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翌日の朝食でクリスは昨日の話を思い出した。


「本当にやりますの?」


「もっちろん!」


クリスは不安そうに……ではなく、どちらかというと呆れたように光輝に尋ねた。

光輝は生き生きと答える。


「はぁ、レオンとの婚姻は元々解消するつもりだったので、構いませんが、決闘なんて……」


そうなのだ。

クリスはパラミシアの街がとても好きなので、レオンハルトと結婚して嫁入りするのも彼を婿として迎えて彼にパラミシアの統治を任せるのも嫌だったのだ。

だから、密かに婚約解消の手配を進めていたのだ。


「さすがのレオンハルトでもお気の毒ですわ……」


「あははっ、そっちの心配?俺たちが負ける心配とかしてないの?」


光輝は面白そうに、そして、意地悪そうに笑った。

それに、クリスはふんわりとした笑顔で答える。


「そんな心配は微塵もしていませんわ。」


決闘の内容なんて知らなくとも、クリスは3人の勝利を信じて疑わない。

疑うはずもないのだ。


「あはは、断言されちゃったよ。」


「ん、負け、ない。」


そして、誰も負けるつもりなんてない。



午前のうちにレオンハルトは屋敷にやってきた。

2人の従者を連れて屋敷の玄関でふんぞり返っている姿は貴族そのものである。


「来てやったぞ。」


とても偉そうな態度にクリスはそっとため息をついた。

長い髪を結びもせずに来たのは自信の表れだろう。


「本当に決闘なんてなさるのですか。」


「当然だ。一度受けた決闘を反故ほごにするなどあり得ない。」


クリスは再び溜め息をついた。

光輝が張り切っているということは、レオンハルトのこの態度は長くは続かないだろう。

純粋に貴族として育てられ、貴族意識が非常に強いだけのこの男をクリスはどうしようもないと思いつつ、嫌ってはいなかった。

クリスにはもう気の毒としか思えない。


「それで、決闘の内容は何だ?本来なら決闘を申し込まれた俺が決めるのだが、平民であるお前たちにハンデをやろう。」


これは好都合だと光輝はニヤリと悪どい笑みを浮かべた。


「そんじゃさぁ、俺たち3人と1人ずつ勝負してよ。内容はただの決闘じゃ、おもしろくないから、知力、武力、魔法の全部が必要なもので!」


「良かろう。」


レオンハルトは平然としていたが、クリスは少し驚いたようだ。

クリスが知る限りこの3人はまだ魔法なんて使えないはずだ。

だが、光輝なりの考えがあるのだろうと思って、不安にはならなかった。


「じゃあ、最初は……やっぱり志狼と内容は何でもありの武力勝負!……と思ったんだけど……」


貴族野郎のプライドをへし折るにはまず志狼だろうと光輝は考えた。


だが、さすがに人間相手に志狼と何でもありの決闘なんてさせたら、相手の命に関わりそうだと光輝は思った。

それ以前に志狼の実力の1/100も発揮されずに勝負がついてしまいそうである。

それではつまらない。


そこで、光輝は真剣勝負、狩り、騎馬戦……と様々な決闘方法に考えを巡らせていた。


そんな光輝を見てレオンハルトは自ら提案することにした。


「ならば、こうしよう。3対3の総力戦で良かろう。こいつらの腕はなかなかのものだ。まぁ、この俺には及ばないがな。」


「それだ!うん、そうしよう。」


レオンハルトの提案は光輝にとっても悪くないものであった。

「偶にはいいこと言うじゃん!」と光輝は失礼なことを思った。


レオンハルトは光輝の後ろにいる2人に視線を向けて問いかける。


「そこの2人もいいな?」


そんなレオンハルトに志狼はどうでも良さそうに答える。

りのは相変わらずだ。


「そいつがいいつってんだ。なら、それでいい。」


「ん……光輝、に、任せる…」


そんな彼らを見て「自主性のないやつらだ」とレオンハルトは2人を評価した。

それが間違っていると気がつくのはもう少し先のことである。


このやり取りに溜め息をつきそうになるのを堪えてクリスは口を開く。


「では、私が立会人を務めますわ。ああ、あと、ここでの戦闘はご遠慮願いますわ。」


レオンハルトはクリスが決して不正などしないことはわかっていたため、彼女が立会人になることに不満はなかった。


「ああ、ただ、わざわざ場所を変える必要は感じないが。」


「私の大切な屋敷の庭をボロボロにされてはかないませんので。」


レオンハルトは大袈裟だと思いながらも納得した。

それが決して大袈裟なことではないと彼が知った時はもう後の祭りであった。


「レオンハルト様、それなら、あそこがよろしいかと。」


レオンハルトの従者が決闘の場所に心当たりがあるようだ。


そうして、彼らはレオンハルトの従者の1人に案内されて、森の入り口あたりまで移動した。

森の入り口とはいえ、それなりに広々とした空間が広がっていた。

ちなみに、その森はウィリアムの屋敷があった森であった。


「こんなところでどうでしょう。」


レオンハルトの従者はそう尋ねた。

誰よりも早く光輝が答える。


「うん、まぁ、いいんじゃないの?」


りのはあたりをぐるりと見回している。

おそらく何かを分析しているのだろう。

志狼は眠そうに欠伸をしている。


「とりあえず確認だけど、総力戦ってことは何でもアリなんだよね?武器も魔法も。」


「当然だ。まぁ、多少は手加減してやる。」


レオンハルトの不遜な態度は決して崩れない。

光輝はニヤニヤと笑う。


クリスはこれ以上引き延ばすのはまずいと思って、急いで口を開く。


「それでは、今この時をもって、わたくしクリスティーナ・レーウィンの名の下、公正なる決闘を執り行うことをここに宣言致します。」


クリスのハッキリとした声がそこに響き渡る。


レオンハルトと従者2人は剣を抜いた。

しかし、全く武器を取り出す様子もない決闘相手の3人にレオンハルトは眉をひそめる。


「始め!」




ドゴォーーーーン!!!!!




