episode4 sect14 ”自信と勝利で始まって―――”
「Aチームは圧勝。えぇ、そうこなくては面白くありませんわ。そうでなければ張り合いがありませんわ!あー、昂ぶりますわぁ!!」
1回戦でのAチームの華々しい活躍を見届けた矢生はじっとしていられず練習用のサブフィールドに来てしまった。彼女の所属しているBチームの試合まではあと4時間近くあるのでウォーミングアップをするにはかなり早いが、矢生だから仕方ない。
というのもやはり、矢生の雪姫に対する懲りないライバル精神であろうか。絶対に負けを認めたくないという一心で自然と足が動いてしまうのだ。
単独で相手校6校のうち4校を容易く壊滅させた雪姫の鬼神の如き活躍を見て黙っていられる矢生ではない。《雪姫》だか《移動要塞》だかは知らないが、あちらがそうならこちらも負けじと頑張るだけのことである。
「さぁ、とことんやりますわよ聖護院矢生!真の1年生最強が誰なのか―――今度こそ見せつけてやりますわ!」
と、矢生が自分に気合いを入れているところにマンティオ学園のサポーターで来ていた魔法士の1人であるエイミィが通りすがった。
「あら、聖護院さん?もう練習を始めるのですか?試合はまだですよ。ちょっと早いんじゃないですか?」
「エイミィさんですか。えぇ、確かに早いかもしれませんが、試合を見ていますとやはり熱くなる・・・と言いますか。じっと出来ずに」
「なるほど、聖護院さんはとても熱心な人なのですね。素晴らしいと思います」
素直な意見を言われてしまうと矢生も鼻が高くなる。
「そういえば、エイミィさんはどうしてここにいらしたのですか?それこそ、まだ試合も後なのでどなたも来ないでしょうに」
「私、ですか・・・?それはですね、えーと」
難しい顔をして矢生から目を逸らすエイミィ。特に変な質問はしていないはずなので、矢生は首を傾げた。
「あの、もしかして私の話し方が分かりにくかった・・・ですか?」
矢生はエイミィが自分の独特な言葉遣いに慣れていなかった可能性を思いついて、一般的な敬語に直しつつそう尋ねると、エイミィは少し申し訳なさそうな顔で考えてから、苦笑して頷いてきた。それもそうだろう。いくらエイミィが熱心に日本語を勉強していたとしてもここまで無駄に丁寧な日本語はさすがに聞き慣れないだろうから。
「ごめんなさい。気を遣わせるようです」
「いえ、そんな。私の方こそ気が利かなかったです。―――そうです、あの」
矢生はよく考えたらエイミィがちょうど良いタイミングで来てくれたことに気が付いた。
せっかくランク5という実力を持つエイミィが来てくれたのなら、練習を見てもらわない他に手はない。
もしかしたらエイミィは矢生がここに来るのを見つけて、偶然を装いつつ、こうして声をかけに来てくれたのかもしれない。
「時間があれば、私の練習を手伝ってもらえませんか?せっかくここで会えたんですから、ぜひお願いします」
「うふふ、本当に積極的ですね。良いことです。そうですね、ではまず準備運動から始めるとしましょうか。ここでは他の人の邪魔になるので、あっちの木のところまで行きましょう」
快く頼み事を受けてもらえたので、矢生は思わずニヤついてしまった。これは随分と良い展開だ。IAMO所属のランク5ともなればまさに世界レベルの魔法士。そんな人たちをサポーターとして呼んでくれるとは学園もとことん素晴らしい仕事をしてくれた。
ここでエイミィらに教えを乞うことが出来れば、ここでの練習はただのウォーミングアップに留まらず、より高みを目指せる千載一遇のチャンスになるだろう。
人と関わることを嫌うあの冷たい少女との差を埋めるのには最高のシチュエーション。背中に追いつくどころか飛びかかって、うなじにでも噛みついて脅かしてやれるかもしれない。
―――しかし、矢生が喜び勇んでエイミィの後についていこうとしたそのときだった。
「すみませーん!その腕章ってマンティオ学園の先生ってことだよね!あのねあのね、ちょっと道が分からないから教えて欲しいな!」
「え!?ちょっ、・・・あなたは―――!?」
小学生くらいの金髪の女の子がエイミィを連れて走り去ってしまった。
見覚えがあるような、ないような・・・。とりあえず一瞬なにが起きたのか分からずにフリーズする矢生は、風に吹かれてハッと我に返った。
そして気付く。残念なことに矢生の練習を見てくれるランク5の凄腕魔法士はいなくなってしまったということに。
「―――ぞ、ぞんなぁぁぁぁ!?私の大躍進はどうなるんでずのぉぉぉ!?」
泣き崩れる矢生を通りすがる人々は奇異の目で見るだけだった。可哀想に。
●
「それでは、神代選手。入場してください」
丁寧で簡潔な入場の指示を受け、迅雷は光の当たる戦場へと一歩を踏み出した。
どっと沸く歓声は学内戦や県大会とはまるで比べものにならない。これが、全国。日本中の全ての高校生たちが最強の座を争い合う、1つの最高峰の雰囲気だ。
「すげえ・・・。すげえ、すげえ!こんなにたくさんの人が俺を見てるのかよ・・・!」
