episode4 sect7 ”4人のサポーター”
野暮用とやらはなんなのか迅雷に理解してもらったところで、あとは千影がどのくらいで家に帰れるのか、おおよその予想を伝えておくことにした。そうでもしてあげないと、迅雷が夜も眠れなくなってしまう。
「そういうことで、多分用が終わるのも10日くらいになると思いまーす」
『そう、それなんだけどさぁ』
迅雷がこれこそ一番重要といった風に話を切り込んできたので、千影は不思議そうに眉を上げた。
「あれ、なんか都合悪かったっけ?」
『悪いもなにも、「高総戦」の全国大会。11日から始まるだろ?そんでさ、10日には選手みんなでバス乗って会場に向かっちまうから―――』
「なるほど、つまりとっしーは擦れ違いでボクとなかなか会えなくなるのがいやなんだね?分かる、分かるよ、うん!ボクも早く君に会いたいよ、あいみすゆー」
『う・・・。いや、というか土日は母さんとナオも応援に来てくれるらしいんだけど、2人とも10日には出発するとかなんとか・・・な?』
本当は真名と直華はまだ家を出発する日程の話などしていなかったので、迅雷の話も後半はでっち上げである。
嘘のへたくそな迅雷に千影はニマニマと口元を綻ばせる。今頃彼は携帯電話片手にどんな顔をしてるのだろうかと考えると面白いことこの上ない。
「そういえばそうだったねー。うん、じゃあこうしよう!用が済んだらボクも直接『のぞみ』に行くよ。これならすぐ会えるし」
『あー、なるほど』
「そしてそのままとっしーと同じホテルの部屋に追加で入り込んで・・・」
『来んなボケ!来たら窓から投げ捨てる!』
もしも案内された部屋が1階だったらどうするつもりなのだろう、と千影は揚げ足を取りたくなってウズウズした。
まぁとにかく、さすがに選手の部屋に押しかけるのは悪いし、それに恐らく初めから2、3人くらいの相部屋になっているはずなので、千影もこの話は冗談で済ませた。
「またまたぁ。でもそうだよねー、男子2、3人のお部屋にボクという絵に描いたようなロリっ子を投入するのはなんか危ないもんねー。いろいろと」
クネクネと身をよじらせて千影は色っぽい(ただし色気はない)声を出した。しかし、迅雷にはあっさりと流されてしまったので唇を尖らせる。
「まぁ、こういう感じでいいよね。ホテルは仕方ないからママさんたちと合流できるようにするね」
『そうだな、そうしてくれると助かるな、うん。つーことで心配事も解決したし、よしとしようではないか。そっちももう夜遅くだろ?こんな時間に悪かったな、千影』
「ううん。むしろずっととっしーとおしゃべりしてたいくらいだけどねー。―――ねぇ、もうちょっとだけ・・・」
なんとなく千影は迅雷におねだりしてみると、彼は弱ったように唸ってから、意外と素直に話し相手になってくれた。
時間にすれば20分もあるかないかだったけれど、久しい迅雷とのくだらないおしゃべりには千影も満足して通話を切った。あまり惜しくはない。
白髪の生えた偉いだけのモヤシ男たちと意味のある会話をするより、好きに話せる迅雷とナンセンスなおしゃべりをする方が、千影にとってはよっぽど中身のある時間だ。
この20分があれば一晩くらい、満腹である。
使い終えたスマートフォンを枕元のデスクに置いて、千影はベッドに潜り、部屋の灯りを順に消した。
「やっぱり寝ようっと。おやすみ、とっしー・・・」
●
朝5時。目覚まし。鳥のさえずり。総じて吟味するなら、いつもよりほんのちょっとだけ早くて、静かな早朝。
初夏に入れど朝は涼しく、部屋の空気はまだ美味い。開けた窓からはまだ誰も吸っていないような風が来て、カーテンの姿を借りて頬を撫でる。レースの肌触りは確かに風の肌触りだった。
きっと今起きているのなんて自分だけのような気がしてきて、空もいつしか自分のものになっている。見上げる自由を独り占めしていると、俄にくすぐったくてやめた。贅沢はここまで。