クリスの開始の合図が響き渡った直後、爆音と共に地面が大きく揺れた。


「なっ!!なんだ!?」


レオンハルトとその従者たちは全く状況が飲み込めなかった。

立っているのがやっとの揺れで、地面にはいくつものヒビが入っていた。


揺れが収まり、従者が地面のヒビに目を向けると、それはある一点を中心に広がっていた。


「レオンハルト様!!これはいったい…!?」


だが、その事実が信じられなくて、叫ばずにはいられなかった。


「貴様!いったい何をした!?」


レオンハルトは志狼に向かって叫ぶ。

そう地面のヒビは志狼の片足を中心に広がっていた。


「あ?見りゃわかるだろ。地面を蹴ったんだ。」


志狼は当然のようにそう言う。

もう1人の従者は志狼に怒りを露わにして叫ぶ。


「蹴った!?蹴っただけでこんなことになるわけないだろ!どんな魔法を使った!?」


志狼は面倒くさそうに少しだけ眉をひそめた。


一方、光輝は満足そうに、自慢げにニヤニヤ笑う。


「志狼は魔力なんてないよー。まぁ、強いて言うなら、脚力が尋常じゃないってだけ。まぁ、尋常じゃないのは脚力だけじゃないけどね!」


光輝は楽しげにそう言う。

もちろん、そんな言葉でレオンハルトたちが納得するわけない。


「貴様ふざけているのか!脚力なんて次元じゃないだろう!」


怒鳴るレオンハルトに志狼は面倒くさそうに口を開く。


「ぐちゃぐちゃうるせぇんだよ。てめーらの常識なんて知るか。」


常識なんて問題ではない。


「だから、言ったのです。この3人と決闘なんて命がいくつあっても足りませんわ。人間が敵うはずありませんもの。」


クリスは途轍とてつもなく嫌な予感がしたため、開始の言葉を述べる前に森の方に移動していた。

地面が揺れた時はなんとか木にしがみ付いたため、倒れずに済んだ。


「うっわー、また派手にやったねー。あーあ、手擦りむいちゃったよ。」


光輝はとっさにりのを掴んだのだが、支えきれずに尻餅をついていた。

りのは光輝を下敷きにしたため無事であったが。


「…だい、じょうぶ…?」


「あはは、大丈夫大丈夫。」


志狼はチラッと2人の方を向く。


「……弱いな。」


無感情に発せられたその言葉に光輝は苦笑いで答える。


「そりゃーね。俺はただのオタクな一般人だし〜。りのも運動は苦手みたいだし。」


そんな光輝の言葉に志狼はなぜか口元に微かな笑みを浮かべる。


「そうか。……でも、やれるんだろ?」


志狼は光輝のこともりののことも一般人だなんて微塵も思っていない。

身体能力は志狼よりも遥かに弱いが、それでも2人のことをいつだって対等な存在だと認識している。

そこにあるのは揺らぎない信頼であり、彼にとってそれは至極当然のことなのだ。2人が強いということは。


「当然!な、りの?」


それに光輝は自信満々な笑顔で答える。


「うん…」


りのもしっかり頷く。


だからこそ、志狼はこの作戦にも何も言わない。


「おい!貴様ら何を…」


レオンハルトが言葉を発し終わる前に志狼が忽然と姿を消した。

レオンハルトがそのことを認識した瞬間、彼は背後から首を鷲掴みにされた。


「一応聞くけど、俺に首を掴まれるってことがどういうことかくらいわかるよな。」