緊張感と高揚感が交流電流になって体中を駆け巡った。
なんという痺れるシチュエーションなのだろうか。
一番近い観客席を見上げると、さっき着いたばかりらしい千影が直華と一緒に手を振ってくれていて、その横では真名がニコニコしている。迅雷も彼女たちに手を振り返し、入ってきた対戦相手に向き直った。
「マンティオ学園のトップバッターだからな。絶対に勝たせてもらうぜ」
背負った鞘から薄金に照り映える『雷神』を引き抜いて、迅雷は勝者の笑みを浮かべた。
2年生も3年生も含め、「振るい落とし」戦後の個人戦の試合では迅雷が先駆けだ。今年のマンティオ学園の強さを見せつけるという大事な役割だとも言えるだろう。
おあつらえ向きなことに相手も魔剣使いだ。迅雷が向ける剣気にも彼は怯むことなく、かえって自信に満ちた目で睨み返してくる。
プレッシャーがせめぎ合い、そして試合開始の掛け声が広いアリーナに響き渡る。
威勢良く剣を振り上げて突撃してくる相手に、迅雷は一瞬拍子抜けしてしまった。
「コイツっ、隙だらけじゃねぇか――――――!?」
相手の初撃を悠々と身をよじって躱し、その間に迅雷は『雷神』に魔力を注ぎ込む。背を向けた迅雷に相手は続けて振り向きざまに水平斬りを繰り出してくるが、迅雷はそのガラ空きの腹に蹴りを一発叩き込んでカウンター。
バランスを崩したところに迅雷は剣を垂直に叩きつけた。ブンと唸り、超硬の金属がしなるような音は重い一撃の証。
相手もそれを横に構えた剣で防御しようとしたらしいが、剣の斬れ味も一撃の破壊力も迅雷の方が遙かに上だ。
迅雷の力任せの一斬に相手の魔剣は持ちこたえたが、衝撃だけでも人には耐えかねるものだった。剣は折れずとも本人は結局背中から床に叩きつけられて、肺の中から息を全部吐き出す。
迅雷は再び剣を持ち上げ、床に寝転ぶ少年に振り下ろす。相手もまた、もう一度防ごうと魔剣を横に構えたが、今度の一撃で遂に剣も刀身の中ほどから真っ二つにされた。
『雷神』の鋒が武器を失った少年の額に触れる直前、試合終了のコール。
●
迅雷の試合の後には1年生の部では愛貴が続き、一般の部でも3年生の神谷七科、2年の清水蓮太朗らの試合があったのだが、いずれも圧勝だったのは言わずもがな。それこそまるで、赤子の手を捻るような試合ばかりだ。
アリーナの外に出て、広場で待つ。
「やっほー、とっしー!会いたかったよー!!」
実に10日振りの再会ともあって、溢れんばかりの喜びを全身で表現するかのように千影が飛びついてきた。・・・と表現すれば可愛く感じるが、千影がそんな勢いで飛び込んでくると、その速度は時速70kmとか80kmにも到達してしまったりするわけで。
「おー!千影―――って、ちょい待て!!」
その異変に気付いた時点でもう遅い。身長135センチほどの少女を受け止めた迅雷はそのまま吹っ飛んだ。意味不明の運動量保存に周囲の人たちが悲鳴を上げた。
「おっほぅ、ひさびさのとっしー成分・・・。やっぱこの感じだよねー・・・」
「このっ、暢気に頬ずりしてくんな!周りを見ろ!普通に大事件みたくなってるから!」
初日の出番も終わった迅雷が応援に来た家族と落ち合うことになって、それで集まったのはリングアリーナ『希』を出てすぐの広場だった。
当然だが人もたくさんいる。そんなところに、ついさっきの試合で圧倒的な差で勝っていた迅雷が年端もいかない子供と一緒に吹っ飛んできたら、それはビビるだろう。
迅雷はやたら密着してくる千影を押し退けて立ち上がり、服に付いた埃や砂を手で払い落とす。
被害者の少年が無事なようなのと、またなにか起きそうな雰囲気もなかったので、ギョッとしていた人々も群衆の中に戻っていった。
「まったく、千影というヤツは・・・」
「えへへへー。でもとっしーだってなんだかんだ言ってひさしぶりにボクと会えて嬉しくなってたり?」
「うぐっ・・・・・・」
素直に嬉しいと言いたくないが、強がって「別に嬉しくないし」とか言うのも良くないので、迅雷は千影のあざとい笑顔にいじましく狼狽するだけだった。
やがて高速移動した千影に置き去りにされていた直華と真名もやってくる。2人は千影に追いつくなり膝に手をついて息を荒げた。
「ひ、ひぃ・・・、ちょっと、千影ちゃん速すぎ・・・。あ、お・・・お兄ちゃんお疲れ様・・・」
「迅雷、おつっ、お疲れ様ー・・・」
「う、うん。2人の方がお疲れ様なんじゃ・・・?とりあえず息を整えようか」
迅雷はひとまず妹と母親が大袈裟に深呼吸を繰り返すのを見守る。さっきから千影が腕を絡ませてベッタリなので恥ずかしいのだが、面倒なのでツッコまない。
しばらく待ってやっと直華と真名も落ち着いたので、迅雷はさっそくアリーナの方に戻ることにした。というのも、この後は『エグゾー』の・・・ではなく知子の試合があるから、家族で集まるついでに応援しようとなったのだ。
ついで、と言うと知子に失礼なようでもあるが、正直なところ彼女と彼女の駆る『エグゾー』が初戦から苦戦するようなビジョンがどうしても浮かばない。