本当はもっとたくさんの人々が起きているのだから。ほら、遠くからは車の音がする。観測するほど世界は広がって、心地よくも寂しい孤独の時間は終わる。ここからは煩わしくも楽しい人々の時間だ。
そして今日、広がる世界の端点は新たな地平に至るのである。
●
広い校庭に集められた生徒たちは全員が白と青のユニフォームを纏っている。と言っても、そのユニフォームは学校指定のジャージではなく、この日、そしてこれからの4日間のためだけに用意された特注品だ。
整然と並んだ17人の少年少女と、それを誇らしげに上から眺める大人。朝の6時半、そこには眠たげな気怠さもあまりない様子だ。
「それじゃあ、今から点呼をするぞ。名前を呼ばれたら、気合いの入った、返事をしろよ?戦いはもう始まっているからな」
朝礼台の上で、歳は40代くらいで中肉中背の男が手本を示すように話す。
「ではまず3年からだ。豊園萌生!」
「はい!」
「次、柊明日葉!」
「あいよ!」
「石瀬智継!」
「は、はい!」
「神谷七科!」
「はい―――」
「ラスト、三嶋政!」
「・・・はい!」
3年生の点呼が終わり、次は2年生へ。
「清水蓮太朗!」
「はい―――!」
「焔煌熾!」
「はい!」
「関一真」
「はーい!」
「2年ラスト、相模至!」
「はい!」
「1年生!天田雪姫!」
「―――はい・・・」
完全に1人だけ冷め切った態度を取る雪姫には点呼をしている清田一も顔を曇らせたが、凍るような熱を灯した瞳で睨み返されたので納得し、よしとした。あれは勝者の目である。
「よし。次、阿本真牙!」
「ハイッ!」
「神代迅雷!」
「はい・・・!」
「ネビア・アネガメント!」
「ハイハーイ、カシラ!」
「紫宮愛貴!」
「ひゃ・・・はいっ!?」
「小泉知子!」
「はいっ!」
「聖護院矢生!」
「はい!!」
「四川武仁!」
「は、はははいッ!」
錚々たる顔触れ。この17人が今年のマンティオ学園が送り出す最大戦力たちとなる。
もう一度全員の顔を見渡してからハジメは「よし」と頷き、点呼を終了した。彼は朝礼台を降りて、教頭の松吉と入れ替わった。
松吉がスッと息を吸って話し出す。
「えー、遂にこの日がやって来ましたねぇ。君たちの気合いは伝わったので、もう私があれこれ言うこともないでしょうねぇ。私は君たちがにっくきオラーニア学園の猿共をぶっ潰・・・ゴホン。最高の成績を修めてくれることに期待していると同時に、そう確信しています。では、諸君の健闘を祈ります」
静かに、それでいて厳かに熱意を語った松吉は、朝礼台の上で一礼、それから祈りを托すように晴れ渡った空を仰ぎ見て、朝礼台を降りた。
続いては、今回の全国大会で選手たちに随伴し、多面的にケアをしてくれるサポーターの紹介とのことだった。マンティオ学園では毎年多くの生徒が全国大会に出場するので、こうしてサポーターを雇うらしい。今年も例年通り、4人の男女がマンティオ学園についてくるようだ。
しかも贅沢なのが、なんと彼らは全員IAMO正規所属の魔法士、つまり本物のプロ魔法士であるというところだ。現学園長である清田次朗の人脈が為した万全の体制ということだろう。
1人目の、恐らく4人のまとめ役らしい30代半ばほどの男が初めにマイクを持った。外見としては眼鏡をかけた黒髪の優男といったところか。穏やかな雰囲気がある人物だった。
「おはようございます、マンティオ学園のみなさん。私は今回のサポーターチームのチーフをさせていただく、IAMO実動部所属の小牛田竜一です。ランクも恥ずかしながら6ということで、経験もみなさんより幾分多く重ねていますので、なにか困ったりアドバイスが欲しいというときは積極的に頼ってください。それではこれから4日・・・いえ、今日も入れて5日間、よろしくお願いします」
謙遜もここまでくると意味もない。ランク6と聞いて学生たち目の色が変わったことに気付き、竜一は面白く感じた。去年のマンティオ学園のサポーターを担当した竜一の知り合いの魔法士も、こんな風に感じていたと言っていたな、と思い出される。