死だ。

レオンハルトはすぐさま"死"を感じ取った。

先ほどの脚力から考えて、その握力で首を絞められたら、確実に命はない。

普通なら首を絞められたら、窒息死するが、彼の場合はおそらく首が消し飛ぶだろう。


「…………ああ。」


レオンハルトはやっとの思いで言葉を発した。


つい数分前まで自分が見下していた相手にこうもあっさりと負けるなんて夢にも思わなかったのだ。

彼はあまりの呆気なさに悔しさを感じる暇もなく、自分が今どういう感情を抱いているのか自分でもわからない状態だった。


「つーことで、俺は勝ったから見学な。あとはあいつらとやれ。ああ、もちろんお前ら3人でな。」


志狼はレオンハルトと従者の間を抜け、りのと光輝の方へ歩き始めた。

レオンハルトは眉をひそめた。


「………何を言っている。俺たちは負けたのだ。敗者に情けでもかけるつもりか。」


レオンハルトは低い声を発する。

そこにあるのか怒りではなく、彼自身にもわからぬ複雑な感情だ。


「レオンハルト様!まだ俺たちが残っています!俺たちだけでも…」


彼の従者は慌ててそう訴えたが、すぐさまレオンハルトに一喝される。


「馬鹿者!こいつがその気なら、あの瞬間に全員殺されていた!そんなこともわからないのか!」


志狼は面倒くさそうに振り返る。


「情けとかそんなんじゃねーよ。光輝が2人でやるつってんだ。だから、俺は光輝の言う通りにやっただけだ。」


志狼の言葉に光輝は楽しそうに笑う。


「あははっ、そういうこと!いやさ、今回の決闘で俺とりのの軽いお披露目をしようと思ってね。でもさぁ、やっぱ志狼の力も見てもらいたかったんだよー。だから、志狼には最初の威嚇だけ頼んだの。」


そう、全ては光輝の作戦だったのだ。

光輝は決闘の内容が決まった後、すぐにこの筋書きを考え出して、移動中に志狼に話したのだ。


「あんたは俺たち全員で2度と歯向かう気なんて起きないくらいに叩き潰すって決めてんだ。」


光輝はゆっくりと、ゆっくりと、笑みを浮かべた。


光輝の今までのどんな笑みとも違う笑みにレオンハルトは驚きを隠せなかった。


レオンハルトは前にたった1度だけそれと同じ笑みを見たことがある。

とある国の英雄と言われる人物がいくさの話をしている時に浮かべたものだ。

幼いながらも、レオンハルトはそれが強者だけが浮かべられる笑みだとわかった。

それは圧倒的強者が戦いを語る時に、戦いに昂揚している時に浮かべるものだ。


「……威勢はいいが、どうする気だ。おまえもそこの娘も剣も握ったことがなさそうだが。」


レオンハルトは努めて冷静に問いかける。

どう考えても志狼が抜けて残った2人がどうにかできるとは思えなかった。

しかし、今はもうそれがただの虚勢には思えなかった。


「あはは、ご名答!握るどころかつい最近まで実物は見たこともなかったよ。」


光輝は機嫌を損ねた様子もなく、明るく笑う。


「でも……勝てる…」


りのはさも当然のことかのように言う。

レオンハルトにはもうりのがただの小娘には見えなくなった。


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