも思わなかった。」
そこで光輝の話は切れ、歩みも止まった。
レオンハルトは慎重に問いかける。
「……何が言いたい。」
その表情は神妙なものであった。
「まぁ、つまり、この状況が楽しくて仕方ないんだよ。」
光輝はゆっくりと口角を上げて笑う。
楽しくて楽しくて我慢ができないように、静かに、目の奥に鈍い光を浮かべて、笑う。
そうして、敵が身構えている中、光輝は振り返る。
「……時間稼ぎはこんなものでいいかな?りの。」
りのはこくりと軽く頷く。
「………は?」
レオンハルトは呆気にとられる。
光輝の言動に気を取られていた彼らはりのの方に全く注意を向けていなかった。
そんなレオンハルトに光輝は先ほどの態度とは打って変わって明るい声を出す。
「会話術も立派な戦略ってね!」
そう、光輝の最大の武器はその対人スキルである。
異世界の話をすることで相手の興味を引き、いかにも自分が次に何か仕掛けるかのように前に進み、闘志丸出しの表情をしていたのだ。
「小賢しい…」
レオンハルトは口ではそう言いつつも、光輝の策略と演技には感嘆していた。
「でも、俺が言ったことは全部本当だし、戦闘中に相手の話に聞き入っている方が悪い。」
光輝はニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべている。
「ああ、もちろん、りのの後で俺も相手するよ?」
レオンハルトはここでぐだくだ言っていても仕方がないと判断して、りのの方に視線を向けた。
すると、りのの足元に見たこともない魔法陣が描かれていた。
レオンハルトにとって魔法陣は専門外だが、それでも基礎知識くらいはある。
だが、りのの描いた魔法陣はこれまで見たどんな魔法陣よりも複雑に描かれていた。
「…かん、せい…」
りのが最後の一角を描き終えると、魔法陣は光り輝き始めた。
そして、魔法陣から"何か"が現れ始めた。
それを見たレオンハルトはその美しさに声も出なくなり、それがいったい何なのか考えることもできなかった。
……いや、本当は薄々気がついていたが、そんなはずはないと己に言い聞かせる。
にわかに信じ難い光景だったのだ。
「うっひょー!さっすがりの!一発で成功だ!やっぱ乙女を守るのはユニコーンの役目だよね!」
呆気に取られているレオンハルトたちを気にもせずに、光輝の楽しそうな声が響き渡る。
そうだ。
雪のように真っ白な体、凛々しく威厳のある鬣、そして、真っ直ぐ伸びた額の角…………。
その全てが神々しく、その迫力は幻獣と呼ばれるのに相応しいものであった。
「……そ、んな、馬鹿な……ユニコーンは伝説の生き物なのだぞ……それを召喚する術があるばす……」
レオンハルトも従者の2人もただただ見惚れることしかできなかったが、レオンハルトは何とか言葉を絞り出した。
そして、りのが先ほどまでと全く違う雰囲気を醸し出していることに彼らは気がついた。
「パラミシア図書館にあるこの世界のこと、魔法、魔法陣、生態系、種族…あらゆることに関する全ての書物を読んだ。その結果、私には魔法陣が向いていると判断した。確かに人間の魔法陣ではユニコーンの召喚は無理。でも、エルフには可能。」
そう、りのはもうあの図書館の現在必要としている情報の記載のある書物は全て読み尽くしたのである。
「…………だが…エルフの魔法や魔法陣は門外不出で、図書館に資料があるばすない…」
呆然とそう言うレオンハルトにりのははっきりと応える。
「エルフの魔法陣の一部を記録した書物ならある。」
魔法陣は基本的に大きな円の中にたくさんの記号と文字が組み込まれている。
その形は様々で、文字と言っても失われたあらゆる古代語でそれを解読する術はもうない。
「あんなもの魔法陣のほんの一部だぞ!しかも、そんな資料なんてほとんど…!」
人間の資料にあるエルフの魔法陣の一部とは、だいたい人間が運よくエルフの魔法陣を見た時の記憶を頼りに書かれている。
大まかな形だけが描かれているもの、一部の文字だけを意味もわからず書き記したもの……そんなものしかない。
「エルフの魔法陣の一部、人間の全ての魔法陣から法則性を見出して、全ての生態系・現象と結びつける。そこから魔法陣を再構成するのは難しいことじゃない。」
りのがさらりと告げたその言葉をレオンハルトは呆然とうわ言のように繰り返した。
「………法、則性……再、構成……」
魔法陣は古代文明である。
現在、魔法陣を創り出すことができるのはエルフの一部の学者のみである。
人間の魔法陣の法則性を分析するだけでも学者がかなりの年月をかけて研究しなければならない。
りのはエルフの魔法陣のたった一部を見ただけでその法則性を見出し、その上そこからそれを実用化し、再構成した。
その上、ユニコーン召喚などおそらくエルフでも為せる者などほとんどいないだろう。
「……そんなこと……」
レオンハルトはもはや自分が剣を落としたことにも気が付かず、りのとユニコーンを見つめていた。
もはやその目に戦意など欠片も残っていない。
そんな中、光輝のはっきりとした声が辺りに響き渡る。
