episode4 sect11 ”オラーニア学園の超新星”
とりあえず一番いる時間が長くなるであろうA地区へ繰り出してみると、大会は明日からだというのに賑やかなものだった。設営のためだろう、トラックが行ったり来たりしているし、作業服や大会運営のユニフォームを着た人たちの往来も激しい。
それと、やはり学生が多い。もちろん選手かマネージャーだろう。
ビルと街路樹が整然と並んだ綺麗な町並み。風は涼しく爽やかで、研究都市と聞くうちは想像しない居心地の良さが漂っている。そしてそこを闊歩するのはどこか楽しげに忙しくする多くの人々。
周囲をぐるりと見渡すだけでも大会の規模の大きさを思い知らされる。
「やっぱりすごいですね、全国ともなると」
人混みは苦手な方なので、明日には数倍にも膨れ上がるだろう今以上の人々を想像した知子は、苦い顔をして道行く人たちを流し見ていた。別に誰も自分のことなど気にして見ていないと分かってはいるが、やはり自分の振る舞いはどこか変ではないだろうかと思ってしまうと今でも十分に緊張する。
「そうですね。やっぱり相手選手もレベルが上がってきますかねー?」
紫色のツインテールを軽く揺らしながら愛貴は知子に相槌を打った。もっとも人混みが苦手という旨で話していた知子と愛貴の見ているところでは論点がズレていたので、知子は「あー」と言葉を濁した。所詮自分のように機械イジリばかりする人種は根暗な人混み恐怖症で、愛貴や矢生はそれが想像出来ないのだなぁ、と嘆息。
まぁ、かと言って知子も学校の「魔研」メンバーの中では割と社交的で常識的な方ではあるのだけれど。
返事を渋った知子に代わって愛貴に答えを返したのは矢生だった。
「いえ―――私の予想ですが、3回戦か4回戦くらいまでであればむしろ学内戦の方がハイレベルだったと感じると思いますわ。オラーニア学園の方と早期に当たったならば恐らく話も別でしょうけれど、他の高校の方ならば大したこともないかと」
「おー、さすが師匠ですね!自信が滲んで見えるようです!」
・・・と言っても矢生は団体戦にしか出場しないのだからアレである。愛貴の曇りない尊敬の瞳を向けられていると矢生は逆に悲しくなった。
「そうですね、なんたって私たちは天下のマンティオ学園ですからね。天田さんともやりあった私に敵はないはず・・・!ですよねっ、師匠!」
「・・・・・・。そう(なんでこの子の方が私より先にあのにっくき雪女と試合しちゃってんですの!!あぁ、口惜しやァァァ!!)ですわねぇ、ほほほ・・・」
ニッコリとこめかみをひくつかせる矢生を見てさすがの愛貴も口の端を引きつらせて前を向き直った。なにか余計なことを言ってしまったらしいので口をつぐむが、ただ黙るのも寂しいので愛貴はそのまま知子に話しかける。
「そ、そういえば小泉さんって『エグゾー』どうしたんです?今日もまだ見てないんですが」
「あぁ、それなら学校に置いてきました。大きすぎてとてもじゃないですけどバスには積めませんから」
「えっ!?じゃあどうするんですか本番!?」
肝心の本体を置いてきた付属品少女に愛貴はギョッとして目を見開いた。『エグゾー』のない小泉知子なんて皿の上に飾りのなにかしか乗っていないふぐ刺しみたいなものではないか。
「今すっごい失礼なこと考えましたよね・・・?」
「い、いやいやいや、まさかそんなわけないじゃないですか・・・ね?」
外見の格差を見せつけるかのように誤魔化し笑いをする愛貴を見て知子はテンションを下げる。同性なのに、なんだかなにかあったとしても誤魔化されてあげようかなー、なんて風に思わされてしまう。腹立たしきことこの上ない。
自分もこれくらい可愛らしい見た目だったらなぁ、などと考え出してざわついた心を鎮めるべく、知子は1つ咳払いをした。
「安心してください。ちゃんと『エグゾー』には『召喚』の契約をくっつけておきましたから。それにまだ最終調整も済んでいないので学校の方で佐々木君にいろいろやってもらってるんですよ」
「あー、なるほどですね。それなら安心です」
「お2人とも、アリーナに着きましたわよ」
いろいろしゃべっているうちに3人は1年生ブロックのメイン会場となるリングアリーナ『希』に到着した。
やはりこの独特な外観といい大きさといい、緊張感を掻き立てるものがある。
一行はさっそく下見のために屋内へ。中を見渡せば初めに飛び込んでくるのは人、人、人。他の高校のジャージで色とりどりに見える。
エントランスホールの中央に来れば、しかし、やっと建物そのものの内装が目に飛び込んできた。
「おー!外から見たらなんだか美味しそうな見た目でしたけど、中も結構前衛的なデザインですね!」