さすがは未来の主力を担う高級魔法士の卵たちといったところだ。
竜一は話を終えて次の人物にマイクを回す。同じ小牛田班の部下とはいえ、竜一は丁寧に手渡した。それを受け取ったのは、見るからに欧米系の、長い金髪と碧い瞳の若い女性だ。
「Hi! Good morning,everyone! I'm Amelia Sanders」
流暢な英語が飛び出すと、今どき小学生でも知っていそうなくらいのかなり簡単な自己紹介だったはずなのに数人がポカーンと口を開けて固まっていた。きっと外国人と話すのがよほど緊張するのだろう。
女性は可笑しそうに笑い、それからもう一度自己紹介をすることにした。
「私の名前はアメリア・サンダースです。ランクは5です。気軽にエイミィと呼んでくれると嬉しいです。日本語はちゃんと勉強したのでまあまあ大丈夫です。だから心配しないでください。よろしくお願いします!」
まさか本当に会話を英語でやるのかと心配していた一部の生徒たちは目に見えて緊張の糸を緩めた。それもそうだ。日本人は総じて外国語に弱いのだから、学生も例外ではない。
可愛げのある学生たちに微笑んでから、エイミィは隣のモッサリした男にマイクを渡した。
美女からの野獣だったので、男子勢の目に見えないテンションが明らかに下がった。というより、その40代くらいに見えるその男は、今のように小綺麗な服装をしていなかったら浮浪者にしか見えないのだ。それは見る側も彼のことを疑いたくなるだろう。
「えー、僕は張近民っていうヨ。ランクはアメリアサンと同じく5アル。よろしくアル」
日本人がサラリと描いたような中国人のしゃべり方をするモッサリ男は本物の中国人だ。むさ苦しそうな顎髭を触ってチャンは17人の顔を見回し、ときどきムフフと笑う。
引いたような顔をする女子もいれば面白そうな顔で見てくる男子もいる。
チャンは、どちらかというと女子にも興味のある目で見て欲しかったな、などと思いながらマイクを再び口に近付けた。
「・・・というキャラ作りは置いといて。改めてチャンですよー。拡張の張に近い民で、チャンジンミンだね。あとエイミィ氏も僕のことそんな目でみないでよ」
急にペラペラと日本人並みに日本語を使いこなし始めたチャンは、完全に人間を見るのとは違う目で自分を見ているエイミィにジト目を返した。
「だって私が使ったマイクをチャンさんにそんなに口元に近付けて使われるとなんか嫌です。とにかくなんか嫌です。少しだけ離して使ってください」
「今僕結構傷付いたんですが・・・?まぁいいよ、エイミィさんが冷たいのも慣れっこだから、みんなも気にしないで。あぁ、趣味はアニメとマンガだから、魔法関連でなくても話し相手になるよ。よろしくー」
ということで日本在住オタク系中国人チャン・ジンミン27歳は最後の好青年にマイクを手渡したのだった。
また今度はその青年が明らかな美形だったのでチャンが浮かばれず、正面から彼らを見比べられる生徒たちの目は同情的だった。
さて、マイクを受け取った深い黒髪のツーブロックが爽やかな青年は、ごく自然に眩しい笑顔を作った。
「やあ、マンティオ学園のエースのみなさん、おはよう!僕はIAMO実動部小牛田班の川内兼平です。ランクはエイミィさんや張さんと同じく5で、黄色と青の『二個持ち』です!みんなには是非優勝して欲しいから、対人戦のコツなんかはガンガン聞いてくださいね!」
最後、ちょっと照れたのかうなじの辺りをさすりながら眩しく笑う兼平。
強くてカッコイイ上に人柄も良さげという反則系の人種が登場したが、さすがに全国大会を控えた選手たちの集中力も素晴らしい。特にしょうもない文句で荒れることもなく、兼平の自己紹介も終わった。
これでサポーター4人全員の自己紹介が終わり、出発の時間である。選手たちの顔は自然、引き締まるのだった。