「【地よ、風よ、水よ、世界のあらゆる力よ、我に力を。】」
「【暗雲よ、我が天に集い、我に雷を与えよ。】」
光輝がそう言うと、空は黒い雲で覆われ、雷鳴が轟き渡り、雷は光輝の元に落ちた。
そして、雷は光輝の周りに集う。
雷を纏い、光輝は笑う。
「あはは、一瞬俺に直撃するかと思った!」
そう言うわりには楽しそうである。
レオンハルトはもう驚きの表情さえ浮かべられず、ただ呆然とすることしかできない。
「……上級魔法……魔法などない世界から来たと…」
レオンハルトの言い分は最もだ。
「うん、だから、これが初めての魔法なんだけど、案外なんとかなるもんだね〜!」
光輝は軽々と言っているが、上級魔法を使える人間は相当限られている。
彼らだって初めから上級魔法が使えたわけではない。
まず、魔力コントロールの練習、呪文の暗記、初級魔法の練習、中級魔法の基礎……そういった手順を踏むのが当然のことである。
稀に才能がある者が現れ、凄まじい速さでそれらの手順を熟すこともあるが、それでも初めての魔法が上級魔法であるなんて聞いたこともない。
光輝がどんな方法を使ったかはりの以外誰にもわからない。
「…無理だ、こんなの…!」
レオンハルトの従者の1人はもはや戦意喪失状態であった。
しかし、もう1人はそうではなかった。
「レオンハルト様!まだです!我々がユニコーンを引き付けます!その間にあの男を!」
レオンハルトは剣を拾おうとはしなかった。
「こちらの負けだ。剣を下せ。」
彼は静かにそう告げる。
「ですが!」
従者はなお食いつく。
だが、レオンハルトは決して愚かではない。
「伝説の一角獣"ユニコーン"に、上級魔法……それだけではない、ユニコーンを召喚できるほどの魔法陣を扱える者とたった1度で上級魔法を成功させる者、その両方を相手にして勝てると思うほど自惚れてはいない。」
レオンハルトは冷静にそう告げた。
光輝は満足げに笑う。
「冷静な判断だね。それがわからないほど馬鹿じゃないんだ。」
そのやり取りを見たクリスは試合の判決を下すために口を開く。
「では、試合はここまでとし、勝者は光輝、りの、志狼の3人と致します!」
従者の1人はホッと胸を撫で下ろし、もう1人は悔しそうに唇を噛み締める。
レオンハルトは内心複雑ではあったが、不思議と悔しさは微塵も湧いてこなかった。
心臓に穴が空いているかのように、複雑な気分なのに、何も湧いてこないのだ。
しかし、いつまでも呆然とはしていられなかった。
「あー、これの仕舞い方がわからないから、志狼よろしく〜。」
全く空気を読まない光輝の能天気な声がレオンハルトの耳にも聞こえた。
何気なくそちらに目を向けると、あり得ない光景が目に飛び込んできた。
バッリーーーン
なんと志狼が生身の蹴りで光輝の上級魔法の雷を消し去ったのだ。
「………な!!」
あり得ない光景であった。
レオンハルトは驚きのあまり言葉も出ない。
そんなレオンハルトの傍にいつの間にかクリスが立っていた。
「彼らに常識なんて通じませんわ。言ったでしょう、人間が敵うはずないと。それに、彼らは私の大切な客人…いえ、家族なのです。」
クリスは3人を見ながら、レオンハルトに言った。
最初は呆れたように、そして、だんだんとその声は嬉しそうに、楽しそうに、愛おしそうに変化する。
そんな彼女にレオンハルトはふと表情を和らげた。
「そうか……やはりおまえはすごいな、クリス。彼らのような者に認められるのだから。」
レオンハルトはクリスティーナにそう告げる。
「私にはどうして彼らが私を認めてくださっているのかわかりませんわ。ですが、彼らの信頼には応えたいと思っております。」
クリスは穏やかに笑う。
両親を亡くしてから日の浅いクリスが心から笑うことができるのは彼女の強さと彼らのおかげなのだなとレオンハルトは思った。
今回レオンハルトが来たのはなんだかんだ言って彼女が心配だったからだ。
チラッと彼らに視線を向けると、彼らはレオンハルトなど意にも介していない様子で会話していた。
「うっわー!やっぱ実物はすげーな!ユニコーン!」
「ふーん、これがユニコーンか。馬に角が生えたようにしか見えねーが、強いのか?」
「結構強い分類に入るよー!そんじょそこらの人間とか魔物とかなら、超よゆー!」
「……ユニ、もう、帰っていい、よ…?……ありが、とう…」
そんな彼らを見てレオンハルトは思う。
彼らと自分では見ているものが違い過ぎるのだろうと。
自分がどれだけ小さな存在か心の底から思い知った。
貴族は平民よりはるかに優れていると思っていた。
貴族はあらゆる特権を所持し、教育を受け、多くのことを知り、考える。
教育を受ける時間も金もない平民より優れているのは当然のことだと思っていた。
だが、彼らにそんなものは通用しないのだろう。
彼らの目には目の前の小さなことなど映ってはいない。
彼らの世界は無限に広がっていて、彼らは決して怖気付いたりしない。
「本当におまえはすごいな。」
そんな彼らに認められるのだから。
そんな彼らと同じ世界を見ているのだから。
レオンハルトは噛み締めたようにもう一度そう言う。