「愛貴さんはもう少し緊張した方がいいのではないでしょうか・・・」
天然なことを言って天井を見上げる愛貴に倣って矢生と知子も上を仰いだり内装をじっくり見てみると、確かに不思議なデザインだ。なにが不思議かというと、変わった見た目なのになぜか違和感は薄く、独特さこそがこの場の自然な姿として受け入れさせられるような、そんな感じか。派手な色彩に虚脱感を感じる。
建物の紹介が書かれたボードを見つけた矢生はそれを読んでみて、なるほどと唸る。
「視覚的に魔力の回復を促進する特殊なデザインを取り入れた・・。ですって。言われてみてもよく分かりませんけれど、凄そうですわね」
「あぁ、これは『ポドストルスキー効果』を応用したものってことですね、多分」
「ポドス・・・なんですの、それ?」
横に並んできた知子の口からなんだか強そうな専門用語が飛び出して来たので矢生は思考停止した。さすがに一般魔法科のエリートの頭脳には矢生も敵わない。
「えっと、『ポドストルスキー効果』です。私も詳しくは知りませんが、3次元的に特定のパターンで色を配置すると脳の魔力を司る部分の活動を鎮静化するとかって。回復促進も恐らくそれの応用かと」
「なるほど、分かりやすい説明をどうも―――」
言われてもう一度周りを見てみて、試しに魔力を手に集めて放電させてみようとすると、確かに魔力の出が悪いような気がする。勢いが乗らないというか、栓でもされたようだった。まぁ病は気からとも言うので、思い込みかもしれないが。
ともかく『ポドストルスキー効果』は不思議なデザインだ。
「ししょー!小泉さーん!アリーナの方も早く見に行きましょうよー!」
「公然でその呼び方はやめてくださいまし!というか私はあなたの師匠でもありませんわ!」
「なにを恥ずかしがるんです?師匠は師匠。その大きな胸を張って常に堂々とあるべきゅ」
いよいよ羞恥刑も効果を発揮し始めたので、矢生は愛貴にヘッドロックをかけて黙らせた。
矢生の豊満なバストが横顔に当たって愛貴が興奮しているらしい。矢生はジャージを通り抜けて肌に感じる愛貴の吐いた息が生温かくて気持ち悪かったのですぐにヘッドロックを解いた。
解放された愛貴は今だ興奮冷めやらぬようで「きゃはー」とか言ってモジモジしている。
「お、おっきかったです・・・!あとあと、すっごい柔らかかったです・・・!師匠にならもっとヘッドロックされてたかったです!」
「本当にどうしようもない子なんですね紫宮さんは・・・。それよりほら、ここからアリーナの中が見えますわよ」
「ああっ!?なんで苗字呼びに戻すんですかぁ!?」
大きな窓からは広々としたフィールドを中心に据えたアリーナを一望できた。こんなものが6つもくっついているなんて、なかなか想像が追いつかない。
マンティオ学園アリーナと比べてみると、恐らくバトルフィールドの大きさは一緒だろう。目の錯覚で小さく見えるが、それはこちらの観客席や天井から下げられた巨大なテレビモニターが大迫力なせいだ。それともう1つあるとすれば、空間的なそもそもの広さだ。観客席が広いということは水平方向に広いということであり、そしてフィールドのある高さ自体がまず地下1階程度なのだろう、縦にも広い。
「高さは大型モニター下の天板が限界・・・。ざっと20mくらいは使えそうですね」
知子が指を物差し代わりにしていろいろと分析するような目でフィールドを見ている。20mといえば学校のアリーナも同じくらいだったはずだ。
だが、そもそもそんな高さまで移動する選手自体まずほとんどいないだろう。いるとして、矢生や愛貴が思いつくのはネビアくらいか。
「床とか壁の材質もウチのと一緒みたいですね」
タイル張りのそれらを見て愛貴もそんな風にこぼしてみた。ここまで条件が近ければ本番もきっとやりやすいことだろう。
さて、矢生たちが考え事をしていたときだった。
「ん、そのジャージのロゴ・・・・・・。もしかして、君たちがマンティオ学園の選手か?」
不意に後ろから声をかけられた3人は揃って肩をビクリと跳ねさせた。急に脅かしてきたのはどこの誰かと、矢生は勇んで、愛貴はワクワクして、知子はおっかなびっくり振り返る。
「えっと、はい、そうですけど・・・」
「あなた方はどちらの高校からですの?」
声をかけてきたのはキャラメル色といった感じの明るい茶髪をラフなセンター分けにしているツリ目の少年と、ボディビルでもやっていそうでツヤツヤした黒髪オールバックの大柄な少年の2人組だった。
彼らはどちらも深い黒と赤の模様が目に焼き付くようなデザインのユニフォームを着ている。
