episode4 sect12 "ウチの教師共がマジ大人げなくてホントスミマセン"
鼓膜に固い物でも当てられるような音には矢生や薫ら5人も揃って目を丸くし、反射的に身構えてしまっていた。
見ずとも周囲に満ちる警戒心の波は感じ取れた。彼らはすぐに今の音が屋外からだと分かり、タイミングも揃えて溜息を吐いた。
『うわぁぁ!?や、やるならもっと違うところでやってくださいよォ!?』
『こんなん名物とかそんな生易しいもんじゃないじゃんか!!巻き添え食らって死ぬ!?』
轟音に続いて物騒な悲鳴が聞こえてきた。
「名物」と聞いて思い当たる節があったのか、マンティオ学園、オラーニア学園双方が冷や汗をダラダラと流し始めた。
「えーっと・・・様子、見に行きますか?」
愛貴が恐る恐る矢生に尋ねると、彼女も控えめながら「そうですわね・・・」と返す。およそ見当が外れる気がしないので本当は見に行くのもイヤなのだが、仕方がない。
矢生と目が合った薫と剛貴も苦笑いをして頷いた。やっぱり自校の教師の蛮行はしかと見て覚えておくべきだろう。多分止めることは出来ないが。
5人が足早にアリーナの外に出た瞬間、明らかに人に当たってはダメな電圧の放電弾が直撃コースで建物の入り口に飛んできた。
「・・・・・・・・・・・・危ない・・・!!」
ズイと剛貴が他4人の前に出て、直後に弾けるような音と共に吹っ飛んだ。
出てきたばかりの自動ドアをまたくぐって剛貴はリングアリーナのエントランスホールをみっともなく転がり、柱に当たってやっと止まった。
「朱部ぇぇぇ!?だ、大丈夫かぁぁぁ!?」
犠牲者第1号に薫が駆け寄り、抱き起こす。
「しっかりしろ、朱部、朱部ぇっ!!・・・・・・くそ、こうしてまた尊い命が失われたのであった・・・!お前に救ってもらったこの命、決して無駄にしねぇ。―――だから・・・どうか安らかに・・・」
「・・・・・・・・・・・・オイ、勝手に・・・殺すな・・・」
とりあえずなんだかんだで大丈夫そうだったので、矢生らマンティオ学園組は争いの爆心地を目指す。
爆心地、というのはただの比喩表現のつもりだったのだが、近付いてみると恐ろしいことに本当に爆発が起きていた。穏やかな市街地は一瞬にして阿鼻叫喚に陥っていた。
路上で乱闘しているのはどちらも大人。片方は長めの黒髪と額に乗っけた赤縁メガネの若い女。もう一方は染めた金髪と咥えタバコ(?)といういかにも柄も頭も悪そうな若い男。
矢生らに分かることと言えば「あっちの女の人って、あれ、自分たちの学校の先生じゃね?」ということくらい。
ということは、「じゃあ多分あっちの金髪はオラーニア学園の先生なんじゃね?」となるわけで。
「あぁ、この古き良からぬ伝統はこうして若い世代に受け継がれるのですわね・・・」
もはや呆れてものも言えない。これでもある程度離れて見ているのだが、それでも爆風で煽られて髪が乱れるし、周囲もバチバチと電気が走って髪が逆立つが、もはや直す気力さえ出ない。
頭の出来が悪い大人2人のせいで交通が止まり、矢生たちよりもうちょっと離れて傍観する人々の煽りや野次が騒々しい。
ちょっとするとどこからかサイレン音が聞こえてきて、停車したお馴染みの白黒カー2台からゾロゾロと強そうなオジサンたちが出てきて、暴れている2人を取り押さえた。
「あ、ちょっ!ま、待ってください!私は売られた喧嘩を買ってただけ・・・待って!ねぇ!?ねぇってば!?」
「オイコラ!まだ勝負ついてないんだぞ!は、放せぇ!!」
それからすぐに野蛮人を積み込んだパトカーはどこかへと走り去ってしまった。遠のくサイレンの寂寥感である。
「なにしに来たんですの、あの方たちは?」
「・・・さぁ、知らないです。というかあんな人自体知らないです。はい」
●
「おー、さっそくやってるねぇ、カシラ」
少し離れた表通りから聞こえてくるドンパチの大騒ぎに気が付いて、ネビアは暢気にそう呟いた。話では聞いていたが、なるほど想像以上に危なっかしい大人たちである。こうして人の多いところで人の多い時間にあのレベルでケンカするあたり、もしかしたらマジックマフィア同士がにらめっこするのよりタチが悪いかもしれない。
ある程度は慣れたネビアだから分かるが、やはり魔法科専門高校の教師というのは伊達ではない。遠くから轟く破壊音からして考えても、ネビアですらフラリと間に入ったら無事では済まないかもしれない。
「さーて・・・。せっかくだから見物もしたかったけど、カシラ。さすがにこっちの方が優先よねぇ、カシラ」
面倒臭いものの、遊んでいる暇があったらやらなければいけないことを潰していかないと、後がもっと大変なことになる。実はネビアはとっても働き者なんです、なんて言ってもクラスの誰も信じてくれないだろう。
今ネビアが歩いているのはA地区の研究施設やビルの間の、特に人が少なそうな路地だ。
実際に用があるのはC地区のとある小さな施設なので、これは経路確認みたいなものだ。大会が始まれば暇はないので、作業は今のうちに済ませなければならない。事前に地図は頭に叩き込んだから別に極端に道に迷うようなこともないはずだが、やるならやるでとことん高効率化させるべきである。
スマホの地図アプリを開いて適当に周囲の道を確認するが、やはりこのルートがベストなのは間違いない。ネビアは疲れたようにスマホをポケットにしまった。
全く、思ったよりだいぶ面倒な仕事を請け負ってしまったものだ。
「だーるーいー、カシラ。なによこの配置。最初からある程度は備えられてたってこと?カシラ。誰か情報リークしてたんじゃないの?カシラ」
何回も角を曲がって時折細い路地を抜けて、同じ道を通っているのではないかと思ってしまうほど味気ないルートを練り歩く。そうして大方の道順は辿り終えた。恐らくはこう言った場所を有効利用して進む必要がある。
目的地を発見し、往路は確認完了。やはり学生というのは便利だ。思ったよりすんなりとここまで歩いて来られた。
ちょうど例の施設の駐車場に時計柱が立てられていたので見てみると、もう6時を過ぎたくらいだったから驚く。それなりに真剣だったから時間が経つのも早くて困る。
「そういや、選手のミーティングって7時半だったっけ、カシラ。絶対間に合わないなぁ、カシラ」
復路の方も、行きとはまた別のルートで確認しなければならない。自分の真面目さには呆れてしまうネビア。まだまだ寂しいボッチ散歩が続くと思うとゲッソリしたくなる。―――いつからそんなことを思えるようになったのだか。
寂しいなら誰か連れてきたいくらいだが、悲しいかな、無理な話だ。まず同室の雪姫を誘ってついてきてくれる可能性は億に1つもないし、第一に誰かに来られても困る。
「しゃーなし。急ぎ足ね、カシラ」
問題の復路だが、本当にどうしたものか。今までならなんの躊躇もなく帰れただろうに、今日の時点で後ろ髪を引かれているような気分だ。
街もそろそろ暗くなり始めて、路地裏はそれより30分前から―――いや、もっとか、1時間くらい前にはその暗さだった。ちらほらと警備員がいなければいよいよ女の子が1人で歩く明るさでもないかもしれない。
予定していた道とその近傍域の状態を確認しながら歩いて目的地に到着。やはり骨の折れそうな道程であったが、恐らく問題ない。
一応の連絡を要求されていたので、ネビアはまたスマホを取りだして、慣れた手つきで電話をかけた。相手はいつも通り、日下一太だ。
「もしもーし?カシラ」
『おう!ネビアか!どうしたんだ!』
「下見終わったから連絡よ、カシラ。学校のジャージってメッチャ便利よね、カシラ。怪しむどころかナメてくれるし、カシラ」
自分の来ている白と青のユニフォームの胸元を摘まんで、そこにあるマンティオ学園のロゴを見るネビア。つくづくなにを思って着せられたのだか、複雑な気持ちにさせられる。だって、服だけでこんなに効果があるなら初めから当日だけ適当なジャージを着るだけで良いはずであり、わざわざ前もって学校に通う必要性なんて―――。
『それはよかった!ならいけるんだな!』
「ええ。そっちもしくんないでよ?カシラ」
●
散歩を終えて夕食も自由に任せて気合い入れの名目のもとちょっと美味しそうな店に寄り、ミーティングに間に合うようにホテルへと帰ってきた迅雷と真牙を待っていたのは静かで重いプレッシャーだった。
なにやら大人同士がとても険悪な雰囲気で睨み合っているようで、それを人々は遠巻きに身を潜めるようにして眺めている。
何事かと思ったが、その大人というのがどう見てもマンティオ学園の教師も混ざっているのでさらに厄介に感じる。迅雷は隣で目を点にしている真牙に耳打ちでもするかのような調子で話しかける。
「なぁなぁ、これはなにが起きてんだ?」
「オレに聞かれてもなぁ・・・」
当てが外れたので迅雷は他に知った顔がないかと見渡すと、遠くでなにか諦めたような顔をしている生徒会長とムズムズしている風紀委員長を見つけた。話を聞くにもちょうど良さげな人物なので、迅雷と真牙は頷き合ってからコソ泥みたいに忍び足でホテルのエントランスを壁伝いに歩いた。
「あのー、豊園先輩。これ、なんですか?」
「あら、神代君に阿本君。えーと・・・なに、と言われるとなんていうのかしら・・・見ての通り?」
見ても分からないから尋ねているというのに、意外に粗野な返事をされてしまったので迅雷はちょっと傷付いた。まさか萌生にこんな扱いを受けるとは思っていなかった。
萌生もまぁ、別に悪気があったわけではないのだけれど、なんとなく場の空気で言葉を濁しただけだ。一触即発とはこのことで、萌生の性格では遠巻きに話すのも風船に針を投げるような気分になる。
代わりといった風に無遠慮な明日葉が迅雷に質問にスッパリと答えてくれた。
「オラーニアの先公とウチのがにらめっこしてんだよ。なんかあちらさんの方が先に『ウチの生徒にそっちのバカの流れ弾が当たったんですケド』とか言ってきてさ」
「いや、前提条件から既に意味が分からんのですが・・・」
「あ?お前らさっき志田センセがあっちのセンセとやり合ってたの知らないの?」
情弱を見るような目をされて迅雷と真牙はしょぼくれたが、いや待て、と気を取り直す。真波がやり合った、とはなんぞや。急に面倒臭そうな空気が2人にも実感され始めた。自分たちの学校の教師の大人げなさがこれを機に倍増するから悲しい。
真牙がもう大体分かった上でそうでないと祈るように明日葉に聞き返した。
「真波先生、やりあったんスか」
「だからそう言ったじゃん」
「今はじゃあ、あの人どこにいるんですかね?」
「さぁ?多分留置所じゃないのかね?」
留置所。RYUTSIJO。
サラリと出てきた言葉に迅雷も真牙も諦めた顔をした。これは萌生もあんな顔をして言葉を濁そうとするのも分かる。これはもうダメなヤツだ。
自分のことでもないのに恥ずかしい。「なにやってんだあの人」とか、そんな風に思うよりもまず恥ずかしい。今目の前でまさにギャング同士が縄張りで出くわしたかのように睨み合っている3人の先生たちが堪らなく恥ずかしい。今後先生と呼ぶべきかさえ怪しいかもしれない。
「というかじゃあ流れ弾って志田先生のってことだよな。マジなにしてんのあの人・・・」
「これがマンティオ学園とオラーニア学園の仲かい。悪すぎて笑えないぞ」
「いや1年、アレは平和な方だぞ?ここがホテルの中じゃなかったら今頃3対3のデスマッチやってる頃だっての」
むしろ明日葉としてはそちらの方が面白そうだから、さっさと暴れに行ってくれないかな、などと不謹慎なことを考えている。先ほどから彼女がソワソワしていたのはそういうことだ。
ここでようやく推察出来ることとしては、マンティオ学園が毎年IAMOから頼れるサポーターを4人も呼んでくるもう1つの理由だ。迅雷の愚痴が的を射て、明日葉がニンマリと悪い笑顔を浮かべる。
「んなことしてたらウチの先生みんなお縄について終わりじゃないですか。俺らの面倒誰が見るんですか、それ」
「そんなときのためのサポーターたちでしょ?」
遂に4月、そして相変わらずのローファン展開。どうしよう、ジャンルしばらくローファンタジーに変えとこうかしら。