「俺たちか?俺たちはな―――」
ツリ目がオールバックと顔を見合わせてからニッと笑い、矢生らに向き直る。
「俺たちはな、オラーニア学園だよ」
「・・・なるほど、あなた方が例の」
意外に早い宿敵とのご対面である。早くも知子は及び腰になっているが、矢生は違う。そして矢生に倣う愛貴もまた強気であった。
「こうして試合前に出会えたのもなにかの縁ですわね。ご挨拶できて嬉しいですわ」
「やぁ、こちらこそよろしく。なるほど、そっちは女子も結構出てるんだな、羨ましい」
「・・・・・・・・・・・・ウム」
矢生とツリ目が代表して握手をした。両校の教師陣が見れば今すぐにでも床に唾を吐くか、もはや泡をふいて卒倒しそうな光景だが、まぁ生徒同士の仲は見ての通り良好である。
どうやらオールバックの少年は寡黙な人物らしい。低い声で相槌を打つだけだった。しかしまた、そのオールバックの少年の目つきが険悪というか、威圧的なもので。
「・・・・・・・・・・・・そっちの2人も・・・」
「「うわひゃいっ!?」」
―――という風に、オールバックと目を合わせた愛貴と知子が抱き合って震え上がるほどだ。
「これ朱部。お嬢さん方をビビらせんな」
「・・・・・・・・・・・・スマン」
「悪いね、朱部も見てくれはこんな感じでイカツイけど根は優しいヤツだからさ。仲良くしてやって?」
軽薄そうな見た目ではあるが、ツリ目は割と印象が良い。愛想の良さげな笑い方で白い歯が無理なく覗くのも好印象である。
「そうだ、自己紹介がまだだったね。俺はオラーニア学園1年の七種薫だ。ちょっと女子っぽい名前だけど悪くないだろ?よろしくな」
「・・・・・・・・・・・・同じく、朱部剛貴・・・よろしく・・・」
自己紹介する2人からはそれぞれの色で闘争心を感じられる。恐らくライセンスも持っているのだろう
、と矢生は予測し、事実彼らは共にランク1であった。自然な立ち居振る舞いから持っているポテンシャルが覗いていた。
「よろしくお願いいたしますわ。こちらも自己紹介をいたいませんと失礼ですわね。私はマンティオ学園1年の聖護院矢生です。ちょっとワケアリでその・・・個人戦ではお目にかかれることはないと思いますが、改めてよろしくお願いいたします」
1人で勝手に落ち込んでいく矢生に薫が怪訝な顔をした。彼の目にはこの中で最も実力がありそうなのは矢生に見えていたのだが、実は見当違いだったのかと気になるところだった。見かねた愛貴がフォローに入る。
「あっはは、ワケアリって言ってもケガしてるとかじゃないですからね!師匠はちょっと運が悪かっただけで本当は私たちよりすごく強いんですよ!ここ大事でしたからね!」
「え?ああ、うん・・・?分かったよ」
「そして私は師匠の弟子1号であり、同じく1年の紫宮愛貴っていいます。よろしく!」
やっぱり覇気がない愛貴には薫も剛貴も微笑ましい気分になるだけだった。まさか誰もこんな無邪気な少女に苦戦を強いられるだなどとは思わなかっただろう。
最後、まだ自己紹介の残っている1人を見つめて薫が「君は?」と問いかける。
「あ、はい。えっと、同じく1年の小泉知子です。なんというか、お手柔らかに・・・あはは・・・」
「はは、そう言われても試合になったらこっちだって負けらんないからなぁ。肉弾戦でもないかぎり男女平等にいこうじゃん」
「・・・・・・・・・・・・俺は肉弾戦でも平等だぞ・・・」
「朱部から肉弾戦とったらなんもないもんな」
「・・・・・・・・・・・・七種、さすがにイラッとしたぞ・・・?」
要は手加減はナシ。知子は肩を落とした。
「ですよねー。分かってましたよー」
薫は内心こんな冴えない眼鏡女子がどうやってここまで上がってきたのだろうかと思っていた。馬鹿にするわけではないが、ぱっと見ではこうして立っている姿や言動などにもそれらしいものが見えないのだ。
マンティオ学園の戦力事情は今年に限って例年より遙かに複雑になっているので他校が不思議に思うのも仕方ないだろう。
「聖護院さんに紫宮さん、それと小泉さんね。3人とも頑張ろうな。もちろん、最後に勝つのは俺たちオラーニア学園だけど、ね」
「あら、素晴らしい自信ですわね。ですがそう都合良く事が進むとは思わない方が得策ですのよ?後で唇を噛むのは辛いですからね」
「師匠が言うと重みが違いますね!」
「ぶっ!?う、うるさいですのよ!!あと師匠でもありませんわ!あぁもう、本当に・・・」
仲の良い師弟(?)を見て薫が楽しそうに笑う。凜と振る舞っているはずなのになぜか面目が立たない矢生が気まずそうに目を伏せる。
そのとき、アリーナの外で大きな音